空の無い世界 ( 一 ) 遠い昔の話です。といってさほど遠くもなく四半世紀前の話です。 現在はまた昔に戻りつつあるかもしれません。空の無い世界が実在しました。 それは工場のある会社でのこと。工場で工作機械を操作する労働者の話。 今では、あまり「労働者」という呼び名は敬遠されて自称する人はいないが 当時では誇りを持って自称する人が多かった。労働者を代弁する政治家もまた 誇りを持って活動していた時代であった。 工場で働く労働者の大半は中学卒の最終学歴で、どんなに長く働いても最高役職は 「係長」と定められていた。つまり「係長」が天井でその上にある空という際限 のない世界が閉じられているという意味が込められ、空の無い世界と言われた。 従って、「係長」までという定めが削除され、初めて課長に昇格した時は 「青空職場の誕生」と口々に歓喜したものでした。 ホワイトカラーとブルーカラー、キャリアとノンキャリアといった差別化は 空の無い世界が実在することを示しているのです。 ( 二 ) 兄弟で五年前、新興住宅地の空き地を借り受け中央市場で野菜を調達し、青空市場 を営んだ。安さと品質の良さで瞬く間にお客が殺到し、一年経て、従業員が二十人 になり、慰安旅行も海外旅行と繁盛するまでになった。二年経て、プレハブ式の 建物が出来、蓄えも店舗を増やせるほどになった。いつしか青空市場のイメージは 人々の記憶から消えていき、兄弟の気持ちの中からも消えていった。 取り扱い商品も多彩になり、立派な量販店に変化していった。 近隣に大手のスーパーが出店し、次々と競合店が出来ると利益は減少し始めた。 それでも五分に競合できる販売力は続いていた。そんな折に、経理を担当していた 社長である弟が蓄えを増やす為にと株の売買に手を染めた事が裏目として出た。 損失を出したのです。一夜にして蓄えは消えてしまい、土地も家屋も失った。 回転資金も苦しくなり半年近く、従業員の給料は全額払えないまでになった。 もはや誰が見ても、先行きが覚束ないという頃に、店長格の従業員が売上金を持って 行方を暗ました。次の日、かつての青空市場は建物だけ残しもぬけの殻となった。