4月16日(水曜日)
何だかんだと四月もすでに折り返し
この間までいた人が見えなかったり、見慣れない人がいたりする違和感もそろそろ無くなってきた。昨年は自分もこの見慣れない人の一人だったのかと思ったりもする。
小学校の頃、二度ほど転校したことがある。いずれも夏休み明けの転校だったので、クラス替えの時期に入ってくるのとは違い、殊更に周囲から物珍しげに見られていたことを覚えている。
新しい環境に入ってくると、以前居た環境と色々な部分を比較してしまう。良いところや悪いところ、気に入るところ、気に入らないところ。結局は時間の経過と共に自分が周囲に同化していく。結果、一度目の転校の時は、前の学校が良く思え、次の転校の時には、やっぱり去りがたくなっていた。
この環境でも、かなりの部分で自分と環境との間の境界線が無くなってきている気がする。いいのか悪いのかは別として、なれ合いだけは避けたい今日この頃。
4月4日(金曜日)
街路樹の桜は満開。
桜の満開というのは、全体の8割が開花した状態を指すのだそうだ。何故8割なのだろうか?
8割じゃだめなのか?と言われると困るが、誰が決めたのか気になる。もし全体の8割が同時に開花しない事態が生じた場合にはどうするのか?5割が開花した時点で、大雨が降って全て散らしてしまうと、満開は無くなることになる。そもそも満開とはなんなのか不思議な言葉だ。
満という字の持つ意味は”みつること・いっぱいになること”であるから、基本的にはそれ以上はない状態を示すはずだ。
が、満車といわれてどう思うかというと、とりあえずこの目で見て回るまで納得できない気がするし、満員といわれる場所にもとりあえず行ってみたりする。どうも”満”という言葉には一杯だけど、ほんの少し余裕ありそうな感じを持っている気がする。つまり、8割なのかもしれない。
そう思って考えると、通勤電車は満車状態でも大抵まだ人は乗れる。