2000年4/03 月 久しぶり!何から書こうか?
長いのでDLしてお読みください。
3月の19日にHawaii下見旅行から帰ってみれば、
HPビルダー体験版の使用期限が終わっていました。
と言うわけで、先週の日曜日、HPビルダー正規版を買いました。
全世界62人(推定)の読者の皆様、おはようございます。
そんなアナタのk2r(羊)、今日より復活です!
3月14日のk2r(日本)午後四時
新宿駅発、成田駅着の「成田エクスプレス」に乗り遅れる。
次の発車は1時間後……。
旅立ちの最初の不運は軽いジャブのようなもの。
次は右ストレートな幸運が訪れるだろう。
(運の総量は限られていて、禍福は交互に訪れると考えてるようだ。
しかし皆さんは、時間に余裕を持っていこうね♪)
成田駅で既に、コギャル夏ver.がいる。まだ肌寒い3月の冬。
飛行機はNW(ノースウェスト)010便。ビールを3缶飲む。
3月14日のk2r(Hawaii)朝7時
思ったより蒸しっとする Hawaii
の空気。
米人の入管の列は短いが、外国人の入管の列は長い。
ディズニーランドの人気アトラクション待ちのような列だった。
僕は45分ぐらいだったろうか、以前のLAの入管では日本語だったが、
Hawaii の今回の入国管理官は英語だった。
ゴールデンウィークや正月など、2時間待ち、3時間待ちが当たり前らしい。
JTBのバスで<アロハ・タワー>へ。
<アロハ・タワー>は昔の灯台をシンボルに据えた、SC(ショッピング・センター)。
説明会の後、解散。そして自由行動になった。
正直言えば、 Hawaii を観光するなんて今回だけだからと
市中バス引き回しのうえ、強制SC巡りを期待していたのに寂しかった。
Hawaii は、初めてよりもリピーターの数が多く、連れて行くだけといった
感じ。しかしOP(オプショナル・ツアー{ダイビング等のイベント)に申し込めとうるさい。
飛行機代を差し引くと、このOPぐらいしか稼ぎようが無いのだろう。
OP一切申しこまず。
ゴードン・ビアーシュという、地ビールのお店で昼食。
海岸沿いで、ビールと煙草の旨いこと!! 飛行中の6時間は我慢できた。
ほぼ同身長の米娘にチップの払い方を聞く。
<アロハ・タワー>は、 Hawaii へ観光に行った人は、必ず訪れる場所かな?
連れて行かれたので、期待をしていなかったのだが良かった。
特にレイ(首飾り。花以外にも、樹の実でできたシェル・レイもある)は、
<アラモアナSC>や、その他何軒かの店よりも質が良かった。
<シェラトン・モアナ・サーフライダー>にて。
1901年に建てられた、 Hawaii でも1番由緒あるホテル。
カメハメハ大王の別荘地であった場所に建つ。
首にプルメリアのレイを掛けてもらい、部屋へ。
天井は低く、トイレは狭かった。東京のラブホテルの方が広いな。
803号室でパーシャル・オーシャン・ビュー(海が1部分見えます)だった。
スーツケースが届いておらず、しかしとりあえず仮眠した。
フロントに電話すると、届いていないと言う。そこでJTBに電話してみた。
結局、スーツケースには彼女の名前のプレートを付けていたのに、
フロントでは僕の名前でチェック・インし、僕の名前でスーツケースを
尋ねていた。来なくて当たり前か……。 (。_゚メ)〃ドテッ
もう陽も暮れかけて、ワイキキの大通り、カラカウア通りを散歩する。
散歩途中に見つけたステーキ屋で夕食を摂る。後で本に載る有名店だと
知る。僕は美味い店を見つけるのが得意だ。ある種の勘が働く。
ワイキキは日本語で大丈夫と言われる。確かに喋れる人の割合は
多いだろうが、「こんにちは、ありがとう」の挨拶しか喋れない人も
含んでいるような気がする。
そのステーキ屋では、日本人グループは入り口に固められていた。
英語で話しかけた僕達は、店のほぼ真ん中の席に案内された。
ホテルに帰り、ホテル前の海へ行く。
真っ暗なのに泳いでる人もいる。悩んだが、泳ぐことにした。
悩みに悩んだから、大切な事を忘れていた。
\(^O^)/プカプカ♪
泳いでいると目の前に煙草の箱が……。
「しょうがねぇなぁ。海に捨てやがって!!」と、拾ってみると自分の煙草。
日本でも吸う人が少ないのに、まさかアメリカで見つけるなんて♪♪
「あれ?あの携帯灰皿も俺のと同じだぞ?(~ヘ~;)ウーン \(^O^)/プカプカ♪」
はい、アロハ・シャツは脱いでいたのに、短パンの中身はそのまま
だったんですね♪(泳ぐか、泳がないかについて悩んだのであって、
水着を取りに帰るか、帰らないかについては悩んでない。)
おかげで、革の財布が柔らかくなってモア・ベターよ♪(←負け惜しみ)
「父チャン、お前の馬鹿さ加減には飽き飽きするよっ!!」と、リフレイン。
財布開ければ思い出す 遥かな
Hawaii
落ちる砂
3月15日(二日目)は、また明日! ( ̄(工) ̄メ)ノ
ばいび ♪
2000年4/05 水 今日は二部構成。ぐはっ!ムチャ長い……。
掟破りな長さですが、勘弁してください……。
今、書き終わってからココを書いているんだけど、
誰が、読むんだろうか?ホノルル・マラソン並に長いです。
注;)長いです。DLして下さい。
”HPをDLする方法を知らない”という人も多いので、ホームページをDLする方法。
まずそのHPを開き、左上の「ファイル」より、「名前を付けて保存」を選び、
指定されたフォルダか、「新しいフォルダ(フォルダの形をしたアイコンがある)」
を作り、右クリックで開いたウインドウから「名前の変更」し、保存します。(WIN)
第1部 「考え方」 レディ・ファーストと結婚観について
先日、タイ料理屋で知り合った31歳(滞日7年)のアメリカ人と話しこんだ。
彼は、「結婚とは2人の間の問題であり、たとえ親や兄弟、友人でも
結婚するその日まで誰にも言わないし、彼女にも言って欲しくない」と言う。
そんな考え方もあるだろうと思う。しかし日本に当て嵌めてみると、違いが判る。
なぜ日本人女性がモテルのか?
僕らは、日本人女性が世界で1番優しい女性達だなんて思わない。
だけど外国人は、日本女性の誰も彼も優しく見える。
ビールのコップが空けば注いでくれ、煙草が欲しいと言えば買ってきてくれる。
どんな小さなことでも笑顔で答えて、叶えてくれる。
しかも、自分の役に立てたことが彼女の喜びのようだ。
旅行の本に、外国で女性がお酌してはいけない、人前で化粧を直してはいけない
と書いているものがある。それはホステスや、そういう世界の女性を意味すると
一読したときは、そんなものかと思った。しかしハワイに行ってから気付いた。
ワイキキの大通り、カラカウア通りには夜になると売春婦が立ち並ぶ。
露出の多い服にハイヒール、夏のコギャルを想像すれば良い。あんな、感じです。
逆にいえば、そのファッションは売春婦の制服で、お酌や化粧直しはサインかな?
だから普通のアメリカ女性は驚くほど地味だし、肌を露出していても
そういうフェロモンを出していない。売春婦は、すぐにわかります。
レディ・ファーストとは、女性は箸の上げ下げだけをすれば良いことだと感じた。
家の中では知らないが、少なくとも外面は、女性は箸の重さだけ持てれば良い。
そんな世界で育った女性が、どうして男を居心地良くさせることに注意を向ける?
(長くてすみません。ここで、31歳のアメリカ人の発言に戻ります。)
つまり「結婚とは2人の間の問題」が、日米で違う意味を持ちます。
2人の間の問題で、その関係は2人が作り上げる。その通りです。
ここからが違います。彼女がしてくれたこと、彼がしてくれたこと、
それは彼女が(彼が)そうしたかったから。遠慮はいりません。
彼女は(彼は)そうすることで喜びを得ているようですから。
彼女は僕を尊敬しているからでしょうか?僕は彼女を幸せにするぞ!
とても幸運な誤解がありますね。
初めてアメリカに行ったのは14歳の時でした。向こうの女の子達は
ハジケテルなぁ、いや、「かっ飛んでるぞ!」と思いました。
日本の同世代の女の子だと、異性の目を意識したり、親や教師の期待もあって
「おしとやか」が建前ですよね。今思うと、彼女達は「解放されてる」の一言でした。
男女平等が進むと、「煙草を買いに行って欲しい」って言えなくなります。
たぶん120%拒否されるでしょう。「Why
me?] って。
自分で買いに行くか、ウェイターに頼むか、我慢するか。
「2人の間の問題」って、前提に2人の関係は”平等”という認識があります。
男でも女でもなく、年齢や国籍に関係無く、2人の間は対等から始まります。
彼に、「それは典型的なアメリカ人の考え方か?」と聞きました。
彼は、「わからない。だけど僕はそう考えてる。」と言いました。
彼は、「日本女性は、25以上で結婚を意識してプレッシャーを掛け始め、
30以前と以後では別人のようだ。」と言ってました。
彼は滞日7年ですが、ほとんど日本語が喋れません。英語学校の教師です。
あの日、タイ料理屋に来た彼と3人の外国人全員が、日本人女性の彼女を
連れてきました。詳しく言えば、アメリカ人の男性は少し日本語が喋れます。
そして日本人の奥さん。イギリス人は滞日1年半、日本語はまったく喋れない。
カナダ人の英語学校教師は、多少喋れます。最近日本人と結婚しました。
彼と彼女達は、その全てを英語で会話していました。
(話しは逸れるけど、どこの国の女性もそうなのかな?日本人男性と結婚した
米人女性は日本語を喋ってたな。うーん、これでは結論が違ってしまう……。
とりあえず、置いときましょう。)
結論は、平等の考え方に大きな違いがあるということ。
日本の常識(いや、”空気”か?)に左右されてしまうけど、
1つ1つ、その違いを埋めていくために理由を突き詰めること、
「捨てられた」という概念は発生しないこと、スゴク大変だなぁ……。
でも、日本の夫婦もこういう作業を繰り返しているか……。
まぁ、彼女達が幸せになることを祈ります。
P.S.思ったのだけど、キリスト教では「自殺」は1番悪いことらしい。
つまり神が作った自分を「殺す」ことは神への裏切りだからかな?
外国では「親子心中」はあり得ないと聞いた。
これも親と子の関係は平等で、一個の人格である子を
親の理由でこの世から抹殺することは「マチガッテル」からかな?
それと、31歳の彼の彼女である女性(23歳)へ。
外国人だから敬語がわからないだろうと汚い日本語を使っても、
言葉の持つ雰囲気は伝わりますよ。
書いてるうちに思ったけど、女性の方が役者が上だなぁ。
やっぱ女は強いッスね。彼らが幸せになれるように祈っとこう。
さて、第2部 Hawaii 日記 3月15日編 え?読むの止めたって?残念だな……。
もしDLしてここまで来てくれた人、ありがとうございます。
いつか、もっと読みやすく短くします。それでは3月15日の
Hawaii へ。
朝は7時頃から海に出る。湘南と(銀座だっけ?)を足したような人ごみと言われる
ワイキキビーチはまだまだ静か。プカプカと浮いて漂うこと1時間半。
小魚の小さな群を見ただけで終わる。
朝は宿泊先であるモアナのバイキング(ビュッフェ)を食べる。
昔の Hawaii は、食事がマズかったらしい。アメリカ本土からの輸入に頼っていた。
やがて Hawaii の食材を使うようになり、また競争により美味くなったらしい。
ビュッフェは基本的にコンチネンタルという内容。(パンとスクランブルエッグ等)
午前、<モアナ・ホテル>のプールで泳ぐ。部屋のタオルは持ち出さないこと。
海とプールに、色の違うタオルを貸し出してくれる。宿泊客に貸し出すので
持っていないとビーチチェアやプールサイドでチェックを受ける。
アメリカ全土かどうか知らないが、基本的なことらしい。
午後は<アラモアナSC>(ショッピング・センター)に行く。
Hawaii に行った人なら必ず訪れる巨大SC。現地の人も買い物に行く。
ブランドショップが多かった。ここでは「レインズ」というアロハシャツの店で
「ラハイナ・セーラー」というアロハを買う。日本から欲しかったシャツだ。
(必ず写真を載せます。四月中か?)
彼女は、ブランドに興味が無いので助かる。
夜は本で読んだ<Ciao mein>という、Chao(イタリア料理)とMein(麺・中華)を
組み合わせた店へ。ホノルル市民が選ぶランキングに常に載る店らしい。
予約の英語は思ったより簡単だった。
ラハイナ・セーラーに木の実のシェル・レイ、革靴というこれ以上ないほどの
正装で出かける。(ちょっとやり過ぎだし、逆に変か?)
今どきどんな本でも、ドレス・コード(服装規定)を載せているのに、
Tシャツ・単パン・サンダル・予約無しで訪れる日本人が多い。
サンダルは確かに楽で、靴を脱ぐ文化である日本人にはあってる。
僕も大好きだ。正直言って、足のサイズが28・5の僕はいつも靴に困ってる。
だけど Hawaii でアロハと白のスラックス、革靴を1足持っていけば
大丈夫というのが感想。そして扱いは各段に違うはず。
実際に入り口まで来て、帰って行く日本人を何度か見かけた。
単純な問題は、日本人がこの若さで金を持っていることだろう。
チャオメンには若い外国人は居なかった。中年か初老のカップルやグループだ。
それが国力というものかも知れないが、彼らの大切な場を壊すことは避けたい。
3月16日 木曜日
朝、海に持って行こうとシュノーケルをABCマートに買いに行く。ABCマートは
日本のコンビニのよう。ワイキキには何十軒とある。しかし僕が行った時間は
まだ閉まっていた。24時間では無いようだ。仕方ないので、ひたすら浮く。
そろそろ皮膚が痛くなっている。朝7時8時の太陽でも強烈だ。
朝食は、<ロイヤル・ハワイアン>(ピンク・パレス)のビュッフェに行く。
朝食込みの設定で、朝クーポンが三枚ついていた。(外人はキューポンと言う)
どうして<モアナ>滞在なのに、他のホテルへ行ったかというと、
シェラトングループ共通だからである。モアナは、最初「モアナ」ホテルだった。
シェラトングループに買収され、隣のサーフライダーと合併したから
<シェラトン・モアナ・サーフライダー>になった。
<ロイヤル・ハワイアン>も正式名称は<シェラトン・ロイヤル・ハワイアン>かな??
<ロイヤル・ハワイアン>別名「ピンク・パレス」は、その名の通り、すべて真っピンク!
最初はドギツクて、いやらしいイメージを想像した。しかし
Hawaii の空の青と
ピンクがとても爽やかなホテルだった。新婚旅行に人気がわかる。
ここはカクテル「マイタイ」を作ったバーがあるので、キューポン+マイタイを頼む。
食事はほとんどモアナと同じ。ただ調子にのって、席のリクエストをガンガン出した
ので良い席へ案内された。2時間近く、爽やかな微風を楽しむ。
このHPの名前<波の島 風の島>にしたのは、 Hawai'i の本に、太陽と風が違う
と書いてあったから。日本と1番違う点だそうだ。確かに、常に微風が吹いている。
東京あたりの突風は慣れっ子なんだけど、全然違った。
頬を撫でるように微風が常に吹き、照りつける太陽は木陰に入ると涼しい。
ユタ州は乾燥していて(砂漠だからなぁ)、近いがちょっと違う。
LAも似ているが、 Hawaii の太陽はとても陽気な気がした。
そのあと、僕が申し込んでいる学校に下見に行く。
初めてリゾートホテルに泊まり、とても面白いと思った。
新しい宿泊客が毎日訪れ、日本人特有の、外国人特有の問題が起こる。
その要求は多種多様を極め、人が生きて暮らす全ての問題が起こる。
もちろん格好良いのは表面で、裏方には徒労や無力感だってあるに違いない。
アメリカの学校を卒業すれば、1年間だけ労働ビザ無しで働けるらしい。
ホテルに勤めてみたいと思った。
その日、70歳のアメリカ人夫婦と知り合った。奥さんの方がプールで歩いていた
から覚えていた。(ウォーキングですな。)それで話しかけたら面白かった。
彼らは引退した?カップルで年2回ほど1ヶ月の間、
Hawaii に滞在する。
そんなに居るだけに、松崎しげるもビックリの黒さ。(エグゼクチブですな。)
彼らの息子達も他のホテルに来ている。NYに住んで、
Hawaii まで14時間だって。
他に、23歳でモアナは高いと言われたこと。
そしてヤング・フェロウと呼びかけられたこと。厳密に調べていないが、
若人ってな感じか?
夕食はモアナ内の<シップス・タヴァーン>に行く。1番の贅沢かな。
2人で一万円いかないぐらい。チップを10ドル払った覚えがある。
チップは良いとも悪いとも言えない。
良い点としては、日本でウエイターが来なくて待った経験は無いだろうか?
今回の旅行では殆ど無かった。
ウエイターが受け持ちのテーブルを持っている店は、サインを見逃さなかった。
本によると、彼らの基本給は安いらしい。だからチップは生活を支えている、と。
店と客と相互扶助ですかね?ボーイスカウトもチップを要求するらしい??
(僕はカブ・スカウト止まりだけど、無償だって習ったような……?)
この日を通して思ったことは、チップとクレジットカードと滞在の仕方。
1ヶ月も居るのなら、滞在費だって馬鹿にならない。
名所やイルカや冒険だって仕舞いにゃ飽きる。
何もすることが無いからボケーッとする。
「それがリゾートだ」なんて外国人が言うのは当たり前の話だ。
日本から Hawai'i は4泊が主流だ。
もしも1ヶ月や2ヶ月滞在できるなら、日本人のリゾートの過ごし方も変わるね。
日本人は高額紙幣を持ち歩くという、そして狙われる。
よく聞く話しだが、クレジットカードを使うことで納得した。
クレジットカードがあれば、チップ用の1ドル札数枚と20ドルが2・3枚あれば良い。
ビーチに何十ドルも持って行く必要は無い。
クレジットカードは危ないから持たないという人もいる。
しかしアイロンと包丁も使い方次第では人を殺せる。
少なくとも、高額紙幣を持ち歩く危険は避けられる。
ユタ州でT/C(トラベラー・チェック)を使ったことがある。面倒臭かった。
アメリカはカード社会で、不便を感じたことは無かった。
帰国後、日本でも2度カードを使ってみた。
そんなに”違い”は無かった。
今回の旅行のために集めたHPの中に、「猫背を見たら日本人」とあった。
たしかにワイキキを歩いていて、猫背や口が半開きは沢山いた。
アメリカ人は大きい。もちろん小さい人も居る。
(話は逸れるが……、僕は Hawai'i
に居て、
「ああ俺も普通じゃん♪」と嬉しくなって一杯食べた♪
帰国して写真を見たら哀しくなった……。)
以前から思っているのだけど、ボクシングで日本人と外国人の
あの上半身の違いはどうだ!? たぶん上半身の厚みでは勝てない。
下半身の勝負であるサッカーに期待している。
元に戻して、と……。
「日本人の多くが貧相に見えた。」 アメリカはフィットネスが盛んだという
こともあるけれど、日本人女性がモテて、男性がモテナイ原因がここにも
あるのかもしれない。そしてとっても狙い易そうに見える……。
チップに関しては、概ね賛成する。シップスタヴァーンでこの僕に
Sir.「サー」(貴族の位だけど、最上級の呼びかけか。Mr.より上)
と呼びかけるのは金の力か……。
世界第2位の経済力を持つ日本に生まれて、不満は沢山あれど感謝する。
3日目から、コンシェルジェを多用した。
(コンシェルジェとは、ある程度のクラスのホテルなら必ず居るらしい、
Hawai'i に詳しい人。宿泊客のどんなリクエストにも答えてくれる。)
シップスタバーンの予約をしてもらった。
4日目には僕はサーフィン予約、彼女はロミロミ・マッサージ予約、
2回目のチャオメン予約と、予約時間の変更、銃を撃てる場所を聞いた。
最終日に、本来コンシェルジェにチップは必要無いのだけど
5ドルを渡した。彼女(60代か?)はとても喜んでくれ、「まぁ、優しいのね!」
そんな感じでした。
(今思うと、あんなに喜んでくれるなら10ドルにしとけば良かったかと思う。
帰国して本を読むと、モアナには日本人コンシェルジェも居るらしいが、
1度も見なかった。そういえば、Mr.Shimoharaと言ってくれた。)
チップは硬貨だと失礼になるらしい。日本でもお年玉には札、ですな。
あの満面の笑顔と、良いサービスに対して評価と感謝ができたと思うと
チップもそんなに悪くない気がする。
(第1部のイギリス人とチップの話をしたら、
彼はチップの無い日本は最高だと言っていた。行ってないが、
Hawai'i の
ラーメン屋はチップを取るらしい。運んでもらった訳でもないのに、変な話だ。)
さて、皆さま、お疲れ様です。怒涛の
Hawai'i
編も残り1日。
3月18日 土曜日 最終日
さすがに疲れて、朝は泳がず。モアナで朝食を食べる。
今回、自分が差別されたと感じたことは無かった。
(ユタ州でも無い。はっきり感じたのは、LAのディズニーランドで1度だけ。)
日本人に慣れた Hawai'i だから、そう意識する必要は無いのかもしれない。
しかし、慣れた分だけ「だから日本人は……、」といった空気もあった。
いかにも若い連中が、自分達の買えないものや、できない遊びをするんだから
日本という国を誤解されてもしょうがない。沖縄や北海道に行くよりも安い、
日本で買うよりも安い、そんな構造はどこから来たのだろうか?
Hawai'i に何度も訪れるリピーターは多い。せめてもの良い点ではないだろうか。
Hawai'i はサーフィン、サーフィンと言えば
Hawai'i 。
やっぱりやってみようと思い、コンシェルジェに相談した。
そこで教えているショップを予約してもらった。
(これも後で知ったのだが、そのショップは有名らしかった。
教えてくれた人は違うが、サーフィンの元世界チャンピオンの店らしい。)
予約した時間に、モアナまで車で迎えに来るという。
途中、日本人の女の子を乗せてショップへ。この時間の生徒は2人だ。
今回の旅行中、初めて他の日本人の英語を聞いた。
(僕の彼女もそれなりに喋るが、僕は出しゃばりなのだ。)
その子は頑張って会話しようとしているし、僕も彼女に話題を振るのだけど
単語では話が続いて行かない。
色んな人種の居るアメリカで、自分を表現する方法は英語である。
喋れないことがどんなに辛いことか思い出させてくれた。
(ここでも思ったのだけど、アメリカ人から見たら可愛いだろうなぁ、と。
喋れないから一生懸命こちらに伝えようとする、判らないから
一生懸命聞こうとする……。うーん、男はイチコロですな……。
日本人女性はもしかしたら、すごい民族なのかもしれない!!)
正直言って、サーフィンはキッツイ!
ボクシングを本気でやっていたのが2年前とはいえ、ボクシングは
上腕と背筋が特に強くなる。あれは上半身のスポーツと言える。
それなのに2時間でへばった。翌日には筋肉が張った。
(初スキーで、最終日に上級者コースを降りたことが自慢だがスキーより辛い。)
もうひとりの子は、大丈夫だと言う。実は昨日もサーフィンやって、
今日も来たらしい。テニスで大会に出てるんだってさ!w(゜o゜)w オオー!
丘サーファーというのを聞いたことがある。
しかし丘スキーヤーや、丘スノーボーダーは聞いたことがない。
スキーやスノボを敵に回すのは怖いが……、
サーフィンの方が硬派っすね。軟派にゃできん!!
1回だけ波に乗れました。そこはなんでも、どんな初心者も必ず乗せるらしい。
あっという間だったけど、水の上を走ってる印象が残ってる。
帰り、その子に頼まれて、彼女と先生の写真を撮ってあげた。
しかし先生にはサンキューと言ったのに俺に何も言わないのはどうか?
(あ、また愚痴が……。)
僕の彼女はロミロミ・マッサージを気に入ったかどうか?
Hawai'i で生まれたマッサージらしい。
「寝てしまった」と言うから、気に入ったということにしよう。
最終日の夕食は、彼女のリクエストで再び「チャオメン」へ。
僕は前回の、ラハイナセーラーにシェル・レイ、彼女はシックなムームーに
軽く羽織って、これまたシェル・レイ。ついでに造花の花を頭へ。
うーん、あまりに上品過ぎて眩暈がしそうだ。(*^-゚)V
喫煙席を要求したら、通路のあまり良くない席だった。
禁煙にして、窓側にしてもらう。アメリカはこんな状況らしい。
煙草も3ドルぐらいするらしいし、日本もいずれそうなるのか……。(・_・、)
帰る間際、受け付けの人に Chao
mein の意味を聞く。
チャオは判ったけど、Mein が中国語の麺だとは思わなかった。
イタリアン中華と言うと変だが、美味しかったよ。
説明の後、その人が、「Chao!」と言ってくれたのでなぜか
「アディオス!」と答えてしまう。彼も「アディオス!」と言ってくれたが
イタリアなら「グラッチェ!」と言えば良かったと後悔する。
それから、たまたま通りかかった靴店で11・5インチの靴を買う。楽だ♪
さらに、銃を撃ちに行き、銃は本当に怖いと感じた。
夜はモアナのビーチバーで完全にくつろぐ。
僕はだいたい、どこにいても主とか、常連って思われる。
態度がデカイんだろうが、こういう時はすぐに馴染めて得だと思う。
バーで飲み物を運んでもらった場合、チップは1ドルを考えていたが
(つまり、チマチマ呼ぶと高いから1度に2・3個頼む。酒豪向きか!?)
テーブルで払うときに、お釣りはチップだ攻撃をかます。
(といっても、1ドルのチップにお釣りが30¢ぐらいだった。)
ちょっとしんみりしつつ、部屋へ。
半分開けておいたスーツケースもそれなりに詰り、彼女は寝たが
僕は寝れなかった。 Hawai'i は泣きたくなるほど安らかだった。
太陽と月と、波の音に、遥かな時代と繋がる自分を感じた。
どこかで日本よりも Hawai'i が合っている自分を見つける。
皆が楽園と愛する、 Hawai'i を感じることができた。
しかし楽園で「遊ぶ」ことと、「暮らす」ことは、
同じでないことぐらい、わかる。
以前、ホームステイに行って感じたことは、
「海外の日本人同士は、意識し過ぎてお節介になるか、
あえて日本人であることを隠し、無視するか……。」
海外に居る日本人同士が、心地よい距離を作り上げるには
まだまだ時間が必要な気がする。
観光客が多くの時間を過ごし、最初に出会う
Hawai'i はホテルから始まります。
もしかしたら自分は、日本人観光客と良い距離を保ちつつ、
彼らの Hawai'i をサポートできるかもしれないと感じたことが
ホテルに勤めたいと思った理由だろうか。
もちろん1年やそこらで、ホテルの重要な部分である接客ができるなんて思わない。
しかしどんな場所であれ、すぐに居場所を作る性格はどんな隙間を見つけてでも
なんらかの日本人サポートができる仕事に就けると思っている。
目標はこれで充分だと思う。5年でできることなんて限られている。
いつか、これを読んでくれた人達を案内できたら最高に嬉しいね。
とても長い文章に付き合ってくださって、本当にありがとうございます。
いつのまにか、アレもコレもと増えてしまって、
読む人は大変だろうなと感じながら一気に書いてしまいました。
こんなことは滅多に無いし、今回の旅行で感じたことをすべてぶち込みました。
日本に帰ってから改めて考えたことや、気付いたことも含んでいます。
19日に帰ってから、振り返って書けるまで18日間を必要としました。
それだけ Hawai'i は色んなことを与えてくれました。
たぶんタヒチやその他リゾートの方が、
Hawai'i
よりも完璧な楽園でしょう。
しかし英語が通じ、ブランド物から精神的な拠り所まで手に入る便利なリゾートは
Hawai'i が1番だと思います。(ある本が全方位と書いていました。
なにしろスノーボードやスキーだってやろうと思えばできます。
Hawai'i はスゴイ!)
やっぱりこれからも、日本人が1番よく行くのは
Hawai'i に間違いないでしょう。
僕が大好きな他のハワイHPのように、Hawai'i
の匂いを伝えていけたら、
そんなHPにしたいです。たぶん脱力して何日か更新しないと思います。
(えっ?それなら分割して載せろ?)
いやぁ、恥かしくなって消すかもしれないから、このまま載せます。
それではまたねーー!
2000年4/08 土 リンク頁を作った。
リンクのお願いを出しました、k2r(健二朗、BBSでは羊)です。
簡単ですが<波の島風の島>の紹介をします。
(先日お願いを出して読んで下さった皆さん、ありがとうございます♪)
Hawai'i に留学に行く、まだ日本在住23歳の男が作っています。
<波の島風の島>は、友人との連絡版や、自分の考えを整理する、
怠け者なのでせめて記録をつける、という私的なHPです。
リンクには「自分はこういうHPを読んでいます。」と、知って欲しいHPを
載せました。(紹介文をもっとちゃんと付けたいと思っています……。)
目標として、4年間の留学と1年間働けたらと思っています。
(4年の卒業後、1年間は労働ビザ無しで働ける制度があるそうですね、
できれば「ホテル」に勤めたいと思っています。)
一見すると留学に向きそうにない Hawai'i ですが、
「島」という環境は数年という短い間でも、「掴める」ような気がします。
たぶん端から端まで行けそうな気がするからでしょうね。
そんなわけで、リンクのお願いをした皆さん、読んでくれる皆!
これからもよろしくお願いします! ( ̄(工) ̄メ)ノ
ばいび ♪
2000年4/10 月 24歳になった。
雨が降れば、桜は散ってしまう。そしてもうすぐ雨が降りそうだ。
去年ぐらいまでは、誕生日に興奮していた。今年はしない。
幼い頃は指折り数えたのに、、今日はいつもと同じように起きて、寝る。
僕の誕生日には、和田アキコ、淀川長治、さだまさし、永六輔がいる。
たぶん「お喋り」ってことだろう。 あ、ついでにペリー提督もいる。
今日は散歩ついでに桜を観に行く。武蔵野市の良いところは
自然の多いところだ。歩いてすぐに30本近い桜並木がある。
どうして桜に惹かれるのか判らない。桜とは別の、日本人としての
「何か」が見えるのかも知れない。「散る桜、残る桜も散る桜」
桜の花びらがハラハラと舞い落ちる、曇天の今日は桜の写真を撮りに行く。
……行ってきた。近日中にUPしたいね。
2000年4/12 水 24歳になって数日。未だ23歳と言ってしまう。
リンクのページに張ってある、<NOmeg,NOlife> に感銘を受けた。
元々はチャットで知り合ったのだが、ネットアイドルを目指すという。
彼女はやたらめったら(それは”無茶苦茶”なほど)面白い人物で、
最初は冗談だろうと聞き流した。
ところが実際にHPをUPし、僕よりも数週間遅れで作ったにも関わらず
もうすぐ10,000アクセスを迎える勢い。(最初は張り合う気もあったが、
数日でそんな気は失せた。)
最初は、「無理してんなぁ」と。
当り障りの無い、オシャマな自分を演出して、Fanの間口を広げてるように感じた。
ところが最近では、かなり素の自分を出していて、ネットアイドルのHPではなく
<NOmeg,NOlife> にしか出せない味を醸し出している。
(他のネットアイドル系HPを知らないから、他も濃いのかどうかワカランが…。)
とくにprofileのplaceにはマイッタ。僕もハワイ旅行記をUPしたばかりなので
どうしても比較してしまう。が、完敗です。
まだまだ見栄のようなモノがあって、自分の意見を前面に押し出そうとする
僕の旅行記では、読んでくれた人に共感を強要している。
<NOmeg,NOlife> では、その経験を通して自分も素直に共感できた。
最初から惹き込まれるのだが、とくに留学記ラストの、
>彼は今、ニュージーランドにいる。あれから凝りもせず、
>3回もサンディエゴに行った。でも連絡はとらなかった。
>これで良かったと思っている。
これにはマイッタ。
喪失の記録なんて、ハードボイルドにはありふれてて、↑の描写だって
そんなに創造的ではない。しかし彼女の記憶の追体験を経た後で、
彼女と一体化し、彼に憧れを感じた自分には十分ハードボイルドだった。
たぶん <NOmeg,NOlife> の作者は別にハードボイルドが好きでも無いと思う。
(僕は、原寮の一連のハードボイルドが大好きなんだが。)
だけど僕は、お気に入りのハードボイルドを見つけた気がして、1人満足している。
ああ…、また共感を強要しているかもしれないけど、その旅行記を読みに
彼女のHPへ行ったとしても、損はさせないと約束する。
*<NOmeg,NOlife>のprofileのplaceをクリックする。
P.S.ついでにネットランキングに投票してあげても良いじゃない。
(彼女は男にも女にも面白い人ですよ。)
2000年4/15 土 Right here, right now. Ride on !
京都から就職活動のため、上京してきた友人と会った。
今日はなんでも、地方競馬の日らしく、一緒に東京ドームへ行った。
大井競馬場で行われるレースを、ドーム横の場外馬券場で購入する。
その日のメインレースは9R . G1と呼ばれるレースのようだ。
(さっぱり判らないが、たぶん大きいレースだと思う。)
多くの警備員が待機・誘導する中、客には3つのグループがあることに気づいた。
若者達(含むカップル)、スーツのサラリーマン、無職風中高年。
(女性もチラホラと居たが、これが中央競馬になると、もっと多いらしい。)
競馬やパチンコなど日本のギャンブルは、約25%のテラ銭が引かれる。
つまり1000円の勝馬投票券は、買った瞬間から750円になる。
配当金は750円・X倍と計算する。
最初からマイナスの勝負なのだ。続けていく限り常にマイナスだ。
あえて逆境の勝負に挑む、マゾの心境になった。
友人も地方競馬は初めてで、何を買えば良いか判らないと云う。
そこで当然ながら誕生日の4番・10番を買う。
(これ↑なんとかせんとなぁ…。
ちなみに4・10は本命らしく、友人は4・10・11を買っていた。)
レース開始3分ほど前、ちょっとした騒ぎが起こる。警備員が走って行く。
膨らむ熱気は、しかし秘めることにより圧力を高める。場が静かになる。
馬が走り出す。熱気が噴出する。
小さなモニターだから馬の息吹は伝わらない。場の熱気が興奮を支えてくれる。
僕には判らない駆け引きがあるのだろう、皆が「行け!」、「捲れ!」と叫ぶ。
1600mを1分半で駆け抜けるサラブレッドは、走るために生まれた。
走ることが生きること。だから、心臓が破裂するまで走りつづける。
1度倒れたサラブレッドは、もう2度と走ることはない。
強化された筋肉が、心臓が、そして人間が許さない
疾駆する美しき肉の塊は、1分半の結果に生き、1分半の理由に死ぬ。
サラブレッドで在りつづけるために、馬は命を賭けている。
肉が肉で在るために、それが美しさの代償だった。
騎手が主役ではないと、今さら気づく。
場の熱気は高まる。雰囲気はボクシング会場に似ているかな。
しかし1分半は短すぎる。刹那というより瞬殺といった感じ。
結果は写真判定、後ろから前から、予想が飛び交った。
10番が1着、2番が2着。
友人曰く、もし2番を買っていれば、20万になるという。
ああ、もし僕が2月生まれだったら!と思ったが、
「下手に運を使わないで良かった。」と屁理屈を言ってしまう。
記念写真を撮って、(HPのことを考えると、写真や記録を取るようになった・・・。)
友人を新宿の高速バス乗り場まで送って行った。
もう競馬をすることは無いだろうけど、ロマンが在ることは判った。
馬はもちろん、競馬場にいる人間も、ロマンをバシバシ感じさせた。
だけど競馬を含む、賭け事をすることは無いだろうな。
ロマンが夢を叶える原動力になるか、未練となって自滅を促すか。
賭け事は人生に似ているなぁ。
2000年4/18 火 いつもいつも、書くことがある訳じゃないんだ。
僕がHPを見て回る理由ってなんだろう?
留学のため?それはもちろんある。この膨大なHP世界の中で、
留学に関するHPは、☆の数ほどもある。
必要な情報や、意外な情報も、僕はHPから知った。
毎朝の日課のように、知り合いのHPを回る。
いつもいつも、意外な発見がある訳じゃない。
もしもHPが有料なら、気楽に観て回ることはできない。
ああ、最近はどうも、自分のHPに倦んでいるのだよ。
カウンターの上昇が楽しい頃を過ぎて、
伝えたいと思う何かが、手元に無いときは、
自分はいったい、何を思ってHPを作ったのかと。
2000年4/19 水 ↑ 暇ですねぇ。留学の準備の遅れが一因かいな。
リンクのページの,<Los Angeles 留学日記>を観たくて、僕はPCを買った。
出版された<LA 留学>を読んだとき、彼の、今日の情報を知りたいと思った。
その頃、著者の鈴木さんは、学期休みを使った「アメリカ横断中」で、
「アメリカ横断チャット」に参加した僕は、著者と直に会話できて感動した。
そしてハワイに行ったら、こんなHPを作ろうと思った。
ところがどっこい、まだ行ってない。ぐはっ。
(上京した友人は、「行ったふりして成田に隠れてろ」と。笑えん…。)
だけど、普段の何気ない日常を書いたHPも好きなんだよなぁ。
うーん、自分のHPって何だろう?
(眉間に皺よせて考えてる風ですが、一番よく考えていることは、
「もやしを美味しく煮る方法」です。煮て良し、冷水を浴びせて良し。
店に入ると、まずそこの”もやし”が気になります。)
「ここはDランクだっ !」 「煮たあと、冷水だな
!?」
「ターン」 北村薫 著 新潮社 を読んだ。
銅版画家、森 真希はあと数日で30歳になる夏の日、交通事故にあう。
彼女が目を覚ました場所は、事故にあう1日前の自宅の居間。
動くモノの居ない、動物も虫も、そして人も居ない別世界だった。
彼女はある1日を繰り返し続ける。その1日が百回を過ぎたある日、
音の無い世界の自宅の居間の、1本の電話が鳴る。
古本屋で、100円で買ったまま、半年以上ほったらかしにしていた。
”時と人”の三部作らしく、
第1作「スキップ」(17歳の私が42歳の今を生きる。時間のねじれ
のなかで”17歳”の力が時空を超えて、動き出す…)*オビより。
第2作「ターン」、そして第3作「リセット」(まだ未刊かな?)と続く。
実は「スキップ」も泣いたが、「ターン」も泣いた。
やっぱ本って、読後、哀しくなるよりは、幸せになる方が良い。
それも”優しさ”と”やる気”を、与えてくれる本が好きだ。
(<相田みつを>の本で、「感動」とは、感じて実際に動くことだと書いてあった。
感動したなら、実際に僕も優しくならなければ……。難しい。)
2000年4/20 木 僕の英語について。(旅行の場合、です)
今回の旅行は、自分の伝えたいことの8割が通ったと思う。
(僕が、旅行者で、日本人で、店に来た客、という旅行英会話です。
外国人同士の会話だとほとんど判らない。)
それで感じたのは、高校生までの英語力があれば、旅行では充分だと判った。
(ホームステイを体験したとき、中学1年生の子と一緒になったことがある。
その子は”12”まで言えるが、サーティーンは知らなかった。
さすがにそれでは難しい。しかし中学英語でも存分にいけるだろう。)

じゃぁ、どうして英語が相手に通じないのか?その理由として
・発音が悪い ・構文を考えるあまり話題がずれた ・声が小さい
・強調すべき単語を、同じ音量で話した。
とりあえず、僕が思いつくのは、こんなトコです。
要は、この反対をやれば良い。
・発音に気をつけ ・構文は単純でイキオイ良く ・声はでかく
・大事なことは、ここぞとばかり強調して。
発音を除けば、結局、日本語と同じだと思います。
発音が、1番難しいかも知れない。
僕がホームステイに行かせてもらって、1番感謝している部分です。
構文は、旅行英会話の使いそうなところ、今日言えなかったところ、
それだけを暗記する。悩む前に口から出る、が理想か。
声がオドオドすると、それだけで聞く価値が無いような印象になる。
小さくても良い、胸を張りましょう。
大事な単語を強調すれば、相手が類推してくれます。
だから会話で、1番戦力になります。
演技する、では言いすぎですが、舞台俳優のつもりになって、
俺の演技を見ろいっ!ぐらいの気合が必要でしょう。
じゃぁ、元々無口で、声も小さく、迫力も無い人はどうすれば良いか?
うーん、わかりません……。そういう人は、正統な構文と
格調高い文章で、相手を圧倒するのが無難でしょう。
なに?俺の英語が理解できん?そりゃアンタが悪いんや!
↑この発想は重要です。

(うーん、まとまりが無くなってきた。強引にまとめ。)
これだけ多くの英語学校があり、何年も英語を学んでいる人が多いのに、
「英語が喋れません」なんて言うのは、もうやめましょう。
ハローだって、サンキューだって、充分英語です。
イエス・プリーズにノー・サンキューが言えれば国際人!
相手がシェークスピアがどうのって言えば、
こっちは鶴屋南北がどうした!
(読んだことは無いが…。)
日本人は英語が喋れないと聞けば、
米国人はフランス語が喋れんやんけ!
ニューヨーク出身だと聞けば、ホンマはユタちゃうか?
俺は貴族の出自やで。これが高貴な顔や!
(なぜ関西弁に・・・?)
そんなんでエエんです。首脳会議じゃあるまいし、
タヌキとキツネの化かし合いでっせ。
あんたユタの田舎者? おれ広島の田舎者。
目くそ鼻くそ、たいして違わん。
相手も同じ人間や思うことこそ、国際化の始めじゃないっすかね?
日本の歴史の中で、譲れん思うことは、決して譲らず、
相手の言い分は聞き流し、アホ言うな。
なにホンマか!? そりゃ失礼しましたー♪
米語なんか、英語の地方訛りじゃなかとですか。
その米国人が、オーストラリア訛りを馬鹿にしゆう。
(なぜか怪しい九州弁に。)
英語だってフランス語とドイツ語の訛りじゃろ?
(安心して使えるなぁ、広島弁。)
俺は2000年の歴史を持つ日本から来たんや!
「源氏物語」知っとるか?1000年前の物語じゃ!
相手、アナタのこと、知的な人やと思ってまっせ!
先手必勝、これで聞いてもらう準備ができました。
「ところで、その食べ物なーに?」
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まったく”僕の英語について”じゃないな。
しかもTOEFLのテストには、役に立たん……。トホホ。
ま、そんなわけで、鞄に自信をつめて外国に行きましょう!
( ハッタリでも可 )
追記;JTBのバスは、何台も走っていて、JTB旅行者なら無料で乗れる。
だけど誰も、乗るときにハーイとも、降りるときにサンキューとも言わない。
ある女性の運転手さんが、細かいニュアンスは判らないが、独り言っぽく、
「サンキューと言ってくれいっ!」みたいな感じで言ったのを聞いた。
イエスにプリーズをつけたり、ノーにサンキューをつける。
それだけで、相手も気分良く話してくれます。
(え?僕?僕はもちろんつけてまっせ!先手必勝やがな。)
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