11月3日(日曜日)
今朝目覚めると病院からの着信に気付く。急いで病院に向かうと、肺動脈狭窄の犬の状態が思わしくない様子。手術の影響かどうなのか、はっきりしないまま対症療法にて様子観察していたら午後には状態回復。結局、原因は分らず対応が正解であったことと再発しないことを願いつつ一件落着。で、ねずみさん達の世話をした後、パソコンに向かい気が付くと11時を回っていたので帰宅する。
11月4日(月曜日)
別にファンでも無いのだが、優勝セールにあやかって冬支度にこたつふとんを購入した。早速、部屋に戻って設置し、それに合わせて掃除をすると時間ばかりが経ってしまい、結局学会発表用のスライド作成がさほどにはかどることは無かった。とりあえず、暖かな部屋で安らかに休息を取り、明日以降に備えることにする。
11月5日(火曜日)
今日、某検査機関に提出した検査結果が届かないことが判明。週末に電話した時には、週明けには結果がでると言っていたのに。おかげで、手術は延期になる。いずれにせよ状況に変化はなく、今日出ないことが分かっていても、結局提出していたわけで状況に変わりはなかったはずである。それにしても、飼い主さんには悪いことをしてしまった。それなりの覚悟をもって、今日の日に臨んで頂いたにもかかわらず、突然朝の電話で延期をつたえられ気持ちを察すること切である。今後このようなことをしてはならないとは思いつつも、私の手の届かないところで生じるトラブルは避けようがなかったりする。極力、手の届く範囲で生じるトラブルを避けるためにも速く学会用のスライドを仕上げねば。今日も結局作業は進まず。明日終わることを願って今日は帰宅。
11月6日(水曜日)
手術3件。犬、ウサギ、フェレット。うさぎの下顎に腫瘤ができた。よもやと思っていたが、中からでてきたのはチーズ状の膿瘍だった。それ以外にはないだろうと思いつつもそうでないことを祈っていたので、目の当たりにするとちょっと残念。飼い主さんにお返しする際に、再発の危険性を伝えるも語調はちょっと低調。せっかく手術が成功しても、これでは嬉しさも半減。その後、突発イベントが発生したりして、スライド作成計画は夕方の阪神高速並に停滞し、そろそろヤバ目な今日この頃。依然、寒さも倍増中。
11月7日(木曜日)
もう止めてくれと思う気持ちとは裏腹に寒さは急速に且つ確実に深まっている。厚着はいいが洗濯が大変。スライド作成が思いのほか進まない。理由は単純で、ただ経過が長い所為。102ヶ月の経過は膨大で、数秒見せるだけのスライドに、見ただけでは計りしれない労力が積まれていく。結局、苦労してまとめたデータは1本の線に姿をかえた。なんかすっごく空しい。何を期待していた訳でも無く、むしろやる前から分っていただけに空しい。やっぱり何もなかった。あとは、まとめの図を描くだけなのに集中力は限界の模様。マウスを持つ手も思うようには動いてくれそうも無いので、明日への課題としてやっぱり今日も帰宅?そんな今はAM5:00をちょっと回った辺り。寒さ絶頂!
11月7日(木曜日)
もう止めてくれと思う気持ちとは裏腹に寒さは急速に且つ確実に深まっている。厚着はいいが洗濯が大変。スライド作成が思いのほか進まない。理由は単純で、ただ経過が長い所為。102ヶ月の経過は膨大で、数秒見せるだけのスライドに、見ただけでは計りしれない労力が積まれていく。結局、苦労してまとめたデータは1本の線に姿をかえた。なんかすっごく空しい。何を期待していた訳でも無く、むしろやる前から分っていただけに空しい。やっぱり何もなかった。あとは、まとめの図を描くだけなのに集中力は限界の模様。マウスを持つ手も思うようには動いてくれそうも無いので、明日への課題としてやっぱり今日も帰宅?そんな今はAM5:00をちょっと回った辺り。寒さ絶頂!
11月9日(土曜日)
病院へ行ってみると、手術室が静まりかえっていた。ここ数日、重症患畜の管理のため明かりの消えることが無かったのだが、今朝未明になくなった。何時も誰かが詰めていた空間が、突然無人の空間に変わることで命が消えたことを実感させられるのは、集中管理をしてダメだったときの常である。体に繋がれていた回路やモニターを外す度に感じる脱力感はなんとも言えない。最善の努力もこの結果の前では言い訳になってしまうが、できる限りの事をしたと自分に言い聞かせて明日に備えるのである。
11月11日(月曜日)
学会発表用のスライドを今日仕上げた。見てると色々変更箇所が見つかってくるので、思いきるのが常である。色々変えてみても、結局内容は同じなので大差はない。いつも僕は早口なので、スライドは他の人より少々多い目にしておいて丁度だと思っているのだが、実際スライドが多すぎるのではと指摘されるとそんな気もしてきて、結局減量に努めた過去とは違い、今回は多めで通してみた。これで、予備鈴はまだか?と焦りながら発表するのも今回で最後にしたいとおもっている。と考えていると、終了鈴が早すぎて焦ったりして。
11月13日(水曜日)
研究室の犬に臍ヘルニアが見つかった。直径5cmほどの大物である。指で押しても戻らない。取りあえずレントゲンを撮ってみると、消化管ではなさそうである。が、朝食べたはずの餌が胃の中に停滞していることが判明。しかも胃には全く動きが見られない。ただ犬自身は至って元気で、レントゲンを撮るのも大変なぐらい。そのレントゲン検査の合間におしっこをしたので、ついでに検査をしてみると潜血が判明。もともと、臍ヘルニアを見つけたのも、除脈があるので見て欲しいという全然違う話が出発点だったりする。数日前までは、全くの健康犬だったこの犬は一夜にして病犬に変わってしまった。尿検査の結果を全部教えてもらっていないことに気付いたが、明日またいくつか検査をしなければいけないので、その時に聞くとして学会前のこの時期に、間髪入れず仕事ができてくるこの様は・・・。
11月19日(火曜日)
大阪と東京の行路によく夜行バスを利用する。出発に際して、お決まりのアナウンスが流されるのだが、その内容は延着しても責任とらないよってもの。それを聞いて、路線バスが遅れるのはよくあることだし、ましてや東京ー大阪間を走るのだから少々の到着時間のずれは当たり前だろうと感じていたのだが、それどころでは無い事態に遭遇してしまったのである。「中央道14台の玉突き事故」の所為で7時間延着。これが、前回利用した際の顛末。で、今回の学会の帰りにもバスを利用したところ、一瞬お決まりのアナウンスに不吉なものを感じたのだが、翌朝の診療を考えると選択肢はなかった。で、気が付いた時にはバスは停車していて、サービスエリアにでも止まったのかなと思いきや、やっぱり事故で通行止め。結局、予告通りどちらのケースでも補償みたいなのは当然なかった。
11月20日(水曜日)
泊まり込み二日目。原因不明の高血糖の犬のために家に帰れない生活が続行中。ふとんで寝ない生活は、何となく1日が長くなったように感じる。 ずっと学校にいるのだから、研究なんかもする時間があったりして、色々な事が進行しそうなものなのに、意外と朝の訪れは早く、思った程に何も進んでいない。むしろ自分の境遇を顧みたりなんかして、落ち込んでいるのに気が付く。なので、宿直は体力的な疲労よりも精神的疲労の方が大きい?
11月21日(木曜日)
家で寝れない生活にも何となく馴染んできた今日、僧坊弁閉鎖不全の犬が状態を崩して入院。更に家への距離が遠のいた感がある。それでも明日は、仙台に遠征の予定。果たして此の状態で旅立つことが可能なのか?
仙台では、大阪で先週話してきた内容をそのまま発表するので、準備の必要は無いのが楽。緑の新幹線に乗るのは始めてで、東北に足を踏み入れるのは10年ぶりとちょっと愉しみな週末だけれど、結局とんぼ帰りの強行軍になりそうな気配はちょっと不気味?とりあえず、明日は暖かいふとんで寝れそうなのが一番の愉しみ。
11月23日(土曜日)
仙台の学会は、大学が核となっている割に開業獣医による発表が多かった所為か、大学を獣医医療活動の中心としている僕には、あまり日頃目に触れる事のない話題が議論され、興味深かった。
確かに発表を聞いている分には、難病・奇病についての話の方が目に付き易く話題性も大きい。でも実際のところは、わざわざ学会に出席して奇病の話を聞いて帰っても、何分奇病なだけに得た知識を発揮する場面は少ない。大学に居てこれだから開業獣医では押して知るべしである。
毎月どこかで学会が開かれていて、やっぱりそこでは新しい病気が発表されていて、一体此の世の中どれだけの病気があるのか?ふと不思議な気持ちになることがある。それには急速に進歩していく医療機器が一役買っているのも事実。一つの機械に習熟するよりも早い速度で発展していく機械の診断能力の向上が新しい病気を生み出すのが裏の仕組みなのだろう。まあ、それで治る病気が増えていくことに関しては歓迎するべき事なのだと思うのだけれど、それらの機器に関して知識をアップデータしていかなければならないのは結構大変。仮に、レントゲン検査機しかなかったとしたら、
「今日はどうされました?」
「ちょっと食欲がないようなんです・・・。」
「じゃ、検査しますので」
なんて言って、迷う事無く唯一の検査機械であるレントゲン撮っちゃうのかも
でもそんな場合、レントゲンしかないものだから、機械の診断能力なんかも最大限に引き上げられていたりして、
「ん〜、貧血気味だね」
なんてことがあったりして?
11月28日(木曜日)
バーチャル細胞で実験を!という記事 が掲載されていた。
コンピュータで構築した仮想細胞に対して、やはりコンピュータ上で投薬を行った反応は現実の結果と同じものになるのだろうか?文面では、仮想赤血球がすでに存在している様なことが書かれていたが、今一つ納得しがたい。ついついバーチャルな世界というものには限界がある様な気がするのである。
仮にバーチャル診察(獣医版)というものがあったりして、やっぱり犬が来院する。で、手始めに声をかけるわけだが、ここからがすでにバーチャル。
「今日はどうされました?」
ならいいけど、いきなり殴ったりしたら、やっぱり訴訟になったりして、バーチャル診察がいつの間にやらバーチャル訴訟になったりする奥行きは創れないだろう。
診察の一番重要な要素ってやっぱり飼い主さんと相対する時の緊張感だと思う。これがあるのとないのとでは全く違う。つまり言い換えれば不確定要素。
パソコンのフリーズみたいなもの。