フェアリーテール 竹林を 背に立つ君の 微笑みに 頭を垂れて 月夜に謝意を 仕事でいつも訪れる先に幼子を抱えて時折軒先でひなたぼっこする 人がおられます。かぐや姫のように背筋を正して微笑んで。 なだらかな山間に陽が当たらない斜面一杯に竹林が繁っています。 その竹林の入口近くに一軒家があってそこに彼女は住んでいるのです。 午後になると涼しい谷風が降りてきます。丘陵地の為に竹林の入口までは 日当りがよくて植木の手入れや落ち葉拾いや子供と一緒にひなたぼっこして 過ごしておられる。そこは別世界のようにいつも穏やかな 風情を湛えているのです。「かぐや姫」です。 一年前にある老女から頂いた和歌があります。 『揺れ戻る葉ずれの音のなかましう 風 吹き抜ける竹林の径』 竹林を背にする若妻と老女の面影が重なって不思議なほど 魅了されているのですが・・・・・ 過ぎ去った過去の想いを独り回顧するのはよいけれど取り戻そうと 他人に波及させれば騒々しい葉擦れの音が起きるものです。 なにはともあれ一陣の風は小道を吹き抜けるものであって そう理解することが自然ではありませんかと。 触れてはいけない果実口にしてなお瞼に残る花嫁姿 生真面目に寄り添う掌触れもせず夕陽を染めて石をも砕く あなたが書かれる文章からはこんな詩情が伝わります。 やはり羨ましいほど萌えておられる。 『 未だ見ぬ人 』 少しずつ あなたの襞が 映しだされて 見出して うなずいて独り 涙する これは愛と 呼んでもいいのでしょうか それとも 花咲く前の 新芽がわずか 顔出したと言うのでしょうか あなたの名前 口づさむや 心に暖かな浮遊空間 できるのは 愛と呼べはしないでしょうか それは始まりと言うべきですか 人が人を認めるという踏み絵を 為し終えたことでしょうか 暖かなエアーポケットと 襞の映像によって こころの中から 浮かび上がった泡が 合わさって 私のあなたが 生まれ出る それを未知なる模様の小さな蕾と 言うのでしょうか イメージというものが人にはあって、それが想像力の源であります。 現実を受け入れるに偲びない折りにイメージによって噛み砕かれ 柔らかくされて体内に吸収されていくのです。 ところがなかなかイメージの共有が難しく、その為の様々な共存を余儀なく させるのですが、その場合においても現実という独立した流れを持った津波 が押し寄せるのです。 『 あやとり模様 』 はじめての「わがまま」だった。そうでもないか、 「続きというからには、続きをお願いします。」 その時もオヤッと思った位唐突で気性の鋭さを覚えたもので、 来るなという予感すらなく有頂天で書いた詩に対して まるで無視しているかのような人を刺すような言葉が 異なる方向からやって来る。今回もそうであった。 「男の言い訳は、もうたくさんです。」と努めて冷ややかに言い放った。 どういう意味なのかと考えさせる、考え込んでしまっている私がいた。 「嘘は嫌いです。」と強い口調で突っ撥ねたこともあったが その時も意志の強さを思い知らされた。 言葉の飾りは要らないから身体でぶつけて欲しいという声が聞える。 思考の柔軟性を失うほどに彼女はまいっているのだろうか、 「生きていてよかった…」という発想が出るほどに過敏であるのか… 「そうですね。了解しました。でもまた訪問します。」と私は結んだ。 緊張が走っていた。ただものではないぞこれは。慌てうろたえた。 真剣に望んでいるのに霞みでごまかすなと告げられているような、 どこまでが軽くて何が駄目なのかなにを期待しているのか、 その点が読めない。「読みとれる、はずがないんだよ」と突き離している。 同情は、結構です、第三者的発言はもううんざりです。 今萌えている者にとって、そうでない者が口出しすることではありません。 黙って見ているしかないのでしょうか。 自分はナーバスになっているんだとは言うが 相手からナーバスになっていると言われたくない。 そんなことを期待してない。 「自分を見失いたくないんだ」とも言っていた、 たとえ肉体的に引き摺り回されても見失なわないよう心掛けるという。 あなたは横道に逸れている、そう見透かされているように思った。 あなたの志向することは見失ってはならないよという声が聞える 「私の部屋に土足で入らないで下さい」そういうことでした。 ここの王様は私なんですから悦子の声がした。 淀みに入っているのは私自身であったのかもしれません。 男の言い訳は男の勝手なロマンということなんでしょうか。 ロマンを否定され拒否された男は退却するしかないんだ。 あなたは魔性の域に入っている人なんだ。 そこには傷をなめ合う人々が群がり猫のようにじゃれている。 『未だ見ぬ人』と題した詩は届かなかったのだろうか。届いたはずである。 数日してその答えらしきものが第三者から舞い込んできたのです。 「感謝という人がいて・・・」というメッセージが記されていたのでした。 ことばは時に思わぬ仲介をする。まだまだ空の雲は遮ったままのようであった がしかし届いていたことを私は信じられるようになった。 二人だけの秘密ことばを持てる喜びが何故か手助けしていたのです。