「フヘン」の正義 ( 一 ) 北千束の社宅に向かう地下鉄に乗り込み、うつらうつらと半眠しかけていた。 電車のアナウンスが「日比谷」を告げて意識が回復した。仕事中も気になっていた 今日の日比谷公会堂での集会が過ったからだ。 手ぬぐいを首にかけ、ヘルメットを着け手には角棒を持つ学生の群れが殺気を漂わせ 電車に乗り込んできた。顔に擦り傷を負う者、腕を抑えて苦痛の表情をする者、大声 で議論する者などを見届けつつ胸に痛みが起きた。ドアが締まりかけた時一人の 女学生が乗車し閉じているドアに身体を預けた。 ポニーテールにした髪は濡れ、首には禿げたヘルメットと濡れたタオルが絡み、白い 厚手のTシャツと黒のGパンは身体に密着していた。両手で薄汚れた角棒を支えていた。 青白い顔と澄んだ瞳が脳裏に刻み込まれたのを覚えた。その瞳は私の視線を跳ね返し 前方の一点を見据えていた。たじろいだ視線は窓に映る夜景を見つつ我が身を省みる。 上京して二度日比谷に訪れた。集会には最後まで残らず帰宅した。友人と二人だけの 参加であったがデモに加わるのを早々に断念した。理由は集会の内容を狂気と判断 したからだが保身の為の口実と思っていた。共に寮生活者として学生時代通した。 寮にも学生運動の波が寄せたが一期生の協力で自治を貫いた二人であった。小さな 世界で通じた理屈はもはや茲では通じるものでないことを認識したに過ぎなかった ことも確かなことではある。一瞬にしても、あの瞳は少なくとも狂気ではない。 小さな世界での正義と彼らが抱く正義は異なるのかとまた自問する。茶番劇のように 思えた彼らの集会での主導権争いとも言える演説で参加者の賛同を得る共通の理念は 「正義」である。しかしながら、フヘンの「正義」は見当たらない。あれば次の 行動も明らかになる。行動の為の「正義」とフヘンの「正義」は異なると短い区間で 結論付けして帰宅の最寄り駅で降りた。振り返り、車内に残る彼女の姿を見送った。