すいしょく(水色)ー海・川・湖などの景色の意(文章語)ー
(一)茶の世界では、お茶の浸出液の色を意味し、字は異なりますが「解衣推食」という ことわざの「推食」という言葉もあり、ここで扱う題意もあります。 京都府の舞鶴湾に面したカトリック教会の門を抜けて中庭に足を踏み入れ立ち竦む。 凛として聳える古い木造教会を見て彰は一瞬洗礼を受けたように身体が膠着した。 教会は主要道路に架かる橋の南詰より湾岸に向け川辺の道を少し下った処にある。 川面は湾から入る海水でゆるやかに逆流していた。それは彰の心境を映していた。 彰は無神論者たろうと物心ついてからこれまで一度も社寺で祈ったことがない。 親が新興宗教に厚い信仰を奉げていたことが起因する。無神論に拘ったのは 信仰の為に彼らが道理に適わぬ他人の行為を受けても何一つ不満を返すことなく 耐える姿に反抗したからであった。そういう相手にも解衣推食を好んでするのが 理解できなかった。 人は何故生きるのか、これから先いかに生きるべきかという自問を始めて数年が 過ぎ、答えを見出せないまま苦悶していた折、一冊のトルストイの著作と出遭い 興味も手伝いこの教会に来たのである。 信者と思える人達が扉を開けて中庭に出てきた。彰を見出し、声を寄せた。 「こんにちは、」彰は無言のまま会釈はしていた。近寄る相手を見つつ、躊躇を 忘れ来訪の目的を告げた。 「神父さんは来日して間も無いので日本語がまだ話せないから、シスターに 相談されたら良いでしょう。今奥の談話室に居られます。えっと、左に沿って 突き当たりですよ。」「ありがとう」 若者を対象とする学習会は茲ではまだ無いという。シスターに相談すれば何か 考えて下さると親身に受け答えしてくれた。 (二) 四人掛けのテーブルに案内された。私の来訪理由を黙して聞き終えた後に 言葉を吟味しつつ柔らかな声で話された。 「一先ず聖書を読みつつ学習しましょう。良いですか、週に一日時間を決めて、 そうですね、一時間都合をつけますのでお互い励みましょう。いかがですか。」 「よろしくお願いします。水曜日から週末の午後四時以降なら来れます。」 「では、水曜日の四時に、この部屋ですることにしましょう。」 「はい、分かりました。勝手ばかり申しまして、よろしくお願いします。」 私の想像では、神の分身たる尊厳を備えた畏敬の神父を前に懺悔している自分が いたのだが、身近な隣人と相対する自分を描いて素直に聖書を学ぶ気持ちが整った。 何よりシスターの人柄に好意を持てたのかもしれなかった。 神にすがるとか教えを乞うという一方的な受動ではなく能動的に学習をしてその中で 今まで知り得なかった自分が見出せればこれ以上の成果はないだろうと思った。 この部屋で私だけの水色が生まれるという期待感を抱きつつ橋の上から川面を 見続けていた。