「もともと浮気な男 おいしい男を選ぶ女」(2001)藤田徳人 文香社
読了2002.1
これはほんとダメな本だった。
つまらない以前に間違っている。
たとえば狼に育てられたという狼少女の記述で、
「八歳の少女が狼に交尾を迫られてマウンティングされたときに、
それを拒む理性は幼いがゆえに、彼女に備わっているわけがない。
それに理性というものは、人間社会で育ってはじめてつちかわれるもの。
このような条件の中で、交尾を拒む理由はまったく存在しない。
これは彼女が発情するとかしないとか以前の問題である。」(22ページ)
なら、なぜ幼児への性的虐待はトラウマになるのだろうか?
性的虐待を受ける子供は虐待者(基本的に保護者)をほぼ100%憎んでいる。
それは「拒む理性」ゆえではないだろうか。
保護されている立場上それを避けられないために「理性」が二重人格や記憶の消去といった
様々な防御策を生み出しているのではないだろうか。
別のところでは、
「・・たとえ染色体が男性でも、女性として育てられると心は女性になり、男性を好きになる」(19ページ)
「男性が女性として育てられると同性にでも恋をし、同性と何の疑問もなくセックスできる」(22ページ)
ん、んなあほなぁ!性同一性障害に悩んでいる人が聞いたらあきれてものもいえんぞ!
だめだだめだ、怒ったら負けだ。
「トンデモ本の世界」と同レベルになってしまう。
外性器があるため男性として育てられた「脳は女性」の性同一性障害者は、
幼い頃から自分は女の子と一緒にいる方が好きだと漠然と感じ、男の子を好きになり、
その後自分がなぜ女性の身体を持っていないのかを悩む。
いくら男性として育てられても、脳が女性の脳なら女性を好きになったりしない。
さらにこうした記述もあった。
「(強姦を受けた女性はセックスの上塗りをするという話を受けて、)彼女は、からだと心に染みついた嫌な体験を消去できなくて苦しんでいる。
消去できないものを少しでも忘れさせてあげるためには、彼女に新しい感覚を上塗りする以外に方法はない。」(66−67ページ)
この記述については説明を要する。
映画やドラマでよく見かけるシーンとして、強姦を受けた女性は泣きじゃくりながら
愛する男性とセックスをすることを例に挙げて、これは
「消去できないものを少しでも忘れさせてあげるために、彼女に新しい感覚を上塗りする」
合理的な行動だと述べている。
この説明は筆者が勝手に作り上げた空想にすぎない。
典型的な "just so story".
科学に則って考えられる仮説は、
愛する男性の精子を即座に体内に取り込むことによって強姦魔の精子と精子競争をさせることで
父としての保護をしない強姦魔の子を妊娠することを避ける戦略と、さらに言うなら
この結果できた子を、どっちの男性の子であっても愛する男性の子として養育してもらうための
布石としての戦略だと考えるものである。
こう考える方が行動生態学のデータにかなっている。
もちろんこうした戦略は彼女の意識で計算されているわけではなく、
遺伝子に組み込まれた繁殖戦略として行っている行動である。
と、いちいち反論をしていたらきりがない本だった(でもなるほどと思うところもわずかにあり)。
しかし、こうした本に対して一律「ダメ本」レッテルを貼って見向きもしないことが
結局こうした本をのさばらせることを許している。
生物行動の研究者はおおむねこうした大衆向けの本に対して注意を払っていない。
その態度はあまり感心できない。
正直、竹内久美子を読まずして竹内久美子の悪口は言って欲しくない。
彼女の意見はトンデモなものもあるがすべてをトンデモ扱いしてダメのレッテルを貼るのは学者の傲慢でしかない。
そのうち一般向けの本を分析して、「ここが間違っている」「これは正しいだろう」といった内容を考察する、
一時流行った
「買ってはいけない」のような本を書きたいと思う今日この頃。
このレビューは2002年1月の日記を加筆修正して掲載しました。