第38回ふわふわ〜む記録集

バッタとイナゴは違うものですが、この区別は学問的には難しいものです。外観で「これはイナゴで、こちらはバッタだ。」とは言えるのですけど。この豊田ビオトープで見られるものは後で詳しく話しますがハネナガイナゴだと思われます。
バッタ目イナゴ科の中形で体色は緑黄色ないし緑褐色をしています。頭部前面にある複眼の後ろと前胸背の背中にかけて暗茶色をしていて、これらはつながっているように見えます。先ほどのイナゴとバッタの区別ですが、イナゴ科には前足つけねのところに「のどちんこ」みたいなものが見られます。のどのところを見るとすぐに分かります。イナゴは北海道から九州まで広く分布しています。以前はもっともっとたくさん見られました。これらの仲間は地中で卵のまま越冬し、6月頃になって他のバッタ科に遅れて孵化してきます。卵は湿気にあうと腐ったりするようですが、逆に乾燥に対してはとても強いのだと言われています。干ばつの年には1平方メートル当たり6000匹もの孵化が見られたという事例報告もあります。イナゴは稲子(いなご)であり、イネ科植物のメヒシバ、オヒシバ、エノコログサ、アズマネザサ、カゼクサ、ススキなどを食していますが、これらはイネの文化とともに勢力を拡大していったものと思われます。そしてここで見られるように葦やガマの葉、ハト麦の葉なども食しています。幼虫は5〜6回の脱皮を繰り返して成虫になります。今捕獲したものは尻の先よりも羽の長さが5ミリほど長いです。他のイナゴもとらまえて観察してもほとんどのものが尻先より羽が長いので、これはハネナガイナゴであろうと仮にしておきましょう。でも中にはコバネイナゴの仲間にも長羽個体があるそうですから一概には特定はできません。イナゴは他のバッタ類と比較すると泳ぎ方がうまいと言えます。試みに色々な種のバッタを水面に置いて観察してください。イナゴは後ろ足の泳ぎ方も上手ですが、水面をすべるように泳ぐ際に羽も羽ばたかせて、うまくいけばそのまま空中に舞い上がるものも見られるはずです。バッタの仲間は羽を大きく広げた状態で、その羽をべったりと水面に広げてしまうのでおぼれやすいようです。でも泳ぎ方を教わったわけでもないから合格でしょう。                                                                       
昆虫図鑑によれば                                                            ハネナガイナゴ:頭と胸の側面に黒い筋がある。体長はオス17〜34ミリ、メス21〜40ミリ。羽は腹端をこえ長い。水田やその近辺の湿った草地に住む。関東以西の本州、四国、九州に分布する。古語では蝗(いなご)。
コバネイナゴ:前種と同様な色をしているが全体に太目の感じがする。イネ科植物を食う稲子(イナゴ)で、体長は25〜35ミリ。前羽は尾端にやっと届くか、またはこれよりも短い。昔から重要な高蛋白資源となってきた。

日本の古い記録としては明治13年十勝地方の蝗害(こうがい)があります。蝗はイナゴを指します。当時の文献によると「バッタ群飛して、来たり。海岸に向いて去る。天為に暗し。」などと書かれています。しかし世界の蝗害ははるかにもの凄いもので、東アフリカで発生した群れの規模は日本の国土の半分という広さを覆い尽くし、その数は1120億匹だったそうです。こうした蝗害は洪水とか大火災とかの天災がきっかけとなることがあるようで、逆に堤防をつくり、河川改修が進むとバッタの大発生はなくなるというのです。同じように人間の営みで耕作する畑地が広がることもバッタの勢力分布と関係があることが分かってきています。これは私的な仮説の域にしか過ぎませんが、日本のイネの品種改良がイナゴの激減に関係しているのではと思っています。どういうことかというと、このミニ水田を見ると分かる通り、コシヒカリと古代米とが混植されています。コシヒカリは早場米として台風の来襲時期の前に収穫を終えられるように品種改良されたイネです。古代米は以前の品種ですが、収穫時期に大きな差があることに気づかれたはずです。古代米はまだまだ開花中の株さえ見られますから収穫は10月に入るでしょう。この現象をイナゴの生活史と重ね合わせて考えるとイナゴと古代米との生活パターンが自然であり、イナゴとコシヒカリとの生活パターンは不自然であることに気づきます。交尾期の9月中旬から10月にイネの存在が見られなくなった現在はイナゴにとって住み難くなってしまったと言えます。このことは気候的条件と稲作環境が一致する東北地方にはイナゴの群れが今も認められるということと、符合しています。('―'*)
     
さて日本には少なくとも8種類のイナゴがいるようですが、1950年、故、大町文衛博士によりオスの交尾器の形でコバネイナゴとハネナガイナゴの確実な区別点が明示されました。その区別法からすると豊田ビオトープに見られるイナゴはハネナガイナゴであると言えそうです。このイナゴたちは1960年ごろから農薬の使用の影響を受けて随分少なくなったといわれています。そして最も影響を受けたのがハネナガイナゴです。現在では農薬も改善が進み、イナゴたちにも復活の兆しが見えてきたとも言われますが、東北では依然として稲の害虫として扱われ、イナゴ防除要否判定基準による農薬駆除が実施されています。それによると出穂1ヶ月前、20回の掬い採りでイナゴ100匹以上の数となれば農薬防除が実施されることになります。若齢幼虫は畦畔部分のイネ科雑草を食害し、中齢から本水田に移動し始め、稲を加害する事が分かっているので指針では「薬剤散布を行うときは畔の草刈りを行った後で、畔も含めて農薬を散布する」とされています。6月上旬から7月上旬に摘要される農薬はオフナック乳剤の1000倍稀釈液などがあげられていますが、最近の水稲殺虫剤としてはダントツ粉剤が注目なのだそうです。説明書きによるとダントツは従来のクロロニコチニル系化合物とは構造的に異なるクロチアニジンを有効成分とする殺虫剤で、半羽目、双羽目、甲虫目、鱗羽目、アザミウマ目、直羽目といった各種害虫に効果を発揮し、低濃度で幅広い殺虫スペクトラムを発揮、即効的にかつ、長期間に渡り効果が持続します・・と記述されていました。ウンカやカメムシが散布後、2日経過するといなくなるのと同時にイナゴもいなくなってしまうのは実に残念なことに思われてなりません。それは古来からイナゴは重要な蛋白資源とされてきたことからもいえます。それでは次に日本的な伝統文化とは何か?自然を守っていくとは具体的にどういうことか?を考えましょう。                                                                

ヒトは食べていかなければなりません。人類の歴史は食生活の歴史であり、その始まりは昆虫食でした。そしてそれが果実食になり、肉食の時代を経て定住生活の穀物食となり、現代のように雑食となってきたのです。そうした中でイナゴは現在も佃煮などとして広く販売されているのです。その量は年間で国民の一人あたりの匹数は3匹になるというから驚きです。その料理法はイナゴを一晩絶食させて内容物を排泄させてから熱湯に入れ、3分ほど煮沸させます。ざるに引き上げて天日で2日間ほどカラカラになるまで干します。そのままでも食べられますがイナゴ500グラムに砂糖200グラムとしょうゆ150gの割合で中火で煮詰めると出来上がりです。その他の食べ方には粉末にしたり、だしの元にしたり、イナゴのなめ味噌にしたりと色々な工夫がこらされてきました。もっと簡単な食べ方は油で揚げたり、そのまま焼いて食べるとエビのような風味があっておいしいです。イナゴはタンパク質が多く、鉄分、ビタミンA、B、B2、Cに富んだ栄養価のうえで高く評価されるものです。そのほかにも日本の昆虫食としてはゲンゴロウがとてもおいしいのだそうです。つい最近まではゲンゴロウ、タガメ、ガムシといった水生昆虫は昆虫食の花形だったそうです。不謹慎な話をもう一つだけ言うと、大量に採取できたことや蛋白源として重要だったこと等から缶詰での大量かつ安定供給のお話です。せみのから揚げの缶詰は超人気で、リンゴの木に網を巻いておくと、その中に大量のセミが夜の間に入るのだそうです。市販の缶詰としては「セミのから揚げ」「ザザムシ(トビケラの幼虫)の缶詰」「カイコガ蛹大和煮の缶詰」「はちの子の缶詰」が以前はあったそうです。その他の日本昆虫食で変わったものとしてはテッポウムシ、スズメガ、イラガの前蛹、ヤマアリ、トンボ、カマキリ、コオロギなどがあげられます。世界の昆虫食はもっともっと驚きで、何とカブトムシの幼虫やハエ、ゴキブリなどで、しかも現在でもおいしそうに、ごく普通に食されているのだということですから、これは全面的に降参です。(^^;)

東京の豊島遊園地には「生きた昆虫館」があって、その生みの親は矢島稔という昆虫博士です。その矢島さんの著書に「黒いトノサマバッタ」というのがあります。四季を通じての飼育ですから冬期のエサの確保が大変だったようで、試行錯誤の結果から小麦が見つかりました。広くイネ科の植物を食しているはずなのに何故にコムギなのか、そのなぞを解く鍵は「忌避物質」だったそうです。植物には害虫に葉を食害されないように、虫の嫌う、ある種の天然農薬様物質を発散させる力があるのです。虫に葉をかじられると近くの仲間に伝達する能力を持っていたのです。この忌避物質を出す力は若い植物のほうが強いことなども分かってきています。つまり他のイネ科の植物でオオムギなどには忌避物質を出す能力が強いため、バッタ類は主食として避けたということです。コムギは忌避物質を出す能力が少ないのでしょう。さて先ほどの「黒いトノサマバッタ」の結論ですが、幼虫の時期から集団で飼育を続けていると全部のバッタが「黒いトノサマバッタ」に変色するのだそうです。実に昆虫の世界には奇妙な出来事が展開されています。今後も一緒に見ていきましょう                                                    

バッタの一生
1.産卵    9月中下旬から地中に産卵する。
2.孵化    5月初旬に地中の卵鞘(らんしょう)から地表面に出てくる。同時に柔らかな膜の背中が割れ、脱皮する。
         1齢幼虫。体長は5ミリ。
3.脱皮    6日ほどで1回目の脱皮をする。(2齢)
4.脱皮    6日ほどで2回目の脱皮をする。(3齢)
5.脱皮    6日ほどで3回目の脱皮をする。(4齢)
6.脱皮    8日ほどで4回目の脱皮をする。(5齢)
7.脱皮    10日ほどで5回目の脱皮をする。(6齢)
8.脱皮    6回目の脱皮で羽化する。
                  
ただし成虫になるのに5齢のものや7齢のものも存在する。
バッタの終齢幼虫

ハネナガイナゴの成虫
ハラビロカマキリの成虫
ここにイナゴがいなくなった理由が隠されていた

ミニ水田にはコシヒカリと古代米が混在
そしてトンボがトンボを襲っていた