平成9年度第2回学習会 平成9年10月1日
市の中にはりっぱな公園がいくつも整備されている。花壇と噴水と芝生があって、散策路を歩けば一通り緑も目に入る。だが、それだけで十分なのだろうか。市民が都市に求めている「緑」とは、西洋風の公園でもなく、着飾った日本庭園でもなく、昔はどこにでもあった農村の原光景なのではないだろうか。茅葺きの農家と稲穂が垂れる水田。丘の上には雑木林と畑があって、四季折々の移り変わりを見せてくれる。そんな、農的要素を活かした公園なのではないだろうか。
横浜市戸塚区には昔の谷戸田の光景そのものを復元したそんなユニークな都市公園がある。しかも、田起こしから田植え、収穫まで、年間を通じて水田を維持管理しているのは、農的風景を都市に残したいと願った市民たちの団体なのである。今回は、前回に引続き、市民団体「舞岡公園を育む会」の岡野富茂子さんをお招きし、ユニークな都市公園づくりについて話をうかがった。
人口24万人を越す横浜市戸塚区。その戸塚駅から2キロ程度の所に「舞岡公園」はあります。細かい谷が入り組んでいるため、かろうじて都市開発の波から免れて自然が残ったのです。しかし、最近は斜面にもマンションが立ち、どんどん緑がなくなっています。 地下鉄舞岡駅を下りたところは、すぐ横浜市の農業専用地区になっていて、「舞岡ふるさと村」も整備されています。こうしたわりあい農村的風景の中を歩いて公園に至るのです。
公園面積は30ヘクタールありますが、人間が入らない保護区域、一般区域、田園広域の三つの区域に分けられ、このうち谷間の部分3.4ヘクタールの田園体験区域の維持管理を市から委託を受けて、市民団体「舞岡公園を育む会」がやっているのです。
「舞岡公園を育む会」とは
「舞岡公園を育む会」は、1993年の6月に発足し、いま5年目を迎えます。 会員は447名で、毎年増えています。会員の種類としては、年間を通じて実際に作業に参加する普通会員、作業には出ないが会誌を購読する、あるいはたまに公園を訪れたいという通信会員、資金的にも援助したい賛助会員からなっていて、あと特例的に子供会員も見ています。会費は、通信の郵送料が1500円ほどかかるのですが、汗する人は500円おまけということで普通会員は、会費が1000円。通信会員が2000円、賛助会員が1万円です。現在、普通会員が388、通信会員55、賛助会員3名となっていて、家族参加者や学校・幼稚園等の参加者を人数に換算すると1500人位の会員がいることになります。
会の運営方法ですが、会は、会員と指導員、企画委員会、代表委員会から組織されます。まず、普通会員は20〜30人でグループを編成し、1年間担当する田圃を決めます。それぞれの田圃には、ボランティアで会員をリードする市民スタッフ、指導員が2〜3名がはりついて、作業の指導や会員の声を月2回開かれる指導員会議に反映させる仕組みなっています。指導員は、現在25名おり、報償費がつくボランティアです。実際の育む会の運営は、この指導員が担っているといえましょう。
さて、指導員会議での意見は、指導員の代表からなる「企画委員会」で決定されます。予算案を承認したり、快速を定めたりするのは「代表委員会」で、事務局は横浜市の緑生局となっています。また、総会はないため、会員の生の声を反映させるように「育む会を育む集い」を年1回行なっています。
会の活動
では、具体的にどのような活動を行っているのかをスライドで見てもらいましょう。
いま、見て頂いた通り、四季折々わりと賑やかな活動をしているのです。平日は学校や仕事がありますが、休日はなにかしかやっている。 先ほど言ったように指導員には報償費がつきますし、農具を買う経費とかは市からの委託量でまかなっています。
昨年から自然観察会も委託業務になりましたが、藁を作ったり、またたなばたかざりやお月見など四季折々の行事などは育む会が自主的に行なっているものであり、これは報償費の対象とはなりません。こういう作業をやる上で大切なのは、学んだり楽しみながら自然を保存していくことです。
舞岡公園はどのようにして誕生したのか
さて、農作業を実体験でき、市民自らが運営していく公園。こういう何もかも新しい試みのノウハウは一朝一夕に出来たものではありません。会が出来るまで10年に及ぶ実験的取組みがあったのです。
その経過ですが、舞岡公園は、戸塚駅の傍を流れる柏尾川の支流の源流にあたります。柏尾川は相当汚染されていましたが、あるときボラが遡上しました。そこで1983年に、ひとりの青年。いまはいいおじさんになっていますが(笑)、十文字修氏がたった一人で川の再生運動をはじめたのです。かわら版を作って、ゴミ拾いをするなど仲間を増やしていったのです。川の再生には、まず、源流から取り組まなければならないと7つあった源流のひとつひとつを踏査してゆきました。ゴルフ場、団地、ゴミ捨て場。しかし、舞岡川の源流だけが自然がもの凄く残り、休耕田になっていたのです。 その素晴らしい自然を残したい。この谷戸地域が20年前に横浜市が公園予定地としていたことから、活動がスタートしました。
当初は市も谷戸を埋めたててスポーツ公園にするなど構想を持っていましたが、是非、その地域に伝わっていた農村的風景を残す、農体験が出来る公園にしてほしいという願いも込めて、舞岡谷戸展示会を戸塚駅前でやりました。これで運動への参加者も増え、市民が自然と親しみ、農作業を体験できる公園にするための要望書を横浜市に出しました。その中には市民としても援農をはじめ市民側でも管理側への協力を惜しまない覚悟を盛り込みました。 また、川掃除や休耕田の農作業等の実践活動を労を惜しまず積極的に行ったこともあって、市の信頼を得て行きました。加えて、フジフィルムの公益信託、グリーンファンドからも資金援助が得られることになり、横浜市から「実験的に予定地でやってみたらどうか」という許可が承認され、活動をはじめたのが1984年のことでした。「舞岡水と緑の会」の発足です。
設立当初は、毎週地元に理解を求める活動をしていました。一般市民にわからないつらい仕事は全部ひきうけ、収穫祭などは楽しんでもらう。そういう活動をしていたのです。葦原の休耕田も汗と泥まみれになって手作業で復元しました。 会が出来て5年ほどして、かなり知名度もでて、まわりの評価も「うさんくさい奴」から、「ようやっている」とかわり、地元の農家や農業を知らない新住民の関心も引きつけるようになっていきました。私がこの会を知ることになったのもそのころです。お母さんたちのサークルで子供の遊び場を考えるサークル活動をして、遊び場から田圃に行きついた(笑)。最初は全くの異次元空間に入り込んだショックがありましたが、やってみると奥が深い。考えさせられるものがあり、親が農業を知っておくことが大事だと思い「ちょっと自然に触れるだけでなく年間通して参加したい」と頼んだところ、会からも誘われ、参加することになったのです。幼稚園の父母会からの参加はいまでも会の中で後を立たず、田圃作業をするのは楽しい活動になっています。このように子育てサークル、幼稚園、大学ゼミなど仲間はどんどん広がり、現場での実践活動に並行して、フォーラムの開催、本の出版、映画の作成などの普及・啓発活動に努力しました。こうした市民ぐるみの活動をしながら、横浜市に対して運営方法や活動プランなどかなり細かい提案を、組織、運営を提唱していったのです。 かくして「舞岡公園を育む会」が誕生しました。なお、「水と緑の会」は、公園づくりからは離れ、舞岡や柏尾川隆起の環境やまちづくりをテーマに取り組んでいます。
舞岡公園憲章
「舞岡公園を育む会」が発足し、1年目の最初の収穫祭で、会は「舞岡公園憲章」を提案し、千人の市民とともに満場一致で承認してもらいました。
指導員の育成と専従スタッフの必要性
さて、これまで十年は市民活動をしてきても、無報酬でした。モノを積み上げていくときには苦しくてもやりがいがあります。しかし、すでに出来たものを発展的に維持していくことは大変であり、同じ人がやれなくなったときに、それを引き継ぐ人材がいないと活性化しません。きちんとしたシステムがないと継続してやれないのです。そこで、指導員には、報償費がつくことにしました。また、1年「谷戸学校」を開催し、指導員養成の場とすることにしました。 また、その指導員をコーディネートしたり、体験希望者を配置したり、準備をする人がどうしても必要です。横浜市では会計と施設管理に2名の職員をおいていますが、会の活動や会員との交流もなく、限界があります。そこで市民の側からの専任の常駐スタッフ、コーディネータートが必要だと思い提案しているのですが、市側はどうしてもだめだと言うことで、私ともう一人がそういう活動をしている状態です。私は、週2、3回はいかないこともありますが、もう一人はほとんど毎日行っている状態です。
都市生活者が自分の生活のあり方を見直すきっかけに
さて、これまで見てきて、農的風景の中で育った体験を持つ定年間近の人達、子供たちや小学生かそれより下の幼稚園児とその家族ずれ、すがすがしい休日を過ごしたいサラリーマン。だいたいこの三つのタイプに分類出来るような気がします。 自分でも口でだけ自然保護とか環境保護とか言っていて、冷房のついた部屋の中でコーラという生活をしてしまいそうになりますが、舞岡公園があると、暮らしそのものを少し我慢した方がいいかなとか、暮らし方を変えていくきっかけになります。また、農業に対する理解が深まるのです。私もはじめて体験してみて、本当に植物が太陽と水と土で育つことに不思議な感じを覚えました。お米が何千倍も取れることが、すごし不思議なのです。ハイテクとかブラックボックスでわかりにくいものが増えているだけに、単純で出来るのが実に新鮮です。 また、お天気の関心も「空梅雨だと洗濯物が乾いていいね」というのから、「冷夏だと米の収穫がどうなるのだろうか」と気持ちの上でもかわってきました。
地球規模での環境保護が叫ばれて久しくなりますが、このように生活からにじみ出てくる体験がないといくら農業保護とか環境保護とか口で言っても改善出来ないのじゃないか。自分たちの地域の自然を守り育てるという実践は都市生活者が自分の生活のあり方を見直す機会にもなり、是非若い世代や子供たちに体験してもらいたいと思うのです。
農業教育にも役立つ会の活動
公園のすぐ南側にある「舞岡南小学校」では、5年生の社会科の授業の一環として体験学習に取り組んでいますし、道徳(協力して仕事をすること)、国語(農業体験の感想文)、算数(田圃の面積を求めよう、米の量を計算しよう)、図工(かかしつくり、お正月飾りづくり)などの授業にも活かしています。 自然との関わりを大切にしている金井幼稚園では、水の冷たさとか、土の感触を子供たちに体験させており、園長先生も「谷戸の田圃が人間が人間になるための大切な場所になっている」と述べています。 短絡的には言えませんが、殺伐した世の中だけに、こういう場に置くことが心を安定させるのではないでしょうか。今日も、新宿とかきてストレスを感じますし、PTA等でストレスを感じます。「自然がいいなあ」というほどの時間的ゆとりはないのですが、それでも毎日舞岡の風景に身を置くことで随分と癒されている気がします。風景が残っているだけでも素晴らしいのです。
また、農業技術を継承していくことの難しさも感じます。自分は携わって十年たちますが、いまだにわからないのです。逆に、何十年も農業から離れてしまっているのに小さい時にいやいやであってもやっていた体験を持つ人の方が長年のブランクを乗り越えて、わかってしまったりする。つまり、大人になってから本や言葉でやってもなかなか身につかない。生活にしみついていることが大切なのです。そういう意味でも、子供の時から農作業にもっともっと携わる必要性を感じます。いまだったら50代、60代の人達がいるので十分に運営できますが、そういう人達の力でやるのでなく、全然わからない若い人をメンバーになるべく入れようとしているのも、そういうことなのです。
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