第3回学習会 平成8年9月30日

有機農産物と基準問題

埼玉大学教授 本城 昇


 消費者たちの間では有機農産物への関心が高まる一方だ。都民の意向を反映し、わが東京都でも、生活文化局が去る7月、有機農産物の流通指針を定めた。だが、どのような農産物が有機農産物かという定義は曖昧だし、農水省のガイドラインも消費者からは強い非難を浴びている。一方で、有機農産物の基準・認証制度を法的にも完備させてきた欧米諸国の影響を受け、国際レベルで有機農産物の統一基準を整備する動きも進んでいる。
 埼玉大学経済学部社会環境設計学科で教鞭を取る本城教授は、もと公正取引委員会の課長として、日本に有機農産物ガイドラインが作られるきっかけを作った人物である。変転する国際情勢の中で、日本の有機農産物基準や認証のあり方はどうあればいいのか。東京都庁の流通指針の何が問題となっているのか。お話しを伺った。


blue.gif都会の消費者主導の有機農業

 有機農業をやっている人は真面目な人が多い。他の人と違って非常に精神的に純粋な人が多く、出会う度に鮮烈な印象を受けた。これが私が表示問題と深くかかわった理由である。
 日本の有機農業は消費者主導型である。母親たちが中心となって、合成洗剤や食品添加物の追放に象徴される「いのちを守る運動」が雨後の筍のように多発したのは昭和40年代のことである。こうした、草の根型の消費者運動が、生産現場でも安全な農産物を作ってもらうという運動につながっていった。有機農業も大きく見れば、この流れのなかにある。
 田無市に「安全な食べ物をつくって食べる会」という消費者グループがある。千葉県の三芳村に消費者が足を運び、そこの生産者に「安全なものを食べたいから有機農産物を作ってくれ」と頼み込んだことからスタートした団体などだが、これなどは消費者主導の典型的な例といえよう。
 篤農家的な生産者が自ら無農薬に走るというケースもあるにはあったが、基本的には消費者主導で、生産者側が「これは通常の野菜とは違うから是非買ってくれ」という形ではスタートしていない。
 では、こうした産地・消費者提携の運動がどこが盛んであったかというと東京都と兵庫県である。東京と兵庫は、戦前からも生協運動が盛んであり、この二つの県の果たしている重要な役割のステータスは今も変わっていない。有機農業運動が、東京や兵庫で盛んだ、という事実の背景にある消費者運動としての歴史的意義を、有機農業運動をやっている人も意外と気がついていないし、農政サイドも消費者政策に鈍感である。

blue.gif基準へ反対する消費者たち
 さて、産地・消費者連携の運動を繰り広げている母親たちの間では、食べ物は命を頂くものであり、商品として扱うものではないという考えが強かった。自分たちの食べ方を悔い改めつつ、生産者との有機的な人間関係や信頼関係を重視して、その中で農薬等を減らしていく。こういう立場を取っていた。つまり、栽培技術よりも、顔と顔を見える関係を維持するに力が注がれたため、基準を作ることに対しては批判的であったし、無関心でもあった。
 こうした立場は、ある意味では正しい。
 後述するように、まがいものを排除するために基準づくりを完備してきた欧米にあっても、「基準だけでは有機農業を支えられないのではないか」という疑問が出てきており、顔と顔が見える関係の重視や有機農業を地域で支える運動(Community Supported Agriculture)が見直され、その筋の人々の間では、日本の産消提携運動も「Teikei」として知られるようになってきているからである。

blue.gif表示問題登場
 しかし、提携運動の狭い枠の中ではいざ知らず、社会全体の時代の流れは基準を必要としていた。日本で表示問題が出てくるのは80年代も後半。時期的に見れば、日本有機研究会が結成されて17年が経ち、有機農業が社会的に認知されて生産力も高まり、提携以外にも農産物が流通しはじめつつある頃である。
それは、公正取引委員会が88年に無農薬等の不当表示を摘発し、表示適正化の指導行ったことからスタートした。
 「ワラ一本を入れただけで有機農産物と称し、神田の市場に有機の名前をつけた段ボール箱があふれている。こんないいかげんなことでいいのか」。消費者運動家からのクレームに対して、公正取引委員会が動いたのである。
この時期を転機として、農薬・化学肥料を減らしたりするものを慣行栽培のものと区別して表示する必要があるのではなのでないかと供給サイド(流通業者)を中心に生態系農業連絡協議会が発足した(91年に推進協議会、95年に協会と名称を改称)。
 有機農産物基準に最も早く、今から見ても正統的な基準を定めたのは、岡山県である。転換期間については扱いが緩いがそれ以外は非常に厳しい基準(有機無農薬農産物認証要領)を1989年時点ですでに作成していた。
 しかし、岡山県が基準を作っても、農水省は腰をあげようとはしなかった。農水省がJAS協会に依託し、ガイドラインの検討に動き出すのは1991年ころからであり、2年後の93年にようやく慣行の「有機農差産物等の青果物に係わる特別表示ガイドライン」が制定・施行されるのだが、これも大きな反対運動に遭遇した。
ガイドラインに文句をつけたのは消費者たちである。
「水耕栽培であっても無農薬と表示が出来る。土壌によらない生産方法に無農薬なんておかしい」。「消費者にとっては農薬を使っていないというのが大きな選択ポイントである。有機よりも無農薬の方が表示上のインパクトが強い。無農薬という表示は化学肥料がフリーパスなのに、イメージ的に有機よりもよいと思われがちだ」。
「有機の表示は、有機農業に転換して3年間経たなければ使えないのに、無農薬の表示は栽培の直前まで農薬を撒いていても使えてしまう」。
「減農薬は周辺地域の投入量の半分。地域によって投入量が違うので、同じ5割といって農薬投入量が異なり、選択の目安にならない。加えて、生産者に5割でいいんだという気にさせ、向上心を減退させる。」
 いずれももっともな批判であり、かつ、農水省のガイドラインは表示技術上も問題を含んだものであるといえるであろう。最終的には強引にゴリオシしてしまうのだが、あまりの反対の凄まじさに一時期はガイドラインを通すことも諦ざるを得ないではないかとの空気も出たといわれる。

blue.gif基準の先進国・欧米の流れ
 消費者主導の日本の有機農業に対して、欧米の有機農業は歴史も古く、生産者主導である。また、マーケットオリエンティド。市場志向型である。それだけに欧米では表示基準が問題となったのはずいぶん前のことである。欧米でも70年代にまがいものの有機農産物が数多く出回ったため、この対策が頭の痛い問題だった。
 しかし、欧米では日本のようにトップダウンでガイドラインが作られるということはなく、政府の対応は、慎重すぎるほど重かった。有機農産物の基準を設定するにはこみいった生産方法の基準が必要となるからである。
例えば、ジュースを考えてみよう。ジュースであれば「果汁100%のもの以外はだめである」と実に簡単に定義づけられる。だが、有機農産物の定義は難しい。JASなどの加工食品は一定の基準を作れば、検査は楽なのだが、こうした工業的生産過程の製品ではないため、品質をチェックすることも容易ではない。
 そこで、政府が取った手法は、いきなり州政府が基準を作るのではなく、有機農業の生産者団体が作った基準を追認する形で、基準を定めるというものである。アメリカのカリフォルニア州が、まずそれをやった。1979年のことである。これを皮切りに次々と公的基準が作られ、現在では30州程で法制化がなされている。連邦レベルの法律は、30各州の基準に乗っかる形で作られているのである(93年に施行されることになっていたが、まだされていない)。
 EUの事情も似ている。EUでは、有機農産物の域内流通を盛んにするため、91年6月に理事会規則を制定しており、この理事会規則に従い各国が国内法を整備している。しかし、EUにおいても前提となっているのは、各国ごとの認証団体の基準である。ドイツであればビオラントやデメターといった民間団体の上に政府が基準を定めているのである。
 いずれにしても、トップダウンで作ったことでないのが重要であり、これはどの国でも共通して言えることではないだろうか。
 ただ、米国や欧州が基準を作成したことが、FA0/WH0食品企画計画(コーデックス)に影響を与え、いま国際レベルでも統一基準を整備しようという動きが出てきた。このフレームの中で日本政府も法的拘束力のある規制対応を迫られている。このような国際的な動向も関係して、1995年5月からガイドラインの見直しのための検討委員会が開催されているのである。

blue.gif日本の現況とガイドラインの問題点
 いま日本でもガイドライン見直しの作業が進められていると述べた。日本は遅れているだけに、やる以上は、欧米諸国と整合性のある制度を作らざるを得ないという客観的な状況下にある。
 そこで、日本の置かれた現況をもう一度ふりかえって見てみよう。日本の有機農業運動は、提携運動の形で進んできたが、だんだん先細りになっており、ゆきずまっている。理由はいくつかある。まず、「らでぃっしゅぼうや」のような専門流通業者が拡大し、消費者グループに加わらなくても有機農産物が手に入るようになったため、運動を支えてきた消費者団体への若い母親が入ってこないのである。忙しいため昼の時間に家にいないし、繁雑な人間関係も煩わしい。運動に対してもアレルギーがあって敬遠する。つまり、生産者サイドでは、生産力があがっているのに、提携では捌けない。これをどう処理するか。そこに専門業者が出てくる余地があるのである。 ただ、専門業者が出てきたと行っても、宅配にも限度がある。消費者と接点を設けるにも限界があるし、はける量もしれている。宅配の販売量も伸び悩んでいる。提携もだめ、宅配もいまひとつという中で、巨大商社などが基準認証とともに動こうとしている。これが現況である。

 さて、これまで述べてきたたように「減」とか「無」という表現は、それ自身が問題だし、かつ「有機」と並列した基準となっているため「有機」がいっそうわかりにくくなっている。むしろ有機だけにして、「有機」の意味を消費者と流通業者に徹底して認識をさせた方がよい。
 しかし、農水省はこうした考えを持っていない。農水は現在の三つの区分をどうしても維持したい。そして、今後は、有機の部分についてはJAS法によって法的拘束力を持たせ、国際的に整合性を保たせ、一方で、「減」や「無」を法的拘束力のないガイドラインとして残存させる。かつ、表示の方法を簡素化させる。これが農水が考えている方向であろう。
 このような農水省の動きに対して、消費者団体からの反発には相当に強いものがある。
 こうした中で、今年7月に東京都生活文化局が策定した「有機農産物等の流通指針」がある。農水省の問題あるガイドラインをそのまま踏襲して、かつ三段階に色分け表示することで、より一層問題を曖昧化させてしまっている。まさに農水省のおさきぼうを担いだような形である。
 東京都は自治体として、全国への影響力が凄まじく大きく、巨大である。どうして岡山県のような有機だけの基準が作れなかったのであろうか。残念でならない。
また、有機の部分にも問題が残る。まず、「堆肥等による土づくりを行った」という簡単な定義に止まっており、積極的な定義の部分がない点である。輪作の必要性や飼肥料の出来る限りの地域内自給等で定義を充実しなければ、環境に配慮しない安易な有機農業が出来てしまう。有機農業ビジネスが起こって本来の有機農業が競争力を失ってしまう。本来の目指すべき有機農業の定義や認証がなければ、有機農業を支えることにもつながらないだろう。

 

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