平成10年3月24日
いままでなかった時代が来る
みなが、肌で感じていることだが、いまの日本はこれまでの日本の歴史ではなかった一大転換期にある。革新系の議員は使っても保守系の議員は口にしなかった「革命」とか「変革」とかの言葉を、保守の代議士までが公然という激動の時代である。では、どういう状況になってきたのか。
政・経・財が動かしてきたシステムの崩壊
実は、日本の戦後の開発と高度成長の仕組みが根本から問われているのが今という時代である。それまでは、自民党中心の政治と大蔵官僚、財界の三者が世の中の仕組みを定め、アメリカにおうかがいをたてた上で決めてきた。それが外から見るとよく見えなかった。ロッキッドー事件で田中角栄元首相がブタ箱入りしたとき、日本の政治家は三流だと避難された。しかし、たとえ政治が三流であっても、官僚と財界が一流だから国が保たれる。そう当時の官僚と財界は豪語したものだ。だが、今はどうか。厚生省の事務次官や大蔵のキャリアまでもがブタ箱に入る時代になった。財界も心臓部である金融と証券が駄目になった。政・官・財の鉄のトライアングルが三流であることがバブルが弾けて見えてきた。戦後50年続いてきた戦後の仕組みが、壊れてきているのである。
人のためにならない政治
消費税を5%にあげるわ、医療費の負担をゼロにするわ、不況やといって、財界に30兆円の公的資金を入れるわ、政治が国民のためになっていない。それでいて企業も苦しい。一番、深刻や。どこの企業も前が見えん。立命館大学で学生に教えとるが、えらいこっちゃと。山一内定していたのに倒産してしもうたと。いまや農業以外の産業が苦しい。
国と自治体の財政破綻
目が奪われる美術館を建てればいいと、これまで戦後50年間、目に見える建設ばかりしてきた。○○先生が橋を作ってくれたと。その結果、日本の財政赤字は520兆円、自治体が200兆円の借金。ハコ物行政ばかりしてきたからや。経営をしていく観点がなくて、町長さんが自分の任期の代にはと、建物を立ててきたからや。長野のオリンピックも盛大に終わったけれど、長野県と長野市は財政破綻で万歳するはずや。一人うん百万円の借金が残る。誰があの広大な施設を使おうとするんや。ムラや町を作るのに人が見えない。これからは、もう市町村財政が破綻して行く。
一流志向・都会志向の崩壊国と自治体の財政破綻
戦後の村は何をしてきたのだろうか。「農業を振興せなあかん」。口では言ってきたものの、腹の中ではいかに息子をいい会社、いい企業、いい官庁に入れるか。息子だけは農業から足を洗わせて東大の法学部に入れなあかん。そのためには、どこぞの高校にはいらなあかん。そのためには、どこどこ中学に、どこどこ小学校に、かよわせなあかん。どこぞの幼稚園に入れなあかん。それが出世やと考えてきた。娘だけは農家にはやらんと。それが昭和30年代からの日本の価値観やった。
けど、いまや厚生省、大蔵省がミソクソや。封建時代でも殿さんや代官所が袖の下をもらうというのはあったけど、こんなスケールの大きい汚職はない。こんな歴史はいままでない。東京は、どないにえげつない町か。京都にはノーパン・シャブシャブのような店はない。東大出て農水省にいったら人様の前に言えないようなことせなあかんと。
変わった国民の価値観
非常に面白いのは今年3月11日の朝日新聞。日本の国民意識がここ1年2年でどう変わったかが出ている。1985年までは国民の6割が金さえあればいいと考えてきた。それが今年の1月では4割に減った。また、金では買えないモノがあると考える人が35%から6割に増えた。国民の価値観が大きく変換している。バブルの時代は、行政から企業まですべてのトップがいかに儲けるかを考えていた。それが、ようやく国民の意識が変わりかけている。
都会が豊かであったのは、金さえあればモノが手に入るからだった。だが、いまや都会では手に入らない本物の価値がどこにあるかが問われてきている。金にあかして巨大なビルを建てることが豊かなのではなく、人間が心豊かに生きることが本当の豊かさだと思われてきた。東京や新宿や銀座では買えないもの。それが尊いことに気がつきはじめた。金で買えないモノとは何か。農業、林業、水産業。環境だ、文化やないか。
続く不況と危険な開発再燃
この不況期はますます長く続く。トンネルの出口はおそらくない。そうするとどうなるか。成長神話、土地神話。地価があがることを前提に暮らしを考えてきた発想が崩壊してしまう。 じゃあどうするか。克服の道は二つしかない。
一つは、戦争。もうひとつは、インフレ。日銀が輪転機をガーと回す。1千万円の借金が100万円の価値になってしまう。そして、もう一つが開発。塩漬になっている土地に陽の目を見させようと、開発政策がセットされる。それ以外には手がないが、これらは禁じ手である。その三つのことをやらしたらあかん。自由化と規制緩和は破綻すると思う。出鱈目をしたものは全部ブタ箱。あたり前のルールを徹底することがされていないのは、世界でも日本だけである。だとすれば、経済成長の右型あがりはない。豊かさの価値観を変える以外にはない。
2国民主権の共生の道へ
では、なぜ地域づくりなのか。いま村づくりなのか。なんで塾なんや。なぜ、考えなければあかんのか。政・官・財が三流であることがわかった以上、そのためには、われわれ地域にすむものが一流になるしかない。国民が上手いシャブシャブを食べて公務員や財界が裸にする。情報公開にする。そういう時代が21世紀である。自営業者が主人公になる社会をどう作るか。そのために何をするかが問われている。
個性が大切にされる時代
暮らしであれ、地域であれ足元を固めよ。身の丈にあった個性をどう大切にするかということだ。 女性のファッションで言えば、ヨーロッパで買ったグッチの鞄を下げていれば豊かだと思っていたのが、ブランドものではなく、どれだけオリジナルな個性があるかが問われるようになった。一番贅沢なのは自分の作った洋服を来ていることだ。
実は、京都にも東京と同じく瑞穂町というのがあるのだが、そこの塾が毎年、「ワイワイフォーラム」というのをやっている。みんなで地域をどうするかを発言しようという会である。去年は塾が主催で農家の箪笥に眠っている花嫁衣装を持ち出してきて、野良着やら、服やドレスを作った。それを100人の、それこそ赤ん坊から年寄りまでが着てファッションショーをやった。
塾が主催したショーを見た、「いちだひろみ」が「これこそが日本の文化だ」と絶賛した。彼女は世界の民族衣装を集めており、毎年冬はアフリカにいくという。彼女の言によれば、日本人はファッションを間違えている。ヨーロッパや東京から来るものがファッションだと思っている。実はそうではなく、本当のファッションは暮らしの中にある。これからのファッションは瑞穂から出しましょうと。 いま大切なのは東京の銀座からではなく、地域に住むひとりひとりが自分の個性を発揮するファッションを作ること。それで勝負をする時代がきたんや。
何が自慢か。自分が自分で出来るものを持てるかどうか。私が育った村はこんなすごい村や一度来てみい。そう大蔵官僚に胸を晴れる息子を作れるかどうかが問われている。地域に無いものを作り出す。そういう努力をするかどうか。自分の住む町が人からもよそからみて住んでみたいと、うらやまれる。子供に対しても孫に対しても、自分が育った町がうらやましがられる地域となること。そういう街や村を作れるのが、これからの豊かさのバロメーターではないか。
いきなり天下国家ではなく、とりあえず自分の住む町を、せめて息子と孫が誇りに思ってすめるようにするにはどうしたらいいかを考えなければならない時代になってきた。
人まかせから自分で考える時代へ
いままでは全部人まかせ。お上まかせにしてきた。町長にまかせたらええ。知事にまかせたらええと、自分が豊かになることをやってきた。それが世界で希な経済破綻を招いた。子供が先生の命を奪う社会などは発展途上国以下である。町長や議会にまかせるのではなくて、自分が豊かになるにはムラ全体が豊かにならなあかん。みんなわかってきた。
これまではいかに自分がどう食うか。人のことはどうでもいい時代であった。しかしこれからの時代は、そうではない。 自分だけのことでなく、地域のことを考え知恵を出さなあかん時代や。 つるつる温泉(日の出町に新しく出来た温泉)にも行ってきたが、ずうっと道に看板が立っている。もっと美しくせなあかん。自分だけがよければと、赤や青色の看板を立てていったら日の出町の景観はどうなる。そこに住んでいる一人一人が、自分ではやっちゃいかんというルールを作らなければあかん。農地は規制されている。だが、山ならどうやってもええのか。そうではない。自分が住むところくらいは、自分たちでルールを作る時代になった。
都市からムラへ人が戻ってくる時代へ
いまや都市こそが人間がすむ場ではなくなった。本当に人間が人間らしく、生きれる場、嘘を言わないものを相手に出来る仕事。つまり、農業の時代であり、農村の時代や。これからは相当帰村者と入村者が増えるであろう。昭和30年代から40年代にかけて飯を喰えずに出て行った若者が、ボロボロになって帰って来る時代。大蔵、通産、日銀に勤めたが、いやになって帰ってくる時代。それがこれからではないか。それだけではなくて、都会で疲れ果てた人が自然を求めて引っ越してくる。それがこれからの時代ではないか。そういう意味で大きな節目に来ているのではないか。青梅市はちょっと都会化しているから無理かも知れないが、21世紀には西多摩の時代になると思うのは、そういうわけだ。
3新しい時代に向けてなすべきこと
ソフトにどれだけのエネルギーを注げるか
地域づくりは見える建設と見えない建設を統一することや。人づくりが基本にないと、りっぱな建物があってもだめだ。例として、地域資源活用教室がある。都会の偉い建築家が設計した。都会の若いギャルの体格にあわせて作るから、調理場があわへん。おばあさんは台を作ってもらってその上で料理せなあかん。そうではなく、もし、こういう物を使いたいといって作っておいたら、もう自分のものや。それが、知らんまに町長や役所が作るからあかん。何を加工していいかわからへん。見える建設の前に見えない建設をせなあかん。建物だけ作るんやら町の職員は半分でええ。建築士と土建屋があればいい。それなのになぜ職員が必要なのか。どう運営するか、利用する人と知恵を出しあうために自治体の職員がいるんや。いかに情報をオープンにするか。つまりいま問われているのは公共事業の額ではなく、ソフトの額とそこにどれだけエネルギーを注ぐかである。見えない建設をどうするかが最大の課題だ。そこに取り組んでいる自治体とそうではない自治体とでは天と地の差が出る。
本当の地方分権とは
条文としてはあるが、日本には民主主義と地方自治はない。補助金もらうになんべん東京都庁にかよわなあかんのか。何か仕事をしようと思ったらミソクソに言われて。 補助金行政がその典型だ。国は都道府県を信用せず、都道府県は市町村を信用せず、市町村は住民を信用していない。だから要綱でしばる。日本には地方自治はない。獏藩体制よりも酷いやないか。西多摩には西多摩のまちづくりがある。都心の区と同じにやられたらかなわん。これを補償するのが地方自治である。
いま大切なのは形式民主主義ではなく、実質民主主義。 行政では、なんでもかんでも、なんとか協議会を作らせる。「意義なし」いうだけで同じ。意義なし協議会。これでは何にも実態がない。どこもここも同じ。そういうことをもう繰り返してはあかん。それが本当の地方分権の中身である。 そりゃ、県に聞けば、町から申請がありましたから認可しましたという。けど、うそや。補助金余ったら困るから、かぶしているだけやないか。つまり、責任逃れ。東京都、市町村、国それぞれがリスクを負うし責任を負う。それが本当の地方分権や。
人が動く場としての「塾」
村を動かして行く農家の組織を作らないと動かない。もっとちいさな集落のレベルでもそうや。昔は何でもかんでも折り合いで決めた。いまはそうではない。そこに新しい知恵を出し合う組織が必要になってきているのや。それが新しい塾や。
行政は縦割である。それは仕方がない。問題は、その行政の縦割り行政を住民の中にそのまま持ち込んでいることだ。そこにこそ問題がある。縦割りをカバーするのが、横割である。だったら、暮らしと地域という視点で縦割りを総合する、地域を横割にする協議会を作ろう。 例えば、だいたい人口1万から3万で40人位の職員は集まる。補助金の推進協議会を作るというならやめときなはれ。本物の21世紀の町を作ろうと思ったら農林課だけでなく、財政、教育委員会も、また、担当課長ではなく、町の将来を考えるのであればそれぞれのセクションの担当から入れる。その時に整理をするのが町長やと。京都で自分が作ってきた塾は横割である。
「塾」はふるさと再生運動だ
塾は地域レベルからふるさとを再発見する運動でもある。地域にあることを地域から掘り起こす。例えば、京都の京北町にある「ふるさと京北鉾杉塾」は、「さんさと」「ふるさと」「ふれあい」の三つの部会からなっている。
「さんさと」とは、農の里、木の里、渓流の里と、農地、山林、河川と三つの地域から里の活性化を考える部会だ。
「ふるさと」部会は、森の寺子屋塾をやっている。休みの土曜日に子供たちにムラの歴史や産業を教えることをやっとる。苔盆栽を小学校でやったり、山がどんなに美しいか学ぶ。どうも学校よりも寺子屋塾を子供たちは楽しみにしておる。子供寺子屋の方が勉強になるらしいと、教育委員会も塾が共催して寺子屋塾を作っておる。
「ふれあい部会」は都市と農村の交流や。世の中が国際化すればするほど、地域化する。目で見える地元の産物に興味と関心がいく。
国民の最大の不安は、生命と健康と安全である。これからの消費者は自分の目で勝負したい。国際化で勝負したダイエーが破綻して、店毎に地元のものを強いれるように方向転換したのもそのため。いまや、どんな山村にいっても、直売所はすごい人気や。少量多品目で地方流通、手を加えて加工して、あそこいったら上手いもの喰えるというものを作ればいい。平成の楽市楽座をやろうやないか。
また、5つある旧村には3つ塾がある。そして13ある集落で集落毎に21世紀のビジョンを描いて、ちゃんと絵がかけたところからやると町長が公言した。したら、12も村づくり計画が出てきた。どないするねんと町長はんから言われた。だから、答えた。一挙にはやらんでエエ。一番熟したところから順番に100年計画でやればええと。
4上杉鷹山の改革に学ぶ
新しい創造的な人間が、新しい暮らしをつくる。それが新しい村を作って行く。農村がもう一度元気を取り戻すためには、どうするか。新しい村づくりをやる上で、いま我々が学ばなければならないのは200年前の上杉鷹山である。
NHKの犯した最大の罪は、大河ドラマで高度成長型の人ばかり扱ってきたことだ。昔から上杉鷹山を題材に大河ドラマやれと、NHKにもいってきた。20年前にそれをやっておれば、これほどひどいバブルは起こらんかった。いま日本に必要なのは鷹山である。
鷹山公の火種組が現代の塾活動
鷹山は3万石の高鍋藩の生まれで、上杉藩へ養子に行った。上杉藩は、幕府から15万石の石高に減俸されていたのに120万石の上杉影勝の時と同じ生活をしてきたから、財政は火の車。税をいくら取ろうにも収奪しきれなくなった。 7歳で養子として江戸藩邸に入った鷹山は、家老から藩を幕府へ返上するしかないと聞く。それほど酷い状態だった。鷹山は、窓際におかれた幹部5人を呼び、2年間かかって米沢の藩の経済と暮らし改革案をまとめさせる。その改革案を持って17歳で初めてお国入をする。それまでは藩主のお国入というと150人以上の供を連れて、藩民全部が藩境の道路にたって迎えるのだが、一人も迎えに来るなと。
その鷹山が峠で愕然とする。ひどいもんやと。改革案を携えて燃えて入府した鷹山は失望のどん底で、足を進める気力がなくなった。その時、峠の茶店の、タバコ盆に火種が残っていた。これやと。彼は炭をおこして火種を起こす。
事をやりあげるためには心をひとつにする仲間をどれだけ作るかである。いま日本に必要なのは火種組である。燃える人が町の中にもなければやりあげんのや。私は20年間、火種組の話をする。鷹山、鷹山と言ってきた。 じゃあ、鷹山がやったことを基本コンセプトにするとどうなるか。次の4つである。
まちづくりも村おこしも人づくりから
要するに、その基本は、人づくりだということ。その火種組の90年盤が、塾である。そう思っている。構造改善事業の補助金をもらって作るのではない。多様な人、みんなが考える。それが塾である。 こういうことを地域からやりあげれば21世紀はかわる。見えない建設を役場の中でも集落の中でもやり合う。そういうことをやる時代になったのではないか。
最後に日の出町が早急に取り組まなければならないことが二つあると言っておく。 一つは、景観条例を作って荒らさないようにする。ガードして荒されない最低のシステムを作る。根拠をもたなあかん。これからは人が田舎へ帰ってくる。けど、まちづくりを考えると人が増えるのは良いことではない。温泉が出来たり交流人口が増えてきているが、全くお客様。空き缶だけになる。
第二には、来る人を呼ぶこと。日の出町と交流したい、日の出で自分の時間を費やしたいという人だけを呼ぶこと。京都の美山町は、住みたい村の第一候補になっているのだが、神戸や大阪に茅葺きの里と交流する会という200人の組織が作られている。ゴミは持って変えるルールを作り、それをしない観光客を叱る。われわれ、こういうことをしてるんやがいっしょにせいへんかと。そういう人がどれだけ来るか。全体の層の何割あるかがキーだと思う。で、その核づくりをどうするか。一つはその町の出身者である。例えば、うちの町の名誉大使にする。そのかわりにうちの町の産品を町で売ってくれと。そういう組織を作っている。こよなく日の出町を愛したい組織を東京の中に作る。これが「火種組」である。 だいたい、心の安らぎに来る。人間の再生に来る町づくり。そんなことは行政ではやれない。住民主体で考えるからこそ、いろんな知恵が出てくる。それが21世紀や。
(平成10年3月24日東京都農業会議「ふるさと東京むらづくり塾」主催・地域づくり講演会・於日の出町より)
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