走 れ ! 夜十時になるとハンドルを握り、愛車とともに早朝まで走り通した時期があった。 走行距離十万kmの中古車ながらロータリーエンジンを搭載したマツダのコスモは 他社の車を瞬く間に引き離した。第一に惚れたのは低音域のエンジン音である。 身体の芯から響き伝わり、心地よい加速音を聞かせて走る。「走れ!」と命ずれば ことごとくその意を汲んで心を満たしてくれたものだった。今日の車のように ハンドル操作は軽快ではないが、車と一体感が持てる点でハンドル操作の重さは むしろ快感であった。半年続いた。週に四日は共に夜中を過ごした。 走行距離にして五万kmを越える道行きは彼の寿命を短くしたかもしれない。 それでも三年近く「走れ!」という私の内なる願いを叶えてくれた。 私の内なる願いは彼が初めてではない。長くバスケに所属していた私は自分の足に その願いを初め託した。校内マラソンの際も発せられたし、アルプスの斜面を滑り 降りた際も託されたが充分聞き入れてくれた記憶はない。 次に託したのは私の心だが、思うようには走ってくれなかった。心とは恋する気持ち のことで、ともすれば分別しがちな性格を走ることで変えたかった。