平成6年

グリーンツーリズムと地域づくりへの市民参加

バーミンガム大ジャパンセンター所長 小山善彦


blue.gifグリーンツーリズムとは、もうひとつのライフスタイルである
 英国においても以前はマスツーリズムが盛んであった。しかし最近では、量的にも質的に異なった「グリーンツーリズム」が求められてきている。ちなみに英国では、近代主義と違った何か別の価値観に「グリーン」という言葉をつけて称している。グリーンツーリズムは単に緑の旅とか自然の旅というだけでなく、いうならばもう一つのライフスタイルといったニュアンスになるだろう。

blue.gif都市住民の意識の変化がグリーンな旅を欲している
 忙しく観光地をまわるだけでは疲れるだけだし、人が多ければリラックスできない。このような「別の旅」が求められはじめたのは、なにより訪れる旅行者が、まずそのことに気がついたからである。加えて、都市住民たちの間での次のような社会情勢や意識の変化がある。

  1. 長い連続休暇を取ったあと、これとは別に数日程度の短い休暇を楽しむなどホリデーのパターンが多様化した。例えば、リゾート地で一週間を過ごし、残りの三日間は近くの農村を訪れるといった多様な選択が可能となった
  2. 個性化・個人主義化が進むことにより、ホリデーが成熟化した。おおぜいで同じ観光地におしかける旅から、少数のグループの中で人間関係を深めながら、自分たちが気に入ったマイナーな場所を探し求めるようになった
  3. 高齢化が進み、健康への関心も高まっている。刺激的な観光地よりも、自然の中でリラックスできる農村が好まれている
  4. このまま近代的な社会が進むことへの不安感から、新しいものではなく過去への関心が強まっている。都市の人工的偽物でなく、農村の本物が志向されている
  5. 教育水準があがると、野外レクリエーションを求める傾向がある。これは、開発側にはつきたくないという意識のあらわれである。日本とは異なり英国人の間では、直接的に自然保護運動にはかかわらなくても、グリーンでシンプルな暮らし方をおくることにより、間接的に環境保護に寄与したいという気分が強い

blue.gif地域崩壊を憂える農村側がグリーンな訪問客を求めている
 このような都市側の新たなホリデー候補地として、農村が着目された。しかし、グリーンツーリズムは都市側の一方的なニーズだけで始まったのではない。農村側にも受け入れる素地が十分にあった。それは例えば、次のような理由である。

  1. 英国においても農業の先行きは見えない。雇用が確保できずに過疎化が進むことで、バスがなくなり、学校がなくなる。公共サービスの地盤沈下とともに、地域全体が崩壊するのではという不安感がある。レジャー客が増加することでもともと住んでいた地元の人々がマイノリティになってしまうのは問題だが、地域に人を呼びこむことで最低限の公共サービスが維持できるのではないか、という期待が農村側にある。
  2. 第二は、農業経営が多角化するなかで、農地が余ってきていることである。ある研究によれば、これから二十年の間に全農地の四分の一が不必要になるという。不用になった農地を森林に戻したり、景観保全地として活用するといった農村側のアトラクションが求められている。
  3. 第三は、これらと関係することだが、伝統的景観を維持管理する人が減少することによって、農村景観全般が悪化してきていることである。農村地域の伝統的景観が喪失することで、芸術活動を含めた英国人の精神文化が弱体化することをなによりも、英国を愛する英国民が憂えている。また、戦後に急速に発展したマリンリゾートやスキー観光で海岸線や山岳が開発され、このまま開発が進むとリゾート地の自然が駄目になるのではないかという危機感も無視できない。

blue.gifグリーンツーリズムは、都市と交流する中で農村を活性化させる戦略である
 「何か受け入れて何とか地域を良くしたい」という農村側のニーズを、前述した都市側の要望とリンクさせる。これが、グリーンツーリズムの政策提言である。
要するに、グリーンツーリズムは「もうひとつの旅」であるとともに、単なる旅でに留まることなく、それを通じて、地域の問題を解決し、地域社会の活性化を図ることをもターゲットに入れている。このような多目的な観点から、グリーンツーリズムを展開するには、戦略が必要である。

  1. 第一は、いかに人を呼び来させるかの方法である。都市的なレジャー施設を作るだけでは短絡的でだめだし、だからといって水田や畑があるだけでも魅力がない。新しいものを入れず、埋もれているものを発掘して、地域の魅力を高めるアトラクションがいる。いい環境があればこそ、人は来る。地域文化を維持し、古い納屋を再利用するなど歴史的建造物の保全が求められる。加えてこのような、ホリデーには女性の出番が多い。心のこもった手作り料理など、旅人を心底満足させるサービス提供に女性の活躍が期待されている
  2. 第二は、地域にとって大切なものをいかに守るかである。良好な環境を求めて、都市近郊の農村には、都市からの入植者が増加している。こうした「新田舎人」を巻き込んで、コミュニティ意識を醸成し、地域イメージの改善を図る必要がある。自分のところに人が来れば、そこにすむ人にも自信が生まれる
  3. 外部から大規模な資本が入って地域に利益が落ちないのであれば、何もならない。第三の課題は、いかにして地元に利益が残るようにするかである。とかく英国の農家は大規模な麦作農家で企業家精神が不足している。ホリデー産業には消費者ニーズをキャッチする企業的発想が必要である
    このように、グリーンツーリズムは、どちらかというとハード的な環境整備よりは、地域のグランドデザインといったソフト面の色彩が強い。地域のプロジェクトを行う上で、立ちあげに専門のオルガナイザーを雇って加わえている。自治体や企業は、自らは関与せず、こうした専門家のスポンサーになることで、間接的に支援している。

blue.gif日本にとってもいずれこの潮流は避けえない
 日本のリゾートは、地域の農業と無関係である。ゴルフ場やスキー場などの都市的リゾート施設では、訪問客は都市とは違う体験を出来ないし、なにより環境も破壊し、地元に利益をもたらさないという点で、失敗である。しかし、日本でも機が熟しつつある。例えば、教育水準の高まりと、マスから個人への関心の移行である。第二に、阪神大震災や地下鉄サリン事件をはじめとする都市への不安と失望、第三は、本当の豊かさへの追求である。過去のもの、それも比較的「近過去」への関心も高まっている。
世界的な環境問題へ対応と、持続的なライフスタイルへの転換が進む中で、日本だけが別の道を進むとは思えない。今後は、レジャー時間の増大とともに、ホリデーの成熟化も進むであろう。しかし、いくらニーズが高まったとしても、英国的な足元からの地域づくりが日本ですぐ可能となるとは限らない。行政主導の伝統が強い日本のことだ。転換するには、まだ十年はかかるのではないか。ただ、出来ないからといって取りかからなければ、いつまでたっても始まらない。まず、はじめてみようではないか。
【参考】
平成6年度に東京都農業会議が区市町村職員を対象に行った「ふるさと東京むらづくり塾講演会」の内容をまとめました。


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