朝 陽 ( 一 ) 日本海に面した標高400mほどの小山があります。とんがった頂きからは半円形の 入り江と入り江の彼方に点在する小島が見える。ひいふーみーと指折り数えられる。 小山の麓から登山口である寺の境内まで自転車に乗って夜が明けきらないうちに このところ毎日通う若者がおりました。彼は境内の外塀に自転車を寄せてから 登山口を登って行く。境内の掃除が終わり朝食の準備が整った頃に汗を拭きつつ 登山口から境内を抜け、自転車に乗って何処へと帰って行く。 ある日、境内に足を踏み入れた彼に声をかけた。 「おはよう、毎日ご苦労さん」 青年は疲れた表情をしつつ低いかすれた声で挨拶した。 「おはようございます。毎日境内を通らせてもらってます。」とぺこりお辞儀した。 たまたまある日、登山口にある階段で足を擦っている彼に出遭った。 「ご苦労さん、」ぺこりとお辞儀する。 「足を挫きましたか」ニコッと罰悪そうにして 「ちょっとした筋肉痛です」と答えた。 「いつも小山で鍛錬でもしているの」「はぁ、鍛錬というほどのことでは・・」 「ここは平坦な処が確かなかったと思うけど、どこかにありましたか」 「いえ、頂きまで往復するだけです。」淡々と答えた。 尋常でない行動であることはすぐに察せられた。なにしろ標高400mの小山とはいえ 海辺に近いわけだから、ほぼ高低さは400mである。それを小一時間で往復する のだから歩いてでは到底不可能だ。 「走って登り下りするのは、またどうして、良ければ聞かしておくれ」 彼は掻い摘んで訳を聞かしてくれた。 (二) 青年は大学の四年生でバスケット部のコーチをしている。後輩にチャンスを与える 為に現役を退きコーチに専従しているのだが、最後の大会を前にしてどうしても 自らの精神的な支えを失っていることに気が付き、身体を酷使することで支えを 宿そうと試みているそうだ。 「座禅等いろいろ試しはしましたが効果なかった。何しろずっと長く現役を続けて いたので身体が言うことを聞かないようです。性格なんでしょうね。物心ついて以来 身体のどこかに故障がある時に気力が最大発揮できる傾向がありますから。」 「なるほど、そういう訳で、日々このような試練を為さっていたのですね。」 「馬鹿げたことです。無意味と思っていてもつい来てしまいます。」 「そんなことはないですよ、世の中、無意味なことは何もないです。人の行為は 必ず結果を生みます。お励みなさいな。」とだけ言ってその場を去った。 それから半年して、寺にスーツを着込んだ青年が訪れた。 「その節は、お世話になりました。もっと早くに伺うはずでしたが、今日になり ました。あれから、大会は初めてベスト8まで進めました。後悔のない大会でした。 『無意味なことは何も無い』というお言葉、実は大会前に選手に告げさせてもらい 彼らも後で大層自信が沸いたと言っていました。」 「そりゃあ、良かった。そんなこと言いましたか」 「はい。それから、あの後、山の頂きで朝陽の美しさに感動するようになりました。 それまで我武者羅に登り下りを繰り返していた時は気付かなかったことでした。 そんなことを就職試験の折に面接の場で語りましたら大層認められ採用されました。 無意味どころか最高でした。ほんとうに感謝してます。ありがとうございました。」 「重ねて、良かったですね。」 青年は見違えるように溌剌とした顔をしていた。