私のイタリアルネッサンス紀行
    
1999年1月

ベネツィアは特に船でサンマルコ広場に到着する瞬間が印象的であった。
圧倒的な迫力で迫るサンマルコ寺院や鐘楼、運河を隔てた対岸に見える
優美な寺院の姿など思い出深いものが多い。またサンマルコ広場を散策
しルネッサンス期の歴史やナポレオンの時代の鼓動を感じる体験をした。

イタリアの世界遺産写真集(LINK)

水の都ベネツィアへ
英語ではベニス Venice。イタリア北東部,アドリア海北西岸にあるベネト州の州都,港湾都市。ベネチア県の県都でもある。市はベネチア湾奥の潟湖の多数の島から成り,約 400の橋によってつながれる。市街地を2つに分ける大運河があり,そのほか二百余の運河が発達,「水の都」と呼ばれる。 567年頃ロンバルディアからの避難民が湾のほとりに集落をつくったことに始る。7世紀末に共和政総督 (→ドージェ ) 下に統一。初めはビザンチンの支配下にあったが,十字軍の活動の結果貿易の中心となり,1381年ジェノバを破り,14〜15世紀にはベネチア共和国として繁栄の頂点に達した。しかし,オスマン帝国の攻勢の激化と周辺諸国との戦争,さらに大航海時代以後東西貿易の主要港としての地位を喪失したことなどにより衰退が始り,18世紀末にはナポレオンが占領,1866年イタリア王国に併合された。最盛期には多くの芸術家が集り,絵画ではベネチア派が興り,19世紀にはイタリア・バロック音楽の中心地となった。現在は宝石,工芸品の製造,繊維工業のほか,特にガラス工芸は有名。新しく市域に編入された対岸,特にマルゲラ港付近のメストレ地区には化学,冶金,製鉄,機械製造,造船,石油化学などの近代工業が興り,公害問題が発生している。湿気と地盤沈下もまた大きな問題となってきた。ローマ,フィレンツェと並ぶ観光地でビザンチン建築の代表サン・マルコ大聖堂などの名所が多い。 1987年世界遺産の文化遺産に登録された。人口 30万 8717 (1991推計) 。(ブリタニカより)


vol.2........ VENEZIA

           水の都ベネツィア              サンマルコ寺院               

   ミラノからバスでベネツィアへ向かう   
 水上バスでベネツィアの中心サンマルコ広場へ向かう        サンマルコ広場 
 ドカーレ宮殿          サンマルコ寺院正面       回廊からながめるサンマルコ寺院 
  鳩と遊ぶ子供           サンマルコ広場     広場ではちょうど正午の鐘が鳴り響いた
  いよいよゴンドラでの水の都めぐりに出発   むかし囚人がため息をついて渡ったといわれるため息橋
ゴンドラでめぐるベネツィアの街並   ここでは運河が道路、船が交通手段で車は1台もない
   サンマルコ広場から少し奥に入りベネツィアの街を歩く ガラス工芸品の店が多い あるガラス工芸の製作所
べネツィアングラス制作の実演を見る  船着場付近の大きな教会 サンマルコ広場ともまもなくお別れ
再び水上バスに乗りベネツィアを後にする。水の上に浮かぶ大きな寺院が次々に顔を見せては遠ざかっていく
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