京都府庁及び京都府農業会議との対談 平成9年3月26日
守るべきものは農業か農地か。都市農業にはつねにこの問題がつきまとう。この問いかけに対して「護るべきは農地である」と、明確に断言するのは、京都府農業会議の農政課長の平尾幸一氏である。また、氏はこうも言う。「農地を守っていくこと。すなわち農地保全を前面に出すと、農業施策だけでは対応できないし、人口を増やそうとする都市計画のフレームと『ガッチャンコ』してしまう。必然的に農林部局を越えて庁内を説得するだけの根拠が必要であり、農業サイドとしてもまちづくりの視点を持たざるをえない」。かくも斬新にして大胆な見解を淡々と口にする平尾氏とは一体どのような人物なのか。その生の声を直に聞きたく、京都くんだりまで足を伸ばした。まずは、京都のお話しです。
京都府はなぜ都市農業に関心を示すのか
京都には、特定市が七市ある。京都・向日・長岡市・宇治・城陽・八幡・亀岡の各市である。これら特定市内の市街化区域内の農地は1,895haであり、うち1,063haが生産緑地の指定を受けている。比率から言えば東京の大体三分の一程度の規模と行ってよい。
これら特定市が持つ全農地のうちで市街化農地が占める割合はさほど高くない。京都市や長岡京市においては44%前後と比較的高いものの特定市平均では23%にすぎない。加えて、京都府全体でみれば、特定市すべての農地面積や農家数をあわせても二割強を占めるにすぎない。全体の数値だけから俯瞰すると京都府全体における都市農業のウェイトは一見小さいように見える。
しかし、農政上重要な指標となる「担い手農家」や農業生産額に視線を移すと様相はいささか異なってくる。例えば、いわゆる中核農家の割合は41%であり、農業粗生産額は33%を占める。野菜は府全体の52%、花卉は50%が特定市内で生産されている。反あたりの粗生産額について見ても府平均が20万円にすぎないのに比べ、特定市平均は32万円と俄然高く、中でも京都市では45万円と群を抜いている。京都・向日・長岡市の三市は高度成長期にスプロール化が進み、バブルがはじけた今、とりあえずは開発テンポが落ち、人口が横ばい状態となっている開発先発地域である。同じ特定市であっても、宇治・城陽・八幡・亀岡の各市は違う。開発が遅れて始まったため、現在もなお人口の増加が続いており、野菜・花卉などのウェイトが低く、コメの比重が依然として高いなど、その農業構造は若干異なっている。
しかし、いずれにせよ、特定市内の農家の半分は調整区域内とあわせて市街化区域内にも農地を持ち、市街化農地においてより集約的な農業生産を行っている。
こうしたことから、27,000haもの広大な農振農用地を後背地に持つ京都においても府の農政上「都市農業」に関心を持たざるをえないことがよくわかるのである。
農業会議への調査を委託
京都府において都市農業が重要であることはわかった。しかし、そうであるからといってこれまで都市農業に対して十分な施策が取られてきたかというとそうではない。京都市が単独で支援策を実施してきた程度であり、それ以外の市の施策は乏しく、府としても都市農業圏に対する施策はほとんど打ってこなかった。都市農業行政では、大阪府や神奈川県などに一歩遅れていた。
そのこともあり、京都府は平成5年から6年にかけて農業会議に調査を委託するのである。まず、5年度に府下の都市農家に対する詳細な意向調査を行い、6年度にこの調査を基礎にした聞き取り調査を実施し、これをふまえて都市農業振興のための施策案として提示させたのである。
府の委託を受けた農業会議が、調査分析にあたって抱いていた問題意識は次のようなものだった。
生産緑地の保全は農家に委ねられている
分析結果について、順番に述べてゆきたい。まずは生産緑地の指定結果である。生産緑地の指定により、農業振興面では保全すべき農地が従来の半分に減少し、かつ小規模点在化した。このため生産緑地の保全が難しくなり、農家の営農継続も一層困難となった。都市計画面でも問題が生じている。都市計画上の裏づけがないまま土地市場に農地が放出されたため、都市のスプロール化を一層促進させてしまっている。こうした事態を放置していては農政上からも都市計画行政上からも、それぞれがめざすべき秩序ある農業・都市計画が図れない。これが、生産緑地についての平尾氏の評価である。
そして、生産緑地を『計画性の乏しい転用“半”自由農地』であると定義した上で、生産緑地が保全されるかどうかは、次の三つの因子に委ねられていると考える。
生産緑地を処分するかどうか。さらにまたどの場所の農地を処分するかは農家の意志に委ねられている。そのことから、この三つの要因のうち最も重要な規定要因は一番目の「農家の意志」であると分析する。
このような判断の基に平尾氏は、特定市内の農家5,934戸を対象に次のようなアンケート調査をやってみた。
農業後継者があり農業収入が十分に高い農家であっても、相当程度の農家が農業継続の縮小や廃止を考えていることがわかったのである。少しよく考えてみれば、この理由は簡単である。子供への財産分与・不動産経営のためのストックといった個別の「イエ」の事情のために、どの農家も処分を余儀なくされる農地を持っているからである。
(表1)あとつぎの農業専従程度別の買取請求の意向
「家族のうちで農業をやっている人がなくなったり、病気になったり、高齢になったときに買取り請求をだすかどうか」。これについても問いたところ、後継者がいようが、農業収入が高かろうが、それらと無関係に3割程度の農家が生産緑地の買取申請を出したいと考えている事実も判明した。
(表2)農業収入依存度別の買取請求の意向
京都は、東京とは異なり都市農家の半数が調整区域に農地を持っている。処分しなければならない農地が発生した場合に、保存されるのは調整区域の農地であって、市街化区域の農地ではない。いくら農家を守っても、生産緑地の保全にはつながらない。このことが、「護るべきは農地である」と平尾氏が明言する前提ともなっている。
既存農政の農地保全力の限界
東京の市街化区域内農地とは条件が違う。だが平尾の投げかけるものは大きい。従来の農政のフレームからすれば、農業後継者を確保し農業収入を高めさえすれば、「必然的に農地も保全されるはず」であった。それを裏づける理論的根拠はさしてはないのだが、「されるに相違ない」というひとりよがりの憶測で突き進んできた。このため、農業振興施策だけが突出して金科玉条のものとされ、もう一つの柱たるべき「農地保全策」はないがしろにされてきた。軽視はされないものの重点的な施策が講じられてきたとはいえなかった。いわば、片肺飛行状態できたのである。
確かに農業振興施策は重要である。それは否定しない。生産緑地を保全するためには、農家の営農を支援する施策は決して無駄ではないし、有効的に機能する面もある。しかし、こと「農地保全」という観点に焦点をしぼって見れば、農業振興策が持つ農地保全力には限界があり、かつ不十分なことがわかったのである。これからの都市農業政策を考える上で、われわれはどうすべきなのか。京都の平尾氏の理論展開にもう少しつきあってみたい。
地域の状況に応じた施策展開
まず、最も重要となる因子である農家の営農継続意思である。これについてみれば、6割の農家しか営農継続を希望していないことがわかっている。後の4割は規模縮小や農業廃止を希望している。このような農家が所有する「農地」への手だてが必要である。
第二に、6割の営農を希望する農家であっても、農家の性格は多様であり、相続に密接に関わる「イエ」の事情により保全農地と転用農地とを一体的に所有している。かつ、これらが属地レベルで混在している。この混在状態への手当ても必要であろう。要するに、メインには家の事情を踏まえた農地保全施策(膨大な相続税の前に具体的に何が可能なのか平尾氏は明記していない)が必要であり、これとあわせて、モザイク農地を整序化する土地利用調整が必要となってくる。
加えて、平尾氏が強調するのは、「施策展開にあたっては対象とする農家や地域の状況を踏まえないとすれちがいを引き起こす」ということである。
農地保全の意向・農業への意欲度・開発の圧力という三つの因子で地域分類を行ったことがその根拠ともなっている。次の表を見ていただきたい。
例えば、Aというエリア。ここは、農地保全も営農意欲もともに強い地域である。開発の先発地域から開発先発地域の縁辺にあたる地域であり、京都野菜に代表される商品作目が定着し、農業後継者も比較的多い。農地の多くは市街化区域内だけにあることから、農地の保全意向も高い。土作りや地場流通の促進など従来一般の農業振興施策が打てる地域である。
B地域は、農業意欲は高いが、農地保全の面で弱い地域である。この地域は開発縁辺にあたり、農家の多くは調整区域内にも農地を持っているため、どうしても市街化農地を捨てる傾向がある。このため、A地域と同様の振興策に加えて、調整区域を視野に入れた施策が求められる地域である。
C地域は、営農意欲は低いが、農地保全意向が強い自給農業とコメが中心の地帯である。農業後継者は少ないが、給与所得がある安定兼業農家地帯であると同時に、京都の伝統的景観を残している地域でもある。A地域やB地域の農家とのネットワーク化を進めると同時に、このような地域に対しては、「もっと環境施策を打たなあかん」と平尾氏はいう。
D地域は、開発後発地域に多い。担い手が乏しく、不動産経営も多いため農地保全意向も低い。スプロールをいかに防ぐかが求められるエリアである。市民農園や農業公園などによるきめ細かな農地保全施策を実施すべきであり、従来の農業振興策は通用しない。
このように、見ることにより、かなり状況が整理されるのでないか。
農地の集団化は可能である
次の因子である農地の団地性についてはどうか。平尾氏の調査では、農地を集団として団地化するには、どの程度の規模が適切であるかはについては明らかにできていない。しかし、定量的な分析が遅れているとはいえ、農地の小規模・点在化を解消した方がよいことはいわずもがなである。
開発が農地に与える影響は、開発の先発地域ほど大きく、小規模分散化した農地ほど受けやすいし、開発がまだ比較的小さく規模が大きい集団農地がまとまったエリアでは受けにくい。このことから農地保全のためには、農地の・団地化・集団化をめざさなければならないと結論ずける。
理論的には正にそのとおりであって、反駁する言葉がない。だが、いくら理論的に正しくても現実というしがらみの中ではやれることとやれないこととがある。ほんとうに農地の集団化が行いえるのか。くどいようだが、平尾氏を問い詰めてみた。
「できる。モデル的にいくつかやれば、弾は出てくる。そう踏んでいる」。平尾氏は自信を持ってそう答えた。
アンケート調査の事例がある。
京都府では、区画整理事業が京都市を中心に実施された地域がいくつかはあるものの、周辺各市ではほとんど実施されていない。地区によって多少の差があるものの農家の間には「出来ればやりたい」という声が3割程度存在する。減歩率の問題があるにしても、平場では反あたり120万円もあれば、ほ場整備による集中換地がやれてしまう。
交換分合についても積極的ではないものの「やりたい」という声が15〜20%の農家から聞かれる。東京のような畑作地域と異なる水田地帯のためであろう。農地の集団化についての京都における見通しは比較的明るかった。
他部局への波紋の広がり
さて、農業会議が取りまとめたこの報告書。単なる名論高説として棚あげされているのか。それとも理想主義的な部分をそぎおとしつつも、お蔵入りすることなく具体的な行政施策案として府政の中で活用され始めているのか。もし、されているとすればどの程度の位置づけで置かれているのか。そこだけは、今回の出張で是非とも確認したい点であった。農地保全条例の制定まで提言している報告書のことだ。ぶしつけな質問と思われつつも追求した。
「活用されてはじめている」。平尾氏にかわって答えてくれたのは農政課の企画調査係のM技師である。
発端はこうである。M技師は、農政全般をみわたす立場にいる以上、他部局との折衝も多い。特に、過疎化が進む中山間地域に新規参入する林業作業員の住まいを建築する件で、住宅部局との交渉をしたところ、先方から「農住組合を活用した街づくりがやれないか」という投げかけがあったという。土木部局からすれば、秩序ある開発を推進したい。そのためには農家との調整も必要だが、農家の意識構造がどうなっているのかわからない。どう農家と対応したら望ましい開発が行えるのか、農林サイドに知恵を求めてきたのである。
M技師はやり手だった。一介の技師でありながら農林部局を代表する立場としてこれに食いつき、土地政策課・都市計画課・住宅課・建築指導課・耕地課・農村振興課・専門技術員・出先の地方振興局と関係するセクションことごとくを召集し、連絡調整会議をしかけた。その中で、農業会議の平尾氏を招聘し、具体的なデーターに基づく例の都市農業施策の講義を願ったのである。
もとより、土木部局と農政部局とは利害が対立し仲がよくない。日常の風とおしも決してよくはない。それだけに、農林水産部が農地を守り、防災や文化にも取り組むという姿勢を打ち出したことは「意外なことである」という波紋を庁内の各部局になげかけた。無理もない。いままでは、農林水産部は生産振興施策一点張りであったのである。
府知事が提唱する安心で安全な地域づくりともフィットしている。「国土庁が持つソフト事業の経費を使おうではないか」。土地政策課からは好意的な反応があったし、土木部局の反応も高かった。「区画整理だけではとうてい良好な街づくりはできない。場所によっては土地改良事業でもかまわないのではないか」。
あえて、新規事業を起こさなくても、上手にやれば部局のスキマを埋められるのではないか。そういう声も出てきている。個人的意見としてであれば、都市計画からも人口を増やすというフレームそのものを見直すべき時が来ているという見解も出たりしたとのことである。
京の食と文化を基盤に
そこで、最後に平尾氏に再度登場いただく。防災や景観保全といった農のある街づくりと並んで氏が都市に農業を残す理論的根拠としてあげるもう一つの柱は京の料理・食文化との連携である。
料理についてもコンビニエンスストアーの蔓延で部分的にはすたれてきてはいるが、長年の伝統はそうたやすくは変わりはしない。施策が提言する食との連携とは、箸・漆器・陶芸などをあわせた新しい食文化を創造し、企業の文化の発信基地ともなり、地元の情報をネットさせていく文化センターを産み出すことである。「食の文化センター」といっても都庁的なハコ物を想定してもらっては困る。もっと地道な実践を念頭においている。
すでに民間ベースで行われつつある事例として、京の有名な地酒醸造元のキシン酒造に案内してもらった。
御所から南にわずかに下った一等地の空き家になっていた京の町屋を改造し、伝統的な酒作り古道具や蔵を見学しつつ、酒の試飲が出来る、一種の「酒造博物館」として公開している。
ここで京野菜の朝市が週一回ベースでモデル的に行われているのである。ゆくゆくは、ここの町屋を京の地酒や京野菜を語るサロンを開きたい。キシン酒造の旦那さんは穏やかにその夢を語った。
格子窓から差し込む春の陽射しがやさしい。黒光りする梁や軒は歴史の重みを感じさせる。バブルとは正反対の世界である。本当の豊かさとはこのようなものであり、そこにこそ真のブランド化がある。美の経済学を追求したイギリスの経済学者、ラスキンのことを思い浮かべたりした。
【参考文献】
(1)京都府農業会議『「都市農業施策に関する農家の意向調査」の結果』(1994)
(2)京都府農業会議『京都における都市農業振興の方向と方策〜農のあるまちづくりをすすめる自治体の施策』(1995)
(3)平尾幸一「京都における都市農業の振興方向」
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