6月28日(日曜日)
ここ暫く快晴続き。
今週は東大で研究会。
先週の麻酔外科学会と2週連続だけど、発表のない研究会はどことなく気が楽。
僕は外科という組織に一貫して所属してきているわけだけれど、逆にだからこそなのか内科疾患に対する興味は尽きない。それは、外科にいるから内科をおざなりにしてよいわけではないとは思っている。そんな気持ちの所為かもしれない。
僕の最初の師匠は、外科の専門ではあったけれど内科について僕の知る範囲で限界を見ることはなかったように思う。内科的な発想ができてこその外科って部分を大事にする人だった。
で、今日の研究会は内科中心。
明らかに、先週の学会よりも興味の引かれ方のレベルが違っている。insulinomaにgastrinomaと稀な病気との遭遇体験は非常に貴重。教科書に書いてある、そのままの症状と検査結果、いささか異なる予後の話はとても面白い。おそらく、自分が遭遇することはないのだろうけど、何故か記憶に留めようとどこかで思っている。
内分泌疾患の治療の微妙さの真骨頂は、その理論の構築にあると思っている。各種検査をすることで、病名だけでなく、病態つまり重症度をしっかりと把握する。その重症度に合わせた調節をする。調節をするに際して、体内で生じているバランスの破綻状況を推測する。この推測が間違っていると調節はうまくいかないし、正解であれば症状の改善という形で我々に示される。この調節が治療なのである。
外科は根治を基本とするから、この概念の発揮される場面は少ない。
ってある人に言ったら、外科の奥深さも知らないで。と鼻をおられたことを思い出した。でも、今も変わらず内科疾患大好き
6月23日(月曜日)
今日も雨
学会が終了した。
さほどに珍しい発表でも無かったので、特に質問を受けることなく、僕の発表は終わった。
といいたいが、
座長の先生は初期検査の手落ちを指摘した。これは容赦のない質問だった。と思う。
だいたい週に何例もの初診がやってきて、それぞれどんな病気か想像もつかない内から検査漬けにはできないから、おおよその予想を立てて検査を絞り込む。
で、検査は次々に進められるのだけれど、その初期診断が間違っている場合が、つまり珍しい状況なのである。
検査もつまり確率的手法であり、通常こう来たらこうというようなアルゴリズムに乗っ取って進めるが、それが明後日の方向に流れてしまうわけである。
病気によっては想定疾患が異なっていても初期検査が重なる場合もあるが、珍しい度合いが高いほど、やはり初期検査がずれることが多い。
それを学会で発表するのだから、分かっている人はそこを鋭くは指摘しない、いわば不文律みたいなとこがあってもいいのではないかと思ったりもする。
たまに自分で先に謝ってしまう演者もいるが、それがあまりにも基本的であった場合は恥ずかしい。
結局、失敗したという発表は少なくなる
そういった間違いみたいなところを正直に発表できる場にこそ行ってみたいと思うのは僕ぐらいなのか?
最近こればっかり、失敗からしか学べない
6月18日(水曜日)
こんなに更新が続くのは、逃避行動頻度が高いせい
リンパ腫の猫の調子が悪い。食道拡張を合併していて、慢性嘔吐が止まらない。化学療法により腫瘍の方はうまく抑えられている感じなのだが、嘔吐のせいで調子が崩される。
カリウム1.9meq/l
電解質の調整をするが、そろそろ何が原因で調子が悪いのか分からなくなってくる頃。さっきも書いたが、化学療法の効果か電解質を除いて血液学的には非常に良好。
手が届きそうで届かない。そんな感じ。
とりあえず、食道拡張による嘔吐を回避するために経鼻胃カテを留置して、流動食頻回立位給餌を開始。
おそろしく手がかかる
この猫も飼い主にとっては大事な家族。手数を惜しんではいけないと自分を引き締めつつも、学会スライド作成に戻りたい気も半分。
何よりも口惜しいのが、学会で発表するのがこの猫であること。
6月17日(火曜日)
洗濯物干しっぱなし。乾いたり、濡れたり。でも現在半乾き。
実験を進めるのと同時並行に論文を読む。
臨床と合わせ技の本研究室での僕は、どちらかと言えば論文先行型。あれこれ手が出せればいいのだけれど、指導が悪かった所為か学生が思いの外動かないので手数が少ない。
アルバイトに交際、遊びに睡眠時間と時々テスト、色々考えなければならない学生のプライベートを気にするぐらいなら一人でやってしまいたい衝動のまま動いた結果がこれであれば甘んじて受け入れるしかない。が、実験とテストを天秤にかけれる感覚に多少の違和感を覚えつつこの一事に関してのみは口に出せない。
ということで、机の上に論文山積み。
ちょっとまとめたい事があって、話の筋道に併せて論文を参考資料として記載していく作業を始めたが、記憶にある論文がどこに居るのやら遭難論文続出で大変。比較的話の筋は簡単に出来上がったのだけれど、論文捜索が難航を極めた。
学部生の頃に比較すると、まだまだ全然少ない量なのにこの始末。当時、整理能力のなさを痛感して、もしもう一度やり直すようなことがあれば、今度はしっかりと整理してやると変な後悔をしていたのを思い出す。先天性整理能力失調症そんな感じ。
でも誰かが以前、天才っていうのは整理能力の欠けている人が多いって話をしていた。
ということは整理の天才ってのはあり得ない?
6月14日(土曜日)
そろそろ学会準備開始
ここでの生活も2年目。色々なことに慣れてきたが、今ひとつ重大な悩みがある。
そもそも循環器を勉強するためにこの大学へやってきたはずなのに、今までに一度も循環器疾患の動物を担当したことがない。
なぜか回ってくるカルテは腫瘍が多い。それどころかうさぎは選択的に回される傾向にある。それが嫌だというつもりは毛頭ないが、何かがおかしい。
以前いた環境の方が、よほど循環器を見ていたのではないかという気もする。
何がいけないのかは自分では分かっているつもり。そして、僕自身に問題があるわけでもないことは明白。
ある種の試練と思い、ここはポジティブに受け入れていくことにしたのが数日前のこと。一抹の寂しさと共に、この覚悟は揺るがないものとして堅く心に刻むつもり。
ということで、やはり今年一年循環器疾患は見れないことになりそう。
6月12日(水曜日)
梅雨本番。降ったりやんだり晴れてみたり
今日は手術の話。
PSSのコイル塞栓術が行われた。以前、学会で手術のビデオを見て感激して以来、まさかこの目で見ることに、しかも参加することになるとは。
コイル塞栓術とは、奇形による残存血管に白金性のワイヤー(コイル)を留置することで、このコイルを中心に血液凝集を誘発し、最終的には血管の塞栓を試みる術式のことで、獣医学領域では動脈管開存症がこの術式の適応として広く用いられているが、最近肝内型PSSにも用いられるようになってきた。
コイルは血管内に挿入したカテーテルという細い管を介して目的部位まで運ばれるため、侵襲部位はカテーテルの入り口のみという低侵襲手術としても有名であり、実際PDAの場合内股に1cm程の傷を付けるだけで済んでしまう。
PSSの場合、頚静脈からのアプローチが報告されていたりと低侵襲も実現されているが、実際は門脈からのアプローチが必要だったりと定法が確定していない。
で、今回は門脈アプローチ。
まず、門脈を分離し、絹糸にて2カ所支持。その中央にプロリン7-0で巾着縫合を施した後、11号のメスで小切開を加え、多目的カテーテルを門脈内に挿入した。
透視下で、多目的カテーテルを短絡血管にまで進ませたところで、
一度造影を行い、短絡血管の形態および径を確認。
それにあったコイルを選択。ちなみに、最大径8mm最小径5mmのリバーストルネードというタイプのコイルが選択される。
このコイルを運搬するデリバリーカテーテルへの接着も順調に完了し、先ほど留置した多目的カテーテルの中をコイルが進行していった。
やがて、透視下で多目的カテーテルの先端からコイルが頭を出し、きれいなスパイラルを描きながら短絡血管を埋めていく。
コイルが多目的カテーテルの先端から出きったところで、デリバリーカテーテルから分離して、コイル塞栓完了。
直後の造影検査では血流は完全に遮断されず、しかし術前と比較すると確実にある程度の血流の遮断効果は見られる。
一部始終、ビデオで見たとおり。
生まれて始めて見るはずのものが、まるで始めてではないかのようなのは、イラク戦争の映像と同じ。シミュレーションの弊害か感激も半減。むしろ、コイルの離脱に手間取ったところにちょっとリアルさを感じて感激。
6月10日(火曜日)
夜半に雨。天気予報的中。
実習のお手伝いに出る。
今日はこれ以降本格的になっていく実習の前準備で、犬に麻酔を掛けて30分程維持するというもの。ちょうど、プールに入る前のシャワーのようなものか?
それでも学生にとっては、犬に麻酔を掛けるのは始めてなので、少々緊張気味である。
「キシ○ジン投与します」
「心拍数と呼吸チェックした?」と一応聞き返すが、前投与薬はこちらが心配になる程小気味良く注射する。
まあ、導入薬を注射するのに比較すると反応は遅いし、緊張感も当然薄らぐのは分かるが、この辺ちょっと矛盾したものを感じる。
当然数分後に前投与薬は効力を発揮して、犬は急に脱力してくる。と、同時に緊張感も急上昇し、麻酔係が一言。
「大丈夫ですか?」
あなたの打った前投与薬が聞いてきたんでしょと言うと角が立つので言わないが、少々顔をしかめて、
「何が?」と聞き返すが、これは意地悪。
この辺で、蜂の巣をつついたような状況に一転する。答えに詰まる麻酔係と何かしなければとざわめく他の役回りの学生達。
「じゃ、送管するから準備して!」
みんなで送管の準備を始めてしまうので、人員の配置を確認する。
でも、今日の記録係は極めて冷静で、そんな慌ただしい状況でも黙々と犬の状態を観察しては記録用紙に数字を並べていく。性格かな?と思いつつ、ふと目をやると留置針をもつ手が微妙に震度6の学生。こっちも性格?。それでも今日は一度でしっかりと血管確保が出来た。いい感じ。
血管の確保が出来たところで、いよいよ送管。
導入薬は投与しすぎたり、速く入れすぎるとと呼吸が止まるから注意するように指示すると、学生の緊張感はもう絶頂。ちょっと訳の分からないことを二言三言いったりしている。実習の始めに予習の成果は確認していたが、事ここに至っては全て上の空である。
だいたい実習の時はいつもこんな感じなので、個人的には気にせずに進ませる。こんな状況でも、しっかりと犬の状態を観察していれば、事故は起こらないよって示すことも指導者の仕事の一つかも。
導入薬を入れると犬は急速に眠りの世界に入っていく。僕は手術を受けたことがないので、全身麻酔を受けたことはない。麻酔といえばせいぜい歯医者の局所麻酔ぐらい。だから、正直この時の感覚がどのようなものなのかは不明。でも、犬はこの眠りに抵抗する傾向がある様子。
呼吸を失うことなく、スムースに送管は完了。
犬に色々な回路を接続して、麻酔維持状態を完了すると、学生の緊張感も一転する。
「質問は?」
と聞くが、今日は前処置から導入まであまりにスムースに運んだので、聞き所もないようす。犬を使っての実習なので、失敗のないのが一番なのだけれど、イベントがなければ疑問も沸かないのかもしれない。一抹の寂しさを感じながら一言。
「こんなに順調にいくことは珍しいから次からもしっかりと気をつけてやるように!」
と言ってみるも、何に気をつけるのか?
失敗から学べとはよく言ったもの。
6月9日(月曜日)
久々すぎる更新。もう梅雨入り
診療日、手術日とある程度の区切りをつけてくれるイベントが一週の間に繰り返しやってくるので、曜日の感覚はなくならないが、基本的に土日も学校に来ているので、一週間を通じて生活に変化がない。
そんな単調さから逃避するために、色々試みるが生活範囲が限られているので、気がつくとそんな逃避も単調さの一部分になっている。もうあり地獄である。
単調な生活をしている以上、日記も同じ繰り返しになってしまい、思いつくことがなくなり、やがて書かなくなる。そんな感じと無精に説明をつけてみる。
論文にせよ!と言われている症例を抱えている。
ところが、さほど珍しいとも思われない症例をどの角度から見れば珍しく見えるかを検討というか思案中。過去の報告を調べてみると、似たような報告が続々と出てくるので途方に暮れていたのがこの間、今は何とか表現一つでねじ込んでやると歪んだやる気に駆られている。
そんなやる気をちょっと日記にもお裾分けして、今日から心機一転やり直し。