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「百姓天国」事務局からNo.44(1999年12月9日発行)
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◎編集会議の個人的な報告
 今回はイベント情報その他はすべてお休みして、12月7日に茨城県で開かれた「百
姓天国」編集会議の報告です。私が地球百姓ネットワークの事務局を担当している以
上、この報告を「個人的な」と題するのはちょっとおかしいようなものでもあります
が、そのあたりの理由も力が及べば書きたいと思います。長くなりますので、お忙し
い方はお暇な折にお読みください。

◎まず、はじめにお詫び
 今回の編集会議は、泊り込んでじっくり議論を煮つめたいとのことから、鯉淵学園
の中島先生に無理をお願いして、同窓会館をお世話いただきました。また、議論が空
転しないように、出版関係の方々にもご多忙の時間を割いてのご出席を頂きました。
ところが、準備不足であまり議論らしい議論ができず、せっかくの機会をもったいな
いことをしてしまいました。遠路をご出席いただく方にも決して損はさせないつもり
で企画した会議でしたが、徒労に感じられた方もあったのではないかと思います。直
前になって思いもかけないトラブルで時間を奪われての準備不足でしたが、大変申し
訳ないことをいたしました。さらに、事務局自らが遅刻するとか、夜の交流の段取り
をつけていなかったとか、いろいろ至らないところがありました。まことに、すみま
せん。

◎何を話し合おうとしたのか
 「百姓天国」の出発点は、「百姓の百姓による地球人のための本を作ろう」という
ことでした。そういう思いと必要性があって、その結果が「百姓天国」という形にな
ったわけです。この原点に立ち返る限り、問題は「百姓天国」ではなく、「いかに現
場の声を広く伝えるか」ということだということがわかります。
 そういう意味では、現在発行している隔月刊の雑誌では、不十分です。では、どう
やって情報を伝えていくのか。独力で「百姓天国14集」を発行する力は現在のネット
ワークにはありません。それでも、ネットワークには十分に実のある情報を発信して
いくだけの力はあります。であるならば、ネットワーク外の力といかに協力していく
かを考えねばならないはずです。そのとき、例えば「一緒に本を出していこう」とい
う提案をくれた「田舎暮らしネットワーク」との関わり方や、場合によっては商業的
な出版社や雑誌との関わりなどを考えねばならないのではないかと考えたわけです。
これから先、どことどんな関わり方で情報を発信していくのかを探る話し合いをと考
えていました。

◎何が話し合われたのか
 しかし、上記のことだけでは非常に漠然としています。実際の議論は、もっと具体
的な項目についていろいろと検討することでしか行えないでしょう。そういうタタキ
台を用意できなかったことが、「準備不足」の意味です。
 多少とも具体的な提案は「田舎暮らしネットワーク」からの「一緒に本を出さない
か」という提案でした。ですから、主な議論はそこから始まりました。農村の現状や
土地問題などについて、さまざまな補足する話題を交えながら話し合いが進みました
が、基本的には「今、本を出す力もないのにそういう話でもなかろう」ということに
落ち着きました。
 また、交流会や就農説明会の企画も、具体的な項目でした。交流会に関しては、去
年に引き続き「熊野出会いの会」を企画している麻野吉男さんから今年の企画説明と
協力要請がありました。また、就農説明会については、内容やどういうところに呼び
かけるかなど話し合われ、出版関係からの協力のお約束も頂きました。しかし、細部
にわたって検討するほどの材料も用意していなかったことから、話は漠然としたとこ
ろにとどまりました。
 もうひとつの重要な議案として隔月刊の雑誌の刷新について話し合いたいと思って
いたのですが、こちらもタタキ台を用意できなかったため、「こんな感じでいいんじ
ゃない」といった程度のものしか出てきませんでした。それでも、これまであえて採
用しなかった特集制をとろうとか、取材記事の手配を年間スケジュールを組んで行お
うとか、貴重な前進はありました。また、「自給菜園」に関しての連載をスタートす
るということで、懸案をひとつ解決しました。
 このように、個別には収穫がありましたが、結局のところこれらを総合して「どう
いうふうに情報を発していくか」という方向性にまとめ上げるには至りませんでした。

◎松本は編集会議に何を期待していたのか
 この秋、私個人には大きな動きがありました。7年あまり前に突然の事情で東京を
離れることになって以来、平穏に過ぎた時間などほとんどなかったとはいえ、やはり
ひとつの大きな決断をしました。
 私は、学校をやめて以来、ずっと編集屋として食ってきました。それも、子ども向
けの問題集という非常にマイナーな分野の専門で生きてきました。もちろん長い経歴
のうちにはそれ以外のさまざまな本にも関わりましたし、ここ数年は「百姓天国」の
仕事がかなりのウェイトを占めるようになってきました。編集業として、4年あまり
前には事務所をつくってスタッフを入れ、何とか軌道に乗せようと一緒にがんばって
きました。
 この事務所を、来年は離れる決意をしたのがこの秋でした。格好よくいえば「後進
に道を譲る」ということですが、実質的には、経営に失敗して、仕事のかろうじて採
算の取れる部分だけをスタッフに退職金代わりに渡して事務所を畳むのに等しいこと
になります。来年からどうやって食っていくのか、「どうにかなるさ」ということし
か言えません。
 これはある意味で敗退なのですが、別な意味では自分のいちばん力を注ぎたいこと
に全力を注げる身に戻るということを意味します。雑誌の編集も、百姓仕事も、それ
ぞれに限られた時間の中で不本意な仕事しかできていません。来年はそこに全力を注
いでみようと思うのです。
 しかし、私は全体を見渡して仕事の方向を定めるのが苦手です。目の前に積まれた
仕事をともかくも片付けていく能力はあると思うのですが、そこに埋没して全体が見
えなくなる傾向があるのです。
 そこで、今回の編集会議で、私は来年一年、自分の進む方向を定めたいと願ってい
たのです。「松本、おまえはこっちに進め」という指示さえ得られれば、来年は疑わ
ずそうしようと思っていたのです。

◎個人的な編集会議の結論
 しかし、すっかりトウのたった大人が、そういう指示をもらおうなどというのは甘
えでしかありません。会議がどことなく空疎に空転したのは、準備不足だけでなく、
そういう私の甘えにも原因があったのでしょう。
 それでも、編集委員の方々の意見を聞きながら、私には来年私が進むべき方向が見
えてきたように思います。それが、私にとって最大の収穫でした。
 今回の編集会議程度の議論であれば、何も全国から編集委員が集まらなくとも、電
話やファックス、電子メールの打ち合わせで十分だったのかもしれません。けれど、
私個人としては、編集委員に集まっていただいてはじめて、自分自身の仕事が見えて
きたのだと思います。それが、この報告が「個人的」なものになった理由です。

 さて、その結論です。
・来年は、事務局として、裏方の仕事だけでなく、表にも出ます。
・イベント、出版などを含め、小さな企画に関しては、編集会議に責任を預けること
 なく、独自の判断で積極的に前に進めます。
・立ち上げ当時からのネットワークの方々の意見だけでなく、第二世代、第三世代の
 意見を広く聞いて、活動に反映させます。
・できるだけ全国に足を運び、ネットワークの人々に直接会って交流を深めます。ま
 た、実務面での小さなミーティングがもてるようにします。

◎結局は個人的な思いから
 思い起こせば、地球百姓ネットワークは、あくまで「ネットワーク」に徹してきた
集まりです。まず個々の現場があり、活動があって、その情報を交換したり広く伝え
たりする必要性から本を出してきたのです。そういう意味では、地球百姓ネットワー
クの方向性を云々することなどナンセンスです。何よりもまず個々の現場の活動があ
り、そこで伝えねばならないメッセージが出てきてこそ、ネットワークが成り立つの
です。
 私も、いつまでも事務局という楯の陰に隠れるばかりではなく、思い切って自分自
身のメッセージを発信していこうと思っています。

地球百姓ネットワーク事務局
松本淳
〒620-0046京都府福知山市南本町134Fujiビル3階
エ0773-22-0837
e-mail : book@mxa.nkansai.ne.jp
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