・偽善者
「俺はめちゃめちゃ善人や。」「俺みたいな善人はいない。」などという戯言をよく耳にする。
まあ、冗談やその場の流で言ってる分には、まったくもって良いのだが、けっこうマジで言ってたりする輩がいる。
そういう輩には必ず「この偽善者め。」と言って差し上げる。
すると必ず「なんでやねん。」と返ってくる。
余程の自信をお持ちなのであろう。
さてさて、ここで問題になってくるのは、私はなにをもって”偽善者”と言うのかである。
いつもよく例に挙げるのが、この話しである。
これがそのやり取りである。
あなたは、ほどよく混んだ電車に乗っています。
そこに、杖をついた老人が乗車して来て、あなたの前に立ち止まりました。
あなたはどうしますか?とたずねると、「すぐに席を譲るね。」と答えが絶対に返ってくる。
さすが自称善人。答える早さも、自信も違う。
その後”俺っていいことしたな〜”って思うやろ?って言うと、「まあな。」と。
はい、ここでダウトです。
それってただの自己満足やろ?
老人に席を譲る自分が、カッコイイんやろ?
”いいことをした”って思うってことは、その時点で善人じゃない。
本当の善人ならば、普通のことをしただけで、なんにも思わない。
と、こんなやり取りが行われるのである。
これで、だいたいの輩は反論しなくなる。
まあ、たまにそれでもなにか言ってくるヤツはいるけれども、すでに虫の息である。
はっきり言うと、これこそただの”屁理屈”であるかもしれない。
たとえ、善人であろうがなかろうが、席を譲ることは素晴らしいと思う。
もし本当にしてることならば、続けてほしいものである。
たしかに、こういった小さいことを積み重ねていける人が”善人”なのかもしれないが、
ちょっとしたことで”善人”を名乗るなど、おこがましい。
まあその”ちょっとしたこと”もしない人よりは、素晴らしいと思うが。
”偽善者”という言葉は、私はそう悪い意味で言ってるわけではない。
”そんなことでおごらず、精進してくれよ”ってな意味もある。
ん?”こんなコト言ってるお前は、いったいなんやねん?”って。
そりゃもちろん”善人”ですよ。
これはあくまでも”独り言”
なにがあろうが”独り言”
なにがなんでも”独り言”