横浜南農協の一括販売戦略 平成9年11月18日
『農業専用地区といえども担い手の高齢化や後継者不足が進行している。特に自給的農家や兼業的農家で優良農地を維持・管理する労働力が不足し、農地外転用の要因となっている。現在、これを防ぐシステムは農用地利用増進法による利用権設定か転用規制制度しかないが、高額課税の下で十分に機能していない。』
8年前の1991年に出版された「計画的都市農業への挑戦」という書物の中で、横浜市農政課の江成卓史さんによって書かれた文章の要約である。 東京の都市農業の最大の問題点は、市街化区域内にあって、土地政策上きわめて不安定なことである。長期営農継続制度、生産緑地、緑の基本計画と様々な土地制度のしがらみの中であえぐ東京農業にとっては、横浜市の「農業専用地区制度」は、まさに、羨望の的、高嶺の花である。だが、その横浜にあってもすら、こういう文章がある。
横浜南農協の矢沢営農生産課長もいう。「舞岡地区に赴任して残念に思ったことは、せっかく、農業専用地区になっていながら、農業で生計を立てている農家が2割しかおらず、残りは土地持ち非農家だったことです」。
農家の構造分解は、農村部であれ、都市部であれ、全国的に進んでいる。より高い開発圧にさらされる都市農業は崩壊をしかねないのではないか。そんな想いが脳裏をよぎるこのごろ、素晴らしい話を聞いた。どうやら、横浜は農協が中心となった地域の再構築という新たな解決策を見いだしたようなのである。
今回は、東京都農業会議が招聘した研修会における横浜市南農協での取組み事例を紹介したい。
やはり、横浜農政は、日本の都市農業政策の先陣を切っているのである。とかく、都庁にいると日本の中心はオレタチだという意識が強すぎるように見受けられる。謙虚に頭を下げて、学べる部分は見習わなければならない。
平成9年11月18日
200万円が5年間で4億円に
南農協では、農業センサスとは別に「営農実態調査」をしているのだが、4500人の正組合員のうち、農地を持っているのが2200人。うち、販売をしているのが930人である。また、作付面積を調べてみると、一番多いのがじゃがいもである。農協では種芋だけで100トンは提供している。2200戸の農家の半数以上が自家用を含めてのじゃがいもを作っている。しかし、自家用野菜は、だいたい食べ切れないで残ってしまうものである。だから、じゃがいもを中心に余ってしまう野菜を農協に集めてみよう。こうした発想からスタートさせた。
平成4年の5月から販売をはじめるべく、2200人に呼びかけたのだが、20名足らずしか反響がなかった。泉地区の農家を中心に20人程が、10トンほどのじゃがいもを出してくれた。それだけであった。最初はそんなものである。そこで、「ネギや里芋などもお願いします」と呼びかけ、220万円ほどの売り上げがあった。
平成5年では、いつでも、どこでも、誰もが参加出来るように、品目制限もなくした。ありがたいことに、一括販売を後押ししてくれる農家が参加し、共選共販を行っていた中核農家も応援部隊として加わったことにより、配送に4トン車を出すだけのメリットが出てきた。平成5年度の売り上げは、4年度の20倍以上の7000万円。 以下、販売額は伸び続け、平成6年には2億円、平成8年には4億円、今年はおそらく5億円を越す。
一括販売に取り組んだ思想的背景
さて、成功したからいいものの、平成4年時点では誰も賛同しないし、トップもその意義を疑問視していたこのようなシステムづくりに取り組んだのだろうか。 経済性だけを優先させれば、農地・農業などにこだわるよりも、水田や畑を開発し不動産所得をあげた方がはるかにいい。なぜ、あえて火中の栗を拾うような冒険を行ったのだろうか。その裏には、実は都市農業の構造変化がある。 南農協管内でも、農家の高齢化は進み、農地が減り、人が減り、技術が失われていた。集落機能が低下している。このままでいいのだろうか。不安が高まった。そこで、平成元年度に東京農大の先生を招き、一定の方向づけを行なった。それを現実化するために平成3年に、地域農業を振興するスタッフとして営農課の中にセクションが作られ、作成したのが「シナリオ93」である。このシナリオに基づき農協の変革がはじまった。
まず、大切なことは地域農業を活性化させることである。農業はなによりも、地域に密着した農業でなければならない。それが、失った農地や労力分をカバーする。すなわち、誰に向かっての農業か」を「地域に向かっての農業」と明確化させたのである。
第二には、誰にも出来る農業を中心に置いたことである。地域を構築していく核としての後継者は必要である。しかし、現実には担い手の大半が60歳を越す。そこで、60歳以上、それもおばあさんたちを担い手としてきちんと位置づけることとした。 20代、30代は温室団地など施設化を推進し、儲かる農業を目指してもいい。しかし、60代以上の農家では、果菜類を作るよりも手のかからないじゃがいもを作った方がいい。後継者不足を嘆くのは止めよう。ライフステージに応じて農業のやり方をわけてもいい。かっこよく言えば、個性を尊重する農業を推進した。
第三には、地域ぐるみで取り組むということである。宅地化が進むと農家は点在化し、集落機能が低下する。基本的に農業は、種蒔から収穫まで自己完結している。それが出来ない農家は戦線から離脱していく。誰もが出来る農業にするためには、「自己完結する農業」という思想を捨てなければならない。完結出来ない部分を地域で補う。すなわち、「自己完結農業」から「集落完結農業」への発想転換をしたのである。 同じ横浜でも「寺家(じけ)」はハイソなイメージがあるが、舞岡はどろどろしている。ふるさと村で10月にさつまいも祭りをやると6000人はお客が来る。そこに提供する堀取り用の畑は、働き手がない農家の農地なのである。若手後継者に頼んで、トラクターの耕起とビニール張りまでをしてもらう。堀取り園は、1反40万円の収入があがるから、耕作の請負料として20万円を出したとしても20万円の金が残る。
要するに、そんな三つの方針を出した。 先ほど、農地を持っているのが2200人。うち、販売をしているのが930人であると述べた。出荷農家でいうと450戸で、1戸あたりの販売額は100万円程度である。横浜南農協の共販部分は、5億円あるがその内実は、ばらばらである。500から600万円以上売る農家もあれば、5万円とタバコ銭程度の農家もいる。昔は比較的均一だった農業がどんどん分化し、いま氷山のような形になっている。かろうじてごく一部の農家だけが、水面上に出ているが、その下には零細農家が浮上出来ずにあえいでいる。なんとか全体的に沈下した農業を再度浮上させたい。一括販売は、こうした発想から生まれた一つの到達点なのである。こうしなければ都市農業は守れない。
売るための工夫
ところが、一番大変なのは売ることである。ジャガイモで言うと、共販では最低でも3L、2L、1L、M、S、2S、B位の水準がある。トマトも多きさの7段階に加えてA、B、Cの品質の3ランクを掛け合わせれば20位に仕分けしなければならない。400戸を越す農家から荷が集まると大変である。そこで、カバーするためにこれを簡単にした。規格選別を緩くし、袋の中に入れたのである。スーパー側にしてみれば、産地表示から袋詰めまでやってもらえるのであるから嬉しい。しかし、受け入れてもらうためには、スーパー側にこれを理解してもらわなければならない。農協の担当4名が市場からスーパー、生協をまわっては、「主旨を理解して欲しい」と営業して歩いた。売るためには市場まかせにしていては駄目なのであって、やはり営業が必要なのである。箱にも袋にも品物の名称をつけず、汎用性を持たせた。日量4トン車6台分の荷物が出るとすれば、スーパー出荷は別として、それぞれに大根やキャベツなどの名称などつけてはいられない。箱は「ハマッ子」という横浜南農協のブランド名だけ。その中に、里芋なら大きいのやら小さいのやらセットになって袋に入っている。こういう新たな流通方法を考えたのである。
スーパーのブランドから地域ブランドへ
「ではそれで品質は大丈夫なのだろうか」。そんなことをいうと心配してくれる人もいる。しかし、品質は結構いいのである。そこで、スーパーも地元も高く評価し、売れている。 我々がいま一番力を入れているのは市場外の地場流通である。昨年から直接販売をはじめた。市場を入れずに直接店に出していくこと。農協が集まった荷をスーパーに直接、配送するのである。農業でデリバリー出来る範囲も定めた。つまり、同じイトーヨーカドーであっても、農協から直接荷が届く店舗もあれば、市場経由で仕入れている店舗もあることになる。 実は、愛知県の農協直売所や埼玉の花園農協など関東近圏の直売所へは視察へ出かけた。しかし、横浜の現実を考えたときに、高い地価の中で、あれほど大規模な直売所を作る必要があるのだろうか。それよりも、スーパーと提携して、そこを自分たちの直売所にすればいい。こういう戦略が出てきた。 イトーヨーカドーは最初「ハマっ子」をプライベートブランドとして、外に出ることを警戒していた。自分の店のものとしてだけしておきたかったのである。 ところが、いまは違う。消費者の方が特定の店にしか置いていないことに文句を言い出した。つまり、スーパーのブランド品ではなく、地域のブランドになってきたわけである。どの店にもなくてはならない商品になってきたのである。今年の販売結果では、50%は産直によるものである。あと3年内にはこれを80%まで持ってゆきたい。
めざすべきは地域商圏の確立
我々はどこへ向かっていくのか。向かおうとしているのか。最後にまとめよう。 平成6年に作った袋は、トマトだけで200万ケ、全部では800万ケ近い袋が出ている。店舗での直売ネットは、今、沿線の点。さらには内陸のコープを面でつなぎつつある。さらには、個人が行っている直売所が300近くはある。これらの直売所をネットワークで結ぶ。すると、八百屋へはまだ行ってはいないが、ハマっ子農産物が地域に道あふれたとき、自分たちで商圏を確立することができる。地場農産物が地域を席巻した時、初めて、農家が自分たちで値段を自由に決められる。つまり、自分たちの主張が出来る農業が確立出来き、何かが変わるのではないか。つまり、ある特定のスーパーや業界と結びついて目先の利益をあげたり、美味しいところだけを食べるのではなく、地域の人との共生する地域農業の枠組みを完成させること。これが、われわれの目指す戦略である。
神奈川県では都市の農業を守ろう」とか「農業が息づくまちづくり」という表現をよく使う。舞岡ではそれをよくテーマにすらする。しかし、よく考えてみると、これは正しい表現ではない。農業は都市の従属物ではない。都市が肥大化すればするほど、都市は荒廃するのである。それを救ってやるのが農業ではないか。「農業に息づくまちづくり」「都市を農業で守ろう」という表現こそが正しい。 一番面白くないと感じる言葉は、「環境保全型農業」である。農業が果たす役割を正しく表現すると「農業型環境保全」。つまり、農業によって地域環境を保全するという表現の方が正しいのである。農業にはもっともっと偉大な力があるのではないだろうか。こういう表現が出されること自体、まだまだ農業のパワーが熟成されていないということなのだと思う。
不安だった一括販売への切り替え
体験上の話をしたい。私は、平成3年から理事をしており、現在3期目である。戦後生まれの理事などなかなかいないのではないか。農協の青壮年部時代に神奈川県の委員長をしていた折、東京都の委員長とも交流したことがある。
さて、先ほど矢沢課長から説明があったように、一括販売のとっかかりは、じゃがいもである。指導部会から提案があり、それも農協職員自ら作っている農家へ取りにいくという。きちっと選別してもなかなか売れない時代に、本当に売れるのか。トップの間でも不安の声があった。
共選販売では利益が出ない
さて、私の経営だが、1.5haの露地とハウスで、主力はガラス温室700坪でのトマト栽培である。20代のバリバリの若手と仲間5人で桃太郎を藤沢、横浜の市場へ共販体制で出荷している。トマトでは、価格をあげるには選果選別しかないと、AやBの規格はあたり前で、実は農協管内でも競争をしている状態であった。しかし、いくら選別しても、B級品となれば2割安である。こんなことをしていたら農家収入は伸びないと悩んでいた矢先、平成5年の3月に、矢沢課長が訪れ、トマトの共選から一括販売への乗り換えを依頼して来たのである。
確かに、桃太郎は、棚持ちはよく、甘い。しかし、消費者には棚持ちのよさは関係ないのである。夜中に苦労して届けたトマトが市場の中に置きっぱなしにされている。価格をつりあげるために、ひどいときはバイヤーが10日間もおきっぱなしにする。そんな状況も見るにつけ、虚しさを感じたりもした。 そこで、仲間を集め、袋詰めのトマトに切り替える相談を持ちかけた。 毎年夜10時すぎまで会合を持ったが、ついに「やってみよう」ということになった。後はいかにトラブルなく、市場から手を引くかである。市場とも長いつきあいがあっただけに、すげには出来ない。折しも、市場からちょっとしたクレームが来た。これ幸いである。5月の12日。トマトの最盛期に乗り換えた。品種もハウス踊り子やサンロードである。サンロードは、収量がある上に実際にこくがあって美味しい。直売用では、客に受ける。
規格選別もL、M、Sの三段階に簡素化された。 最初は、袋にまでわざわざ詰めるのは大変なのではないかと考えたのだが、やってみると選別するよりもはるかに楽である。 こうしたこともあって、農業専用地域内の30代の40代のばりばりの専業農家が一括販売へ切り替えはじめた。
組合員の農協への信頼が高まる
つい先ほど、南農協は総合3ケ年計画を立て、農協に対する意見を集める支部集会が開かれたのだが、各支部から出てきたのは「一括販売をやってよかった」「10年前は農協は貯金と共済しかなかったのが、よくこんなことをはじめたものだ」「やっと農協らしくなった」という喜びの声である。 「目指せ20億円」という数字は、大農協から見れば小さい数字かも知れない。しかし、組合員の間では「ハマッ子」を売るという気概が確実に出て来ているのである。 農家だけではない。つい先頃、業者が搬送用の4トン車を更新したのだが、「ハマッ子」の文字をブランド名として車体に入れた。「ブランド名が定着してきたから是非つけさせて欲しい」と先方から依頼してきたのである。農協の車にすら、まだネーミングが入っていないというのにだ。
味にこだわることが評価につながる
「市場を通さず、直接量販店と提携したい。それも7割に持っていきたい」。これが、我々生産者の希望である。 面白いもので、トマトが売れれば、きゅうりが売れていく。逆にトマトが悪いと「ハマッ子もたいしたことがないなと言われてしまう」。だから糖度を落とさないように潅水を控える等、美味しいトマトづくりを励んでいる。「味だけはいいものを作る」生き残る道は味しかない。
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