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本年7月15日、「丸紅明石町マンションの設計変更を求める会」は、近隣143世帯の反対にも関わらず工事を強行する丸紅に対し、建築差止めの仮処分申請を東京地裁に提出しました。
話し合いを求め、代替案を示してきた住民の願いを無視して、利益追求に走る大企業への異議申立てです。
人は誰でも平穏で幸せな生活をおくることができるはず。私たちは、近隣住民の「生きる権利」を無視し続けてきたマンション建設の歴史を、なんとしても変えたい。そのような思いを裁判の申立書のなかで「住民の思い」として述べています。
国民の権利を守るため、東京地裁の公正な判決に期待します。 |
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経済優先から、人間尊重、人権尊重へ。
時代の流れは確実に変わっています。 |
我が国では、戦後の貧しい時代から高度成長期に至る時代にかけては、大量生産大量消費にもとづく、経済効率優先の考え方が支配的でした。そうした中で、住宅は一戸建てであっても狭い敷地をギリギリに使って建てる、いわゆる「ウサギ小屋」と揶揄されたものです。マンションにおいてもそうした家造りがなされました。
しかし、経済成長が天井を打ち、人口も減少に転ずるにつれ、経済効率優先の考え方や金儲け主義の考え方だけでは、人間の真の幸福につながるものではないことに人々が気づき始めました。今や、多くの人々が人間尊重の考え方に立ち、量よりも生活の質を重視し、より個性的な生活のスタイルを求めています。
世界に目を転ずれば、冷戦構造が終焉を告げ、人間尊重、人権尊重を重視する潮流が主流となって世界に広がっています。
日本の住環境においても、人々がより幸せに(快適に)個性のある生活を求めるにつれ、その個性にふさわしい家造りを目指すようになっています。人間尊重の個性的な住環境が求められ、広がりをみせています。また、大都市圏では住宅の過密化の緩和、ヒートアイランド現象への対応などから「総合設計制度」が推奨され、空地、緑地を確保したゆとりある建築が当たり前の時代になっています。
※「総合設計制度」=計画敷地の道路ギワに一定以上の空地や緑地を確保することで、住環境を良くし、計画建物の高さ規制や容積規制を緩和するものです。最低条件として空地・緑地は敷地面積の50%以上必要となります。
そうした中で、本件事案の丸紅明石町マンションは、いかにも前時代的な経済効率優先の建築計画と断ぜざるを得ません。人々が求める快適な住環境への配慮を怠り、人間尊重、人権尊重への配慮を全く無視した驚くべき現実です。
民主主義国家、日本の、それも東京のど真ん中で「人権を無視したマンション建築」が正々堂々と行われているのです。われわれ市民の一般常識で考えたら「えっと驚く非常識」「目を疑う出来事」ばかりです。
さらにもっと驚くべきことは、
- それが丸紅という日本を代表する企業が行っていること
- 丸紅は法的には全く問題がないと堂々と主張していること
- 行政は住民の要望に対して、事業者に何の指導力も発揮されていないこと
等です。
「土地の所有権」とか「建築基準法」は、マンション近隣に住む人々の「生存権」や「人格権」に優先されるべき権利なのでしょうか。
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否、決してそんなことはあるはずがないと思います。「生存権」や「人格権」こそが全ての法に対して優先されるべきではないでしょうか。 |
丸紅明石町マンションが近隣住民にとって、いかに異常なものであるか、その設計と工事の進め方の問題点を指摘します。
- 設計平面図を見て驚くこと、目を疑うことは土地面積510坪あまり、延床面積12,000平方m以上、150世帯という大きなマンションであるにもかかわらず、道路境界線より建物のセットバックが何とたったの50cm、赤ん坊が道路ギリギリに立って手を伸ばせば建物に手が届く。こんな前時代的な建物が建つこと自体、不思議で驚くばかりです。
- 北側4m道路に対して横幅が何と約53m、西側4m道路に対し横幅が約30m、高さは何と36mです。完成した建物を想像しただけで恐ろしくなります。
最近のマンションは敷地に空地・緑地を多く取り入れるのが当たり前であり、もっとゆとりがあり、ましてや明石町は第2種住居地域でもあるのですから。中央区役所で調べたところ、こんな設計でも建築基準法や中央区の地区計画に沿った計画だというのです。
- さらに驚いたことに、計画用地の北側道路は住民の私道なのです。その私道を使うことを前提に、緊急避難階段、避難出口、自転車用出入口を設けてある点です。私道を利用することを前提としているならば、住民に事前に道路を使いたい旨の相談があってしかるべきです。
また、マンション住民も私道を利用することを考えれば、せめて2mはセットバックし、緑地を設けるのが常識ではないでしょうか。住民が再三、再四にわたり、セットバックを要望したにもかかわらず、「事業計画の変更はできない」「建物全体の規模とか、壁面後退線、高さは変更できない」等の理由で、住民のセットバックの要望は門前払いでした。住民が希望するセットバックによる減少面積、それに伴う売上の減少額、利益の減少額等の数字を見せる誠意もなく、住民の要求を丸紅の社内で真剣に検討することも無く、住民に対する様々の影響がどれだけ大きいかも考えることも無かったのです。そもそも建築基準法とは全ての法律に対してそんなに優先されるべき法律なのでしょうか。限度はあると思います。
- 北・西側の4m道路は明石小学校の通学路になっているばかりでなく、聖ヨゼフ幼稚園児、近隣の会社に通うサラリーマンの通勤道路ともなっており、朝夕の通行人は想像以上に多いのです。オフィスビルであれば窓を開ける機会も少なく、落下物で、通行人に被害が出ることはほとんど考えられませんが、マンションともなると数十年という長い期間で考えると落下物の危険性は非常に大きいのです。
2003年2月の中央区の『区のおしらせ2月1日号』によれば、「ビル外壁仕上材等 落下防止のための点検を」との見出しで「古いビル等の外壁仕上材などの落下は重大事故につながる」こと、「古い建物で維持管理の行き届いていないものほど落下の危険が大きくなる」ことを指摘し、日頃から建物の防災安全点検を呼びかける趣旨の記事が掲載されました。
これらの危険を防止する意味からも丸紅明石町マンションのセットバックを2m以上にし、植樹をしておけば、通行人に対する被害は最小限に留めることができるとして、丸紅に再三にわたって要望したのですが、一顧だにもしようとはしませんでした。中央区の地区計画も目標に掲げている、整った街並み、歩行者空間の確保と緑化の推進、安全性と快適性の増進のための空間を整備し、緑豊かな街、安全で快適な街づくりを目指す観点からも、2m以上のセットバックが是非とも必要なのです。
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5.丸紅明石町マンションは、なぜあんなに容積率ギリギリに建てるのでしょうか。狭い北側道路面は何と横幅53mに及び、高さ36m、その威圧感は想像を絶します。 |
- この明石町という街は、歩いて2〜3分で隅田川がのんびりと流れ、聖路加タワー、聖路加病院の緑いっぱいの緑地空間、聖路加看護大学の自然なたたづまい、近くにはあかつき公園、築地川公園、昔からの史跡も多く、マンション計画地近くは昔ながらの下町の雰囲気が漂う物静かな街なのです。住民たちはここに厳つい規模のマンションが建つことを誰が想像していたでしょうか。建つとしても、もっとゆとりのある、緑地と空間を住民の誰もがイメージしていたはずです。もっとゆとりある建て方ができるのに、なぜそうしなかったのでしょうか。もしゆとりのある設計が、建築基準法等で制約されることがあったとしても、住民を味方にして、行政に対して法の弾力的運用を検討してもらうことが十分可能であったはずです。法律が人より優先するのではなく、人の幸せが優先され、その幸せを実現するためにこそ法律はあるのですから。
住民の人権を全く考えずに、企業の利益のみを追求するようなマンション建設は、例え建築基準法等に適合していたとしても白紙撤回すべきです。仮に建物が完成していたとしても、これを取り壊し、再度住民と話し合い、建て直すべきです。
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もはや永年にわたる住民無視のマンション建設の悪い慣習は断ち切るべき時代に入ったのではないでしょうか。 |
既存の住民と新しい住民とが協調・共存し生活できる、既存住民への提案型のマンション建設へと流れを切り替えていくべき時がきております。
私たちは、ようやく開くことができた「統一説明会」で、何度も設計変更を要望いたしました。私たちは話し合いで丸紅に、少しでも住民に配慮した「設計変更」をお願いするつもりでした。しかし、丸紅は「事業計画に影響を及ぼすため『設計変更』はできない」「皆さんが建物の規模とか、壁の位置とか、そこが一番こだわられるお気持ちは分かるんですけれども、そこだけは我々どうしても譲れない」「変えたくない」の一点張りで住民の声を聞こうともしませんでした。丸紅が変更を認めたのは、
- ごみ置き場とごみ収集口の位置の変更
(西側4m道路側 → 東側42m道路側へ変更)
- バイク置き場と出入口の変更
(北側4m道路側 → 東側42m道路側へ変更)
- 南側マンションの窓と計画建設の窓が1mの間で見合いになることの改善
等だけです。1.の原設計での「ごみ置き場とごみ収集口」では、西側4m道路上に横幅2m50p〜2m60pのごみ収集車が週2回止まり、150戸のごみを収集することになっていました。150戸のごみ収集に一体どれだけの時間がかかるのでしょうか。その間、4m道路の3m位をごみ収集車が占領するのです。ごみ収集車が止まっている間は、自転車も通れない程になるのです。通学・通園の児童や通行人にとって危険な状態になること位、誰にだって分かるはずです。2.の原設計での「バイク置き場と出入口」は、北側4mの狭い道路側になっていました。北側道路は通学・通園路です。通行人も多く通ります。そのような道に、なぜ10台ものバイクの出入口を設ける必要があるのでしょうか。ただでさえ、北側道路は150台の自転車の出入口になっています。それだけでも、危険なのです。その上バイクも出入りされたのでは、住民はたまったものではありません。3.の原設計での「南側マンションの窓と計画建設の窓が1mの間で見合いになる」ことも、南側マンション住民のプライバシーなど何も考えなかった結果です。1mの目の前に他人の家の窓ができるなど、誰にとっても嫌に決まっています。いかに丸紅が住民の人格を無視しているかの証左です。住民にとっては当初の原設計がそもそもおかしかったのであって、とても丸紅が住民の意見を聞いたとは思えません。むしろ、初めから、住民に一定の譲歩をしたと思わせ、反対の声を抑えるために、部分的設計変更をすることを前提に、意図的に原設計に織り込んでいたのではないかと思われてなりません。そうでなければ、あのような原設計は出てこなかったはずです。元々が一般常識に照らしておかしい、信じられないような設計だったのです。
そして、私たち多くの住民が「セットバックを基本とした設計変更」を求め、話し合いを切望しているにもかかわらず、1月23日に突然「『(仮称)丸紅明石町計画着工のご案内』がポストに投げ込まれ
丸紅は1月17日の「(仮称)丸紅明石町計画工事説明会」で、「『協定書』を結ばないと建築工事ができないというふうには思っていませんので、工事の方は進めさせていただきます。」「計画段階で(設計を)住民にどっちにしましょうかなんて、ありえない」といっていました。(丸紅は平成14年11月28日の「第二回統一説明会」の時に、「我々の今お話したこの点に関しましては、また同じ話をするしかないんですが、その上でもう一度説明会を開きたいという、そういうご要望だということで。」といいながら、1月17日に突然「工事説明会」切り替えたもので、住民の要望を無視したものです。)困り果てた私たちは中央区に「話し合いあっせんのお願い」を提出し、中央区を交えたあっせん協議がはじまりました。しかし、その間も工事は進められ、モデルルームがオープンし、販売がはじめられるに至りました。まるで、バブル期の不動産業者のやり方そのものではありませんか。地域住民との共生、共存を考えた誠意あるやり方とは到底思えない仕打ちです。
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ある日突然、家の前に高さ36m、幅53mの壁が立ちはだかり、子孫の代までも終日、日照を遮られて黙って納得する人間がいるでしょうか。 |
都心でのマンション建設は、通勤時間の短縮、通勤ラッシュの緩和などそのメリットには大きなものがあります。中央区明石町も同様であり、良質なマンションが建設されることは誠に有意義なことであります。しかし、過密な都心におけるマンション建設では、特に以下の点に留意を重ねて、細心の注意を払うことが本来の姿ではないでしょうか。
- 今日まで受け継がれた歴史や景観に充分配慮した設計であること。
- 当該のマンションが近隣住民にどのような影響を与えるか十分な検討を行うこと。すなわち、日照、景観、圧迫感、安全性、環境、風害、健康への影響、経済的利益などの観点からの検討を行い、住民への影響を極力少なくすること。
- 地域住民へのマンション建設の告知とその内容の説明を充分に行うこと。
- 地域住民からの各種の要望については特に充分に話し合い、可能な限り設計に盛り込むこと。住民の要望が受け入れられない事案については、その理由、具体的な根拠を提示し、住民の納得のいくまで充分に話し合うことが重要である。
新たにマンションを建設するということは、既存の街の中へ既存の住民の中へ入っていくことです。
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既存の街があり、既存の住民がいるからこそすなわちそこにコミュニティが存在するからマンション事業が成り立ち、新たに入居する住民も生活できるのです。 |
従ってマンション建設には、既存の街と住民に計画全体を調和させる考え方が極めて重要なのです。
しかしながら、都市部においてマンションを建築する場合、近隣の多くの住民と様々の摩擦が生じます。その際の近隣住民の対応は、
- 最も多いのは、はじめからあきらめてしまうケースです。反対を言い出しても、こちらの要望が通るどうか確信が持てない、住民運動をどう進めていいのか分からない等、様々な理由がありますが、今までの判例等から、争っても勝てるわけがないと多くの人が思い込んでいることです。
- 次に多いのは、反対をして裁判の直前まで行くが、裁判をするにも弁護士費用等多くのお金がかかるために断念してしまうケースです。また、裁判で争っても勝てるかどうか確信が持てないため、裁判までの決断ができないのです。
- また、裁判になっても多くの場合は和解を奨められることが多く、しかも和解金は少額であることです。日照権などは十数万円程度と多くの人々が思っているのです。そのことも、裁判を躊躇させる一因となっています。
- たとえ、建築差止申立が認められたとしても、何千万円、時には何億円もの保証金を裁判所に差し入れる必要があり、そのようなことは一般の住民には不可能です。そのため、たとえ建築差止が認められる状況にあるとしても、一般の住民は建築差止の決定を受けることができません。やむなく少額での和解の道を選ばざるを得ないのです。裁判においても住民に極めて不利な歴史がありました。そのことが人間尊重、人権尊重への配慮を無視し、軽視したマンション建築を一層助長してきた要因にもなっているのです。
このように建築業者と住民の力関係は、資金や社会的な力関係だけではなく、行政や司法の場においても圧倒的に業者側に有利でした。そのため業者はできるだけ少額で住民を黙らせ、和解に持っていくノウハウを積み重ね、ますます人権を無視してきたのです。これが悲しいことに従来の我が国の現実でした。
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しかし、既に述べましたように、人間尊重、人権尊重の世界的な動きは、我が国のマンション建築にも影響を及ぼし始めています。 |
良識ある企業は事前に2,3の案を住民に提示し、住民と共に地域に根ざしたマンション建築をおこなうケースが多数見受けられるようになりました。既存の住民と共に設計を考え、住民との共存を図った例は、明石町にほど近い中央区役所前で三菱地所が計画している分譲マンション、「銀座タワー」にも見られます。「姉小路界隈を考える会」では、マンション事業者とパートナーシップを組んで「土地利用検討会」をつくり、その結果、11階建て、容積率400%を8階建て250%に修正した例もあります。また有名な東京都荒川区の「荒川ルール」では、事業者に早い段階で計画内容を住民に説明することを義務づけると共に、住民も要望を「意見書」としてまとめ、区長に提出することになっています。そして、住民の要請に応じて建築や法律などの専門家を「地域環境アドバイザー」として派遣し、住民の意見をできるだけ取り入れた事業計画とするよう事業者に働きかけることになっています。
さらに、人間尊重、人権尊重の動きは、景観権の主張にまでおよんでいます。国立市の通称「けやき通り」沿いに、「建物の高さはけやき並木の高さ(約20m・7階建相当)を超えないように」との住民の申し合わせを無視して建設された明和地所のマンション(14階建44m)は違法として、東京地裁が高さ20mを超える上層階の撤去を申し渡した判決(2002年12月)は記憶に新しいところです。
また、今年3月には、名古屋地裁が名古屋城から東へ1qほどに位置する伝統的な町並みについて景観の利益を認め、国立市と同じ趣旨の仮処分決定を下しました。決定文の一部「地域外から(建設業者が)参入する場合、地域の伝統や重要なルールなどを尊重すべきこと」は、明石町に住む私たちにも感慨深いものでした。名古屋市の白壁地区は、武家屋敷の町。そして、築地明石町と言えば江戸幕府の拝領地から明治開国に伴う外国人居留地として、長い間、良好な住環境を保ってきた地区だからです。
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さらに、2001年7月13日の山形地裁の決定は私たちに希望を与えてくれます。 |
同決定は「日照権は住民の健康で快適な生活利益を保護するための人格権であるとして、『条例制定の有無にかかわらず考慮すべきであって、受忍限度は建築基準法が定める日影規制を目安に判断するのが相当である』とし、5階以上の建築を差し止める仮処分を下しました。
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まさに、人間尊重、人権尊重を重視した貴重な決定だと思います。 |
モノの世紀からココロの世紀へ。21世紀以降、人々の住まいに関する意識は、大きく変わりました。「『住』という字は、人が主」とは、言い得て妙ですが、私たちは今はじめて人間が主人公である住環境を実現しつつあります。これらの動きは、住民にとどまらず、これまで人口拡大、税収増を目的に容積率を大幅に緩和してきた中央区も政策を転換しました。明石町を含む住居系地域においては、容積率の緩和係数を1.4倍から1.2倍に大幅に引き下げる検討を始めました。国土交通省は、大規模建物の建設時に、緑化区域の設置を義務づける法案「(仮称)都市公園緑地法案」の、2005年度までの施行を目指しています。法案は、敷地の20%程度を最低限として、緑化面積に応じて容積率を割り増し、固定資産税の軽減を計るというもので、都市環境の改善やヒートアイランド現象の緩和を目指すとしています。
司法が先駆的な判断を示し、立法が補完し、行政が反映するという、三権の理想的な姿を、しかし本来あるべき姿をここに見る思いがします。
「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、衣食に不自由がなくなった今、私たちは住においても共生の礼を、
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すなわち限られた地域の中では、互いに譲り合うことでコミュニティとしての快適な空間を維持するという、マナーとルールを復権させる必要があります。 |
そしてこれを常態化しなければなりません。明石町の住民は、過去何百年もの間、このようにして、この地に住んできました。
住むとは澄むこととも言います。しかるに丸紅の計画は、企業のエゴを丸出しにしたような無謀なものです。丸紅明石町マンションは北・西側の4m道路に対し、わずか50cmのセットバックしかとっておりません。そしてバルコニーが設けられることになっています。この4m道路は近所の明石小学校、聖ヨゼフ幼稚園の通学・通園路になっているのです。将来における落下物による幼い学童・児童の危険に対する配慮など微塵もありません。丸紅は私たちが中央区にお願いし、やっと実現した「統一説明会」の席上、「北側2棟の民家及び賃貸マンションである丸菱マンションは日照はゼロになります」と明確に言い放ちました。南側のマンションのシャルマン築地明石町ともわずか50cmのセットバックしかとっていないのです。シャルマン築地明石町は東側のわずかな部分は隣地境界からセットバック50cmですが、その他の大部分はセットバックを約4mとっているにもかかわらずです。丸紅は建築基準法や中央区の地区計画が許容する最大限の容積率を使って建築計画を立てたのです。そこには、近隣への配慮や幼児を思いやる心など微塵も感じられません。
従来のマンション建設では、
- 地域環境と住民生活に配慮する考え方よりも、限られた土地から最大限に利益を生み出す建物を優先させるために、地域住民とのトラブルが耐えない。
- 住民に対し十分な説明と話し合いをせずに、建築工事を強引に進める。
- 強引な工事進行に困った住民が団結して工事の進行を送らせる行動に出ると自らの非を棚に上げ、写真、ビデオ等を証拠とし、住民を営業妨害で提訴するといったような前時代的な行為が行われている。このような高圧的な手段に、住民は徐々に去っていき、ほとんどの住民運動は鎮圧されることとなる。
- 住民側は、このような紛争に無知なために運動が後手後手となるが、その点につけ込み、事業者は一気に工事を進めて既成事実を作り上げ、法廷に持ちこまれても有利な状況を作り上げてしまう。
- 裁判で争って事業者に一定の非が認められても、建物は完成、またはそれに近い段階まで出来あがっており、小額の和解金で住民側はやむなく妥協せざるを得ない。事業者側にとってマンション建設は僅かな和解金を支払うことで予定通り完成してしまう。
事業者は、住民との長年のあつれきの中で独自のノウハウを構築しており、住民無視のマンション計画であっても、多少の住民の反対運動があっても、工事を強行し仮に裁判になっても僅かな和解金でカタがつくことを熟知しています。
従って違法スレスレのマンション計画は一向になくならないのが現実であり、住民はいつも悲しく引き下がざるを得なかった歴史があります。また、裁判費用も住民にとっては莫大であり、おおかたの住民は訴訟さえ起こせないのです。このようなシステムも事業者が傲慢かつ強引にマンション建設を行う原因にもなっています。この悪循環をどこかで断ち切らねばならないのです。
その良い例が国立市と名古屋市白壁地区の判決であったと思います。時代の流れが変わり始めたのを感じます。人間尊重の価値観が認められ始めたのです。
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住民無視のマンション建設の歴史を、なんとしても変えたい、これが私たち明石町の住民の願いなのです。 |
仏法では人間に生まれてくる確率を「1トン程の岩に1000年に一度天女が下りて来て、着ている羽衣で岩をさすることによって岩が擦り減って無くなるほどの年月」と喩えているほど、人として生まれることはまれで尊いこととされています。
人それぞれ一度しかない人生を皆が幸せに暮らしたいと、誰もが願わずにはいられません。この、人の幸せを阻害することつまり「人に迷惑をかける」ことは何人といえども許される筈はないのです。
当然、共同社会にあっては、受認限度以内、常識的に我慢でき得る範囲で、無言のルールによって平穏な社会が保たれているのではないでしょうか。
この「一般常識」や「モラル」と言われているルールの上に法律が出来て運用され、初めて円満な社会が営まれるのだと思います。このモラルは、人間生活のありとあらゆる場面で人が無意識の内に判断し、行動に移すという社会生活上欠くことの出来ない重要なファクターといえます。
今回の丸紅明石町マンション建設も、建築基準法という側面から見た場合は適合しているといえるかもしれませんが、社会生活の原点となるモラルの欠如はいかんともしがたいのです。丸紅はもっぱら人間にとって最も尊いものは人権ではなくお金、つまり自社(丸紅)の利益であると固く信じて行動するために住民との話し合いも、いつも平行線を辿り、誠意のなさに終始し、物別れに終わるという現実を呈することになりました。
ここに、地域住民の人権を尊重する、人権を守るという観点から見ると極めて重大で許しがたい問題が浮き彫りにされてきました。
建築基準法とは人格権をも優先する法律であるのか、そもそも法律とは人格を最も尊重ならしめるために存在するのであり、法が存在する為に人権がおびやかされたとあっては主客転倒です。全ての法に対して人格権は優先されるべきです。従って建物は建築基準法等に適合していたとしても、現在の住民への影響を十分配慮して設計すべきです。しかるに丸紅は住民に全く配慮せず計画を強行してきました。更に説明会、工事の進行において、住民無視、強行一本槍で企業エゴを貫徹しています。このままでは、工事が完成すれば丸紅も認める通り、僅か4mの道路を隔てて北側に接する住民は日照を得ることが出来なくなります。しかも36mもの壁の圧迫の中での生活を余儀なくされる事になります。これが人格権の侵害でなくて、外の何でありましょうか。
当該マンションの建設地は2種住居地域です。建築基準法によれば、「主として住居の環境を保護するための地域」とされます。明石町の住民は法に依らずとも、これを規範意識として、譲り合いながら住み良い街の環境を守ってきました。
私たちは今、物質中心の社会から本来あるべき人間中心の社会へ向かう大きな転換点に立っています。そうした中で、果たして従来のように財産権を重視し、あたかも人格権が財産権より軽視されるようなことが許されるのでしょうか。私たちはここ明石町にとどまらず、一企業の利益優先のために泣き寝入りするほかない住民を二度と出したくはありません。中央区を、そして東京を住み良い町にするために、裁判官様の深甚なるご英断を切望いたします。 |