都市農業研究 都市の農地をどうまもるか
高まる都市農地への期待
近年、都市の緑地空間が貧困化したことから、開発一辺倒の都市へのあり方を反省し、農業が持つ多面的機能が再評価されつつある。都市住民の間でも、農地を保全したい意向が増えている。都市の中に積極的に自然生態系を取込み、エコタウンとした都市環境をよくすべきだという意見すらある。食料生産よりも農地が持つ多面的機能に重きを置いて、生産緑地を計画的に整備することによって農地の多面的機能を積極的に高めようというのである。
忘れてはならない本来の食料生産機能
農業が持つ多面的機能を評価することは大切なことである。しかしながら農業本来の機能は、食料生産にあるのであって、これは軽んじるべきではない。それどころか、輸入農産物の増加から、野菜についても安全な国産ものを求める声が高まっている。阪神大震災により、物流が回復するまで生鮮野菜の地域内供給力が重要であることもわかった。地域での食料生産の重要性は、今後ますます重要になってくるといえるだろう。
農地の雑木林への転換を
とはいえ都市の中で自然を求める声が高まり、農業が持つ多面的機能への期待があることも事実である。しかし、実のところは、多面的機能といっても農業生産が営まれることにより、固有に発揮される機能というのは少ない。強いてあげるとしても、農的景観・教育・福祉機能程度のものである。オープンスペースだけを確保するのであれば、農地より公園・緑地を確保・創設した方が有益であり、生態系を保全するのであれば、林や湿地の方がより効果を期待できる。むしろ土埃が舞い、農薬を散布する農地は不要であることになりかねない。要するに、多面的機能に依拠して農業の必要性を主張するのは、巡り巡って自らの存在を否定することになる。
また多面的機能を重視すると、粗放的農業でも許されるのではないかと甘えが生じ、きちんとした農業を行わない農家に免罪符を与えるという否定的側面もある。
ところで、農地の保全という観点から見ると、「農家を守ること=農地の保全」というこれまでの政策のフレームの前提は崩れつつある。政策の最大の力点は、農地総量の確保に置くべきである。具体的に言えば、残すべき農地は、買い上げてでも残すことをしないと農地の総量は確保できない。
例えば、バブル経済が破綻したことにより宅地需要が沈静化したため、宅地化農地もある期間は農地として残るはずである。農家も家産継承のため、農地を根強く保有していく傾向がある。しかし、都市にふさわしいあるべき農業を営まずに不動産兼業をする農家を保護する必要があるだろうか。資産保有としてだけの農地は都市住民の協力が得られない。農地だけ確保されても、生産する農家がいなければ、単なるオープンスペースになってしまう。それならば、むしろ都市の自然度を高めるためにも、農地からより自然度の高い雑木林やビオトープへと地目変換した方がよいのではないだろうか。あるいは、公共的な例えば防災スペースとして位置づけた方が明確である。
生産緑地は安定ではない
そもそも、都市にある生産緑地は安定した農地だとして議論がなされている。しかし、状況はそれほど楽観的ではない。実際には生産緑地は決して安定した緑地ではないし、きわめて危うい条件下にある。
農地保全と農業経営とは別問題
また、都市で農業経営を行うには、交渉・企画など中小企業の経営者と同じ高度な能力が要求される。活力ある農業経営は、生産だけでなく人脈ネットを含めた売る農業であり、ビジネスであるともいってもよい。このような施設園芸への集約化が進むと所得のあがる農業経営は残っても、都市住民との交流面が困難となる面も見られ、このような生産性の追及だけに走る農業は、都市にあっては望ましくないという意見もある。加えて、限られた労働力の中での高度化する農業は必然的に農地を余らすこととなり、このような余剰農地をどうするかという問題点も発生することとなる。
都市農地保全に向けた施策提言
このような、問題点を踏まえた上で、多面的機能を発揮する農業を営む社会的仕組みを準備する必要がある。結論からいえば、農家が都市にふさわしい農業を継続し、都市住民もこうした農家を支援すべきである。
そのためには、第一に、都市の中で、多面的機能を発揮しつつ、住民に支持される都市農業のイメージを明確にモデルとして提示すべきである。
例えば、都市農家は不動産兼業を支えがあるため、厳しい営農環境のもとでも存在できている。不動産収入が高く二種兼であっても、意識は農家である。一律に不動産経営農家を否定するのではなく、こうした現実の実態を踏まえて、額に汗する都市農家の心意気をくみとる視線を都市住民が持てるようにするべきである。
第二に、都市住民も都市の緑地機能を享受する応分の負担を負うべきである。生産緑地を核として、豊かな屋敷林が保全され、水路や農道でこれらが有機的に結ばれている。そのような素晴らしい町に住むためには、都市住民も農地の周辺には高い宅地を建てないなどの自己の権利を抑制する必要がある。これらは法制度的には、地区計画である。農地に隣接する宅地を営農環境を悪化させないように、指導要綱や地区計画でしばるべきであるし、宅地に隣接する農地を生け垣にするなど景観に配慮させる規制が必要である。地区計画制度を適用すれば、生け垣をつくるなど保全すべき緑地として平地林の保全も可能となる。
しかし、これらの計画は行政がトップダウンでおしつけるのではなく、小学校学区単位の地区住民からのボトムアップで作成されるべきである。
農業・農地の多面的機能が評価され、その役割が一般論ではなく具体的にまちづくりの要素として地域住民から共通認識されることによって、初めて農地を都市計画的に位置づける基礎が出来る。この都市農業の役割を都市計画的に位置づける作業こそが、都市農業振興策の基礎として、もっとも必要である
第三に、農家も都市で行う自分の農業が地域で重要な機能を果たしていることを農家が自覚することである。そのことが、農家の農業継続意欲を高めることにつながる。例えば、国分寺市では、農業者とのふれあいを通じて都市農業への理解を深めるには市民農園では不十分だとして、農家の指導で農業体験をする市民農業大学校にしている。こうした学校での指導は、農家の意識啓発を図る上でもきわめて有効な手段である。
このようなソフト面での意識啓発を講じた上で、農業継続を安らかしめるための支援措置を行うべきである。まず、農家が農業を継続するためにネックとなる問題点を解消することである。
(1)相続税の見直し
農家が供給する住宅は、社会的役割があるのだから、一定の不動産については農地を減らさずに相続出来るように制度を改めるべきである。
(2)環境の規制
まちづくりの中に農地を位置づけ、宅地などで周辺環境が悪化しないように規制することである。
(3)農業基盤整備の実施
農地を保全するため区画整理事業に工夫をこらすとともに、生産緑地と宅地化農地の混在を解消し、集団化する基盤整備事業を農業サイドから行う。
(4)労働力の支援
地場流通を行うための他品目栽培や有機栽培は、労働力の確保がネックとなっている。一方、市民の農民化の潮流の中で、都市住民は、農地の担い手として期待できるような動きも見られる。例えば練馬区のW農家は、口コミのボランティアで労力の5〜6割をまかなっている。そこで、都市住民を農業ボランティアなどとして労働力の支援を図るべきである。都市農地を保全するため、都市住民を担い手として位置づけるのである。
次に、農家も都市住民に支持されるような農業を行うような努力を払うべきである。
(1)宅地の見直し
同時に、農家も昔は農作業の場所として必要であった広い宅地を必要か見直す必要がある。
(2)都市計画上の位置づけ
生産緑地の決定は、農家の意向が再優先され、実態としては、都市計画的な検討を経ていない。そのために、農家の都合で容易に生産緑地が解除されるのでは、たまったものではない。守るべき農地は耕し、耕せない農地は市民農園に提供するなど、農家の地域の合意形成を図る必要がある。
(3)住民との交流
畦売りや観光農園など都市住民との交流によって農業の魅力を高め、後継者が育つ魅力ある農業とすべきである。例えば、1反の農地を半年40万円でデパートの友の会と契約している農家がある。お金を払ってでも広い畑で働きたいという都市住民がいるのであるから、これを経営の一部として収益化することも可能である。要するに、農業にふれあいたいという要求を収益や農地保全につなげる工夫をするべきである。
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