平成10年度第1回学習会 平成10年5月12日

自然エネルギー利用の試み

レクスタ 桜井 薫


blue.gifビジネスと市民運動の結合をめざしてレクスタを作る

 「レクスタ(Renewable Energy X Tranders Association)」の桜井です。レクスタは、太陽光発電、太陽尾熱温水器、メタンガス醗酵、風力発電・水力発電など自然エネルギーを扱う小さなメーカー15が集まった事業体で、市民運動にかかわっている仲間とビジネスと運動とをどう組み合わせるかを考えて作ったものです。

 私は太陽光発電を主に専門にしています。これまで国立市にいたのですが、自然エネルギーが林業や有機農業の中で実際に使える形が見られるように小川町に移りました。移り住んで2ケ月ほど経つのですが、久しぶりに都会へ出てくるとすごい人間の数。都会は恐い。東京はすごいなと思います。

 さて、今日は自然エネルギーとそこからかいま見れる次の社会について考えてみたいと思います。私は、自然エネルギーを石油や原発の代替とは捉えていない。もう少し、夢のある形で捉えています。最初に言ってしまいますと「自然エネルギーとは市民が自分たちの生活を取り戻すための有効な道具である」。これが結論です。

 つまり、色々な自然エネルギーを使ってまちを作っていく。その中で自分たちの生活を自分たちの手で取り戻そうということです。

 では、スライドを見ながら説明したいと思います。

 

blue.gif交通にも地域産業興しにも使えるメタンガス

 メタン醗酵槽は、日本でも以前にはありましたが、一度廃れて、いまは中国で盛んで逆に日本に技術が帰ってきています。日本で廃れて行った理由は冬場に不安定になることが大きな要因です。そこで温水器を組み合わせることで冬場もコンスタントにガスを生産することが出来ます。私も国立市にいたときに個人の家で生ゴミ専用の醗酵槽を設置していまして、小川町へ引越すときに分解して見たのですが、麦藁とか繊維質のものが残っている。ところが形はゴミになっているのに全く匂わない。嫌気性醗酵したものは扱いやすい形に変わっているわけで、臭いがすればすぐ苦情がくる町中でも設置が可能なわけです。

 それとメタンガスのバスです。1年前にTVでも放映していたのですが、中国では実際に走っている。だいたい一回補充すると200キロは走る。そこで都市にたどり着き、そこでまたガスを充填してまた戻ってくる。こういう使い方がされている。面白いのは、トンネルを通り抜けるときに屋根の膨らみを竹とかで突つくこと。へこまさないと抜けられない(笑)。

 

 いま話したようなメタンガスとかのバイオマスエネルギーは原発20基分に相当するという記事があります。COP3があるときにEUが発表したもので、これは日本が20基の原発を新たに作ろうということに対して、「そんな馬鹿なことはやめろ」と言う、当てつけです。

 さて、市民の間で市民エネルギーを普及するために基金を作る動きが全国でポツポツと出てきています。長野県の伊那市にもこの動きがあり、ソフトエネルギー基金を作ってメタン醗酵槽を作った農家の事例があります。だいたい牛1頭で家1軒分をまかなえる1リュウベ位のガスが出る。これを使ってこの家ではボイラーでお湯を沸かして、搾乳の消毒に使っています。使ったお湯の余りは醗酵槽の加温用にまた使う。

 こういう例から、例えば、牛から出るガスを使った食肉工場など小さな産業が出来ないだろうかと考えるわけです。東京でメタン醗酵をするのには中国方式では難しいかも知れませんが、デンマークで開発された熱も一緒にとるコージェネレーション方式などが考えられます。

 中国ではだいたい20人で1軒分のガスが作れますが、これは管理人の役得だそうです。TOTOさんもメタン醗酵トイレを作ったら売れるんじゃないかと思うんですが、まだ出ていません。

 

blue.gif雨水を太陽電池で循環させる

 国立の私の旧宅での雨水利用の例ですが、600リットルを貯めていました。これを50W、太陽電池1枚でコントロールしています。ポンプアップして、これを水洗トイレに落としている。太陽電池が5万円、コントローラーが2万円、ポンプが2万円、全部で15万円かかっていません。浄水と完全に切り放した形でやっています。

 1995年に環境共生住宅の1号として作られた「ルミナス小金井」でも、地下に大きな雨水タンクがあり、この貯留槽にためられた水を浄化しているのが太陽電池です。これを私が設置したときに某ゼネコンの担当者が「なんだおもちゃか」と言ったことが印象的で、脳裏に残っています。コンピューターを使った制御装置が頭にあって、太陽電池に陽があたると自然に動き、あたらなくなると止まる。その自然の制御が彼にはおもちゃとしか見えなかったわけです。

 風車も中庭にあるビオトープの水を循環させるのに使われていますが、これも太陽電池との組み合わせです。ところで、ルミナスでは、建物の高さを3階にとどめたところにポイントがあるのです。つまり、木の高さに抑えた。木があると、そこでまわりの気温を制御してくれますね。これが人間の身の丈にあった建物の高さではないかと思います。

 

 さて、太陽電池というと300万とか400万円もするモノを考えがちですが、もうちょっと小さい事例もあります。1997年に山梨県の田富町で作られたメダカの里。宅地化が進む中で、50人ほど市民が集まりビオトープを作った例ですが、最初は手押ポンプでやっていたが、労力がかかるので太陽電池をつけました。最初は全面的に太陽電池に切り替えるつもりでしたが、結果として手押ポンプと併用していて、子供たちのよい遊び場になっています。

 

blue.gif身障者が車椅子で活用

 変わった使い方では車椅子に取り付けた例もあります。24時間介護を受けている方が自分で設計しましました。彼には、「あなたは、背中に太陽電池をつけた歩く広告塔だね」と言っています。これを事例として取り上げた理由は、車椅子の人にとってはバッテリーがまさに足なわけです。だから、町を作るときに充電スタンドを作ってみたらいいのではないでしょうか。例えば、交番につけてしまう。そういう形で身障者の人が動きやすいまちを作っていくのもいいと思います。

 

blue.gif自然エネルギー学校

 市民が自然から学び自分たちの生活に自然を活かしていく学びの場をつくろうと、小川町で この2月から 自然エネルギー学校というのもやっています。150人以上応募がありまして、おことわりしている状態。月1回なのですが、毎回80名前後が集まってわいわいやっています。3月と4月の講習には実際に太陽電池を作りました。これは世界でも初めてだと自負しています。今月のウッディライフにも記事が載っているので見てください。

 作った太陽電池は、実際に農業の現場に使いました。まず、電気木柵です。あいがもを飼育している農家に取り付けまして、わずか10Wのエネルギーですが、これで1反位はやれます。いまちょうど雛を田圃に放す時期なのですが、あいがもを飼うとヒナが草を食べ、うんこをしてくれる。水も掻きまわしてくれるので酸素が供給される。収穫も高まっていいと、飼育している農家では好評です。そして秋には、ごちそうさまと、カモを食べる。

 この他に、鶏舎の明りも6ケ所つけました。鶏舎の明りは最初は農家が作業をするための明りだと思ったんですが、実はそうじゃない。もともと鶏は熱帯産の鳥なので、コンスタントな明りを求めるのです。それが、日本に来ると夏には卵をたくさん産むが冬場は卵をうまないという習性にかわっていった。そこで、だいたい6時まで薄明りがあるのが望ましいとのことで10Wの明りとつけたわけです。非常にきれいで、写真にも撮りました。

 本当に現場に出るとみんな大はしゃぎです。ビールが美味しいですね。

 それと、5月のコースでは化石燃料を使わなくても車が走ると、VDF(バイオディーゼルフュエル)を使う実習を行ないました。墨田区の染谷商店が天麩羅の廃油を燃料にする技術を持っていまして、小川町の有機農家では、トラクターに使用している。後ろで嗅いでいると天麩羅の臭いがするんですね。それから、プレートを取るときに大変かなと思ったのですが、以外にすんなりと陸運局が許可してくれた。それと油だからと、軽油税がかからない。なお、染谷商店では小型プラントして、つまり、どこでも作れる機械を完成させたとのことです。

 それと木炭自動車。蒸焼きの釜なのですが、実際に動きはじめると乗用車にひけを取らない。昔は、坂道になるとパワーが足りなくて押したりしましたが、今はそんなことをしなくてもよいのです。坂では水をかけるとパワーがあがる。どうしてだかわかりますか。釜の中の温度は1千度近くになっている、そこに水をかけて急冷をすると、原発のチャイナシンドロームと同じ現象で水素が出る。これでパワーが出るわけです。

 とにかく、毎回やっていて大変です。自然エネルギー学校は10回コースなのですが、全部で講習参加費として1万5000円しかもらっていない。ボランティアにも程があるなと。

 

blue.gif自然エネルギーは都市ではなく農村が使うべきだ

 さて、太陽電池をはじめとする自然エネルギーは住宅用だとイメージされがちです。先ほど、紹介した環境共生住宅「ルミナス小金井」も住宅です。しかし、私は、自然エネルギーを住宅に取り入れるのは主流ではなく、第一次産業とリンクさせることこそ「本流」であると考えています。

 第一次産業がすたれていったのには、それなりの理由があります。ムラが原発やゴルフ場などのリゾート開発に席巻されたのは、地域に魅力がある産業がなかったからではないでしょうか。農村を活性化させるには、外部資本を呼ばなくても食える地場産業を起こす必要があります。それには、自然エネルギーが大きな力を発揮出来るのではないでしょうか。

 例えば、具体的な事例として水田の水管理があります。お年寄りが棚田をあがり降りして、それぞれの田面を管理するのでは労力的にも限界があります。そこに、自然エネルギーを使う。コンピューターと組み合わせて水管理をしてしまう。個別技術ではそうした技術はかなり完成されています。しかし、それを農の現場でどう組み合わせて使うかのノウハウがこれまで蓄積されてきませんでした。実は、いまもありません。レクスタが東京の国立市から小川町(農村)に移転したのも、現場の農家の声に学びながら、本当に地域が必要とする技術開発に試行錯誤していきたいからなのです。

 

blue.gifインドネシアへの海外協力

 次に話をソーラーネットに移します。ソーラーネットとは、私が4、5年前からやっているNGOです。インドネシアに「モノ」ではなく技術を持っていこうと。始めた理由は、インドネシアで原発が出来るというので現地へ行ったことことがきっかけです。現地でショックを受けたのは小学校の真ん中で工事のボーリングがされていること。インドネシアは軍政下ですから強制移住させられます。すると住民はジャカルタやバンコクへと追い立てられていく。そんなばかなことを止めようと、最初は「モノ」を送っていたのですが、どうもモノを送ってもしょうがない。それだけだとつまらない。彼らにも技術を覚えてもらおう。そして、彼らが全部作ってしまえばいいと。コントローラーとインバーターは彼らが手作り製。太陽電池も手作りです。

 それと、組み立て機械。正確に言うと熱と圧力とでセルをラミネートする、いわゆるパウチッコ(ラミネーター)なのですが、世界に3台しかありません。2台が私の家で、1台がインドネシアにあります。ちょっとした机2台分程度の施設なのですが、京セラなどが持っている機械は数千万円もするのです。これはとても市民の手に届きません。しかし、手作りをすると50万円で作れる。このノウハウを公開してしまう すると小さな村が自分たちの金でひとつ買うことも出来るわけです。

 あとセルの部分は、ハイテクな産物で どうしても手作りでは出来ません。いま商社とかビックビジネスが売っていますが、これを市民やNGOが直接、企業から買いつけて必要なところにわたすところが出来ないか。そういう流通経路が出来ないかと考えているのです。もし、それが出来れば、アフリカでもどこでも、必要だと思った村にセルを送り届けることが出来る。すると、これまで政府とか電力会社とか大きなところではないと作れなかった電気を、村人が手間の空いたときに自分たちで作る。そいういうライフスタイルが可能になってくるわけです。そこに次の文明の形を見てみたいのです。それが自然エネルギーの最大の夢ではないでしょうか。

 

blue.gifインドネシアでは日本の矛盾が見えてくる

 2週間ほどの研修ですが、本当にインドネシアの若者は熱心でつきあっていると、へとへとになります。日本は技術立国といいながら、危ないと思ったのが14から15歳の少年たちの姿です。東南アジアの人は手先が起用です。ものをつくる技術が凄い。日本の子供はパソコンゲームはやるけれども、手先を使わない。

 太陽電池24Wが2枚。これで明りが3つつきます。わずか50Wそこそこですが非常に貴重な電力です。わたしは無尽蔵に電気を出していくことには反対です。火力発電や水力発電をするとどうしても消費が増えていく。ところが太陽電池には限界があります。冷蔵庫はメタンガスで冷やすことが出来ますし、電力としては、とりあえず照明と通信があればいいのでないでしょうか。通信までいれても150Wあれば、コンピューターで全世界とつながります。

 日本では3KW、4KWとエネルギーを使うし、それでなくてもストーブにしてもエアコンにしても不必要なばかりに電気の使用量が増える仕組みになっています。ところが、インドネシアでは本当に少ししかエネルギーを使わない。そして、エネルギーの使用量が少ないからといって彼らは決して貧しくない。非常に豊かな暮らしをしています。本当に必要とされるエネルギーはどれだけなのかを考えさせられます。逆に、どれだけ我々が電気を無駄に使っているかがわかるのです。

 

blue.gif自然エネルギーはアジアの民主化に貢献する

 そして、実は、彼らの本当の目的は太陽電池を設置することではないのです。太陽電池の作り方を学校で教えている。草の根の技術者を作ろうとしている。そして、現地のNGOとつながろうとしています。

 例えば、彼らは少しのエネルギーを何に使うかというと、通信に使う。パソコンネットで情報交換を行うのです。NGOのネットワークと連携のよさは日本とは比べ物になりません。どこか一箇所が貴重な情報をキャッチすると、たちどころにすべてのNGOに流れます。わずかな太陽電池パネル数個でコンピューターが動き、情報が草の根で交流されていく。これはアジアの民主化にはかかせないツールなのではないでしょうか。

 

blue.gifなぜ、いま自然エネルギーなのか

 ではなぜいま自然エネルギーなのか。このことについて話したいと思います。エネルギーは社会の形態を変えます。昔は薪のエネルギーを中心とした村落が中心でした。そして、いまの都会をまかなっているのは化石燃料で、その最たるものが原発です。これらがゆきずまっていることは、いまあえていうまでもないでしょう。

 そこで、自然エネルギーと化石燃料とどこが違うのかを比較してみますと、まず、化石燃料はエネルギー密度が高い。どこでも使うことが出来るますが、エネルギー源が偏在している。また、大規模のスケールメリットを活かさないと効果出ない。集中、すなわち大都市化を前提とする。そこで廃棄物問題も出てくる。こうした構造があると思います。

 一方、自然エネルギーはエネルギー密度が低い。風、太陽光、風力、波力と。地熱はちょっと違うと思いますが、広く浅く、どこでもある。地元のエネルギーです。そして小規模でも可能、いや小規模だからこそ可能という特色を持っている。再生し、手軽に扱えます。

 このような違いがあると、いわずもがなで、これらのエネルギーに基づく社会も変わってくるはずです。

 化石燃料は、大量生産・大量消費の時代にあったエネルギーです。もちろん、大量生産・大量消費がいい時期もあった。200年前までは飢えとか、深刻な事態があったわけで、いまの社会へと変わってきた歴史的な事情はちゃんとある。コストダウンをしていく方式は、ある歴史の中では正しかった。しかし、中央集権的な、そして多国籍企業が小さい会社を統合していくという動きも必然的に南北問題へとつながっていくわけです。

 以前、大手メーカーの社員からこうした話を聞かされました。「原発よりも風車がいいことはわかっている。だが、風車は一基1千万円にしからならない。それでは我が社はやってはいけない」。

 規模の論理がまかりとおれば、自然エネルギーももとの木阿弥になります。大量生産・大量消費のシステムは実は大企業が作ってきたのではないでしょうか。一極集中の都市構造も実は巨大資本が作ったのではないでしょうか。大企業が自然エネルギーに着目しても根本的解決にはなりません。

 これに対して自然エネルギーは、人間ひとりひとりが優先される社会にあったエネルギーといえます。では、その分散型社会を担うのは誰か。それは、村のエネルギー屋さんです。地元の風が読める人。雲が見える人がエネルギーの中心になり、地場の産業を作っていく。これをベースに地方分権が出来ていく。この結果としてムラが都市に依存しないですむシステムが出来ていくのでないでしょうか。例えば、これまでは、部品からノウハウに至るまですべてが中央に依存していました。それを村レベルで取り戻す。村々には電気屋さんもいれば水道屋もいました。そのネットワークを組む。エネルギーを産業資本が作るのではなく、市民とNGOが作ってしまう。政治だけではなく、技術や経済が変えていく。そうしないと持続型社会にはなりません。

 だから、市民に開かれた形でどんどん技術もノウハウもオープンにしていきたい。今年から自分がはじめた自然エネルギー学校もその試みのひとつです。レクスタを作ったとき、小さな組合にこだわるのが、どうしてかおわかりいただけたのではないかと思います。まちや村を自分たちでつくろうとする人と一緒に村のエネルギー屋さんを作りたいなと考えているのです。

 

blue.gifいまの社会状況から見た自然エネルギー

 さて、今は、どの企業も電力会社にたて突けません。しかし、コストがどんどんダウンしていくと将来的には、いまの電気料金と太陽電池で作った料金とが必ずクロスする時代が来る。私はXdayと言っていますが、この時、電力会社のシステムがかわるはずです。

 例えば、いま電気料金は、KWあたり60円弱の値段です。つまり、電気料金の2倍から2.5倍のコストがかかっている。いま3分の1の補助金が出ていますがこれが半分の補助になればクロスしてしまうわけです。しかし、いかにもやっているというポーズだけは作りますが、そこまでは助成しない。太陽電池や風車発電のコストが高いようにしておく。その片方で原発も作る。もし、コストが逆転する形になると自然エネルギーへシフトしていってしまいます。既得権がからみあっている世界の中で、政府としても、そこまでの荒治療は出来ない。

 実際には、かなりの事件がないと、Xday にはたどり着かないのではないでしょうか。

 さて、いま日本は重工長大から情報産業へと変化しています。そうしないと産業界が生き残れない。そこで、東京電力とか家電メーカー、ゼネコンといった従来型の産業と、NTTとか情報、ガス、住宅メーカーのソフト産業とがしのぎを削っている。太陽電池への補助金が出る前に、通産省の忘年会で役人同士が大喧嘩をしたんだそうです。そのときにNTTなど新産業を支援する派は左遷されたんだそうですが、いま戻ってきたという。京セラの稲森さんとか民間だけでなく、つまり官僚内でも力を付けてきている。

 しかし、どちらが勝つにしても、既得権をとったらまた同じ繰返しです。それでいいんだろうか。いま 新聞を見ても地球を守るために太陽電池をという公告がありますね。その裏側には太陽電池を買って、京セラやシャープの売上を伸ばしてくれという動きがある。政府からの補助金も、結局は京セラやシャープの売上を伸ばすことにつながります。ここに公的資金である税金を入れていいのでしょうか。

 だから、市民はどうするの。そこを問題にしたいんです。

 電力会社には電力供給の義務があります。それに対して独占が許されている。しかし、電力会社が本来するべきことを市民がかたがわりをしてしまう。そこに、快適な暮らしを作っていく術があるのではないでしょうか。

 

blue.gif自然エネルギーの最大の意味

 最初に話しましたように、自然エネルギーの最大の利点は自分たちが、身の丈にあった暮らしを作っていく道具になると言うことです。今日、この会場に来る前に足立区内の区民の人から自然エネルギーで街灯を作りたいと電話での相談がありました。これをメーカーで作ると80から100万円かかります。そして、自治体も自然に優しいことをしたよと。しかしそれでいいんでしょうか。

 デザインを市民から募集する。木が選ばれたとします。その木は森林組合と契約して手にいれる。そして自分たちで組み立てるとすると、コストは半分ですみ、あわせて地元にはお金が落ちます。そういうまちづくりは出来ないのでしょうか。

 私の記憶にもあるのですが、昔は父親が薪割りとかしていました。つまり、自分の家のエネルギーを親父がまかなう。だとすれば、自分の家のエネルギーを手作りでまかなって「これはうちの父ちゃんが作ったんだ」と子供にいわれるようになれば、教育的にもいいんだと思うんです。


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