2月26日(木曜日)
春休みであることを食堂の休みで知る暖かな1日
試験の追試に追われる学生の発表会の指導が大詰め。発表会も大事だけど、試験も大事。ましてや体が一番大事。となれば、負担のかかる場所は一目瞭然。もう大人なんだから、とは言えないからそれとないフォローを目指すも、あからさまにやってしまいたい欲求を頑張って抑える。ここで一人立ちさせてやるのが、指導の要所とは分っていても難しい。
それでも、パワーポイントの使い方から、お決まりの言葉使いまで、教えていく間に自分の最初の頃が思い浮かぶ。誰にでも最初はあるものだが、時と共に忘れ去ってしまうのを実感。思えば、僕の師も一つ上の先輩。いつも深夜の作業を手伝って修得したのを覚えている。記憶は常に夜。そんな時に、よく言われた「センスないね〜」って言葉も鮮明に覚えていて、やっぱり学生に同じ言葉を言っている。言葉遣いまで一緒。この学生もいつかは後輩に言うのだろうか?
時に診療中にも、始めての頃が頭によぎる事がある。初心に還るという言葉のとおり、日々の診療に流されてはいけないと実感する瞬間。
2月28日(金曜日)
久々に担当症例の来ない診療日
今、所属する某国立大は、これまで所属していた大学と違い診療件数が少ない。結果的に、苦労することも少なくなる。更に言えば、自分の限界を感じる機会も激減するから、思い上がってしまうかと言えば、そうではなくて、逆に不安がつのる。採血の回数も減少し、レントゲンを撮る回数も減少し、手術に立ち会う回数も減少する。増えるものと言えば、飼い主さんとの会話の時間ぐらいなもの。診療日に診察がないなんていう生活を考えることがなかった昨年を思うと今の環境は不思議な感じがする。
当時はこの過密診療は度を越えていると、色々不服を言っていたのを覚えているが、いざ暇になるとそれなりの不服が首をもたげてくる。
そう思って、過去を振り返るとあれほど嫌だった生活に一種の懐かしさを覚えるのだから不思議である。人間は精神衛生上、辛い記憶は時間と共に美化されていくという話を聞いたことがあるが、まさにそれである。