「社会生物学」 (1983) E.O.ウィルソン 草思社
読了 2000.12

原著の発行年は1975年。ちょうどドーキンスの「利己的な遺伝子」とかぶる。

僕はこの大著の中で1975年に刊行されてからアメリカをはじめとする西欧で問題視され、

社会生物学論争を巻き起こした部分である第27章「ヒト:社会生物学から社会学へ」をピックアップして読んだ。

なぜならこの1000ページを越える大作を頭から読む気はしなく、いや以前頭から読んでいったがページ数が3桁に届く前に挫折した経験と、

佐倉統氏がこの本は辞書的に使うものだ、と書評していたのを読んでなるほどと思ったからだ。

社会生物学批判者の多くもここしか読んでないと思われる。



この章の要点は、今まで人文科学の分野でしか扱われてこなかったヒトの社会や行動、

心を自然科学の一分野である社会生物学でとらえようとするものである。

この試みの中で、人文科学をも社会生物学の構成要因の一つにすぎないと位置づけようとしたことに対して、

哲学、倫理学、宗教、その他の人文科学者が糾弾し、社会生物学論争が巻き起こった(らしい)。

ちなみに、この論争は日本ではほとんど扱われなかった。

邦訳が遅かったからだと思われる。それから宗教の影響か。

アメリカは一部ではいまだにダーウィニズムが学校で教えてはいけない土地だからなあ。

日本はダーウィニズムが教科書に載っているのに、多くの人は理解してない、もしくは間違って理解しているけど。


人文科学と自然科学との接点を重要視するという意味でウィルソンは正しかったが、

人文科学の上に社会生物学が成り立つといったピラミッド構造でとらえたことが誤りだったと思う。

社会生物学論争は結局は感情論だったのだが、

わざわざ人文科学者の感情を逆撫でするような書き方をしなくてもよかったはずだった。結果論だが。

人文科学と自然科学との関係は上下関係ではなく自然科学では解明されていない部分を人文科学が先取りし、

自然科学で解明された部分を人文科学が取り入れて敷衍化するといった相互補完関係である


文学は科学だけに限らず社会環境と関連して生まれるものだ。

人文科学と自然科学との関係は、別のところで詳しく取り上げるつもり。

この章ではそのほかにも、利他行動、道徳、宗教、部族主義つまり人種などのトピックを

社会生物学的に取り上げており、ここも感情的に叩かれた。

今現在、社会生物学は行動生態学、ヒトに限っていえば進化心理学と名前を変えているが、

10年ほど前まで大っぴらには研究されてこなかった。

こうしたヒトの行動と心の生物学的研究は端緒についたばかりであるといえる。

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