(*^_^*) 歌織♪です。 - 04/05/27 23:01:16
コメント:
わたちゃん、皆さんこんばんは。
「議論」はさておき、
同類同種ばかりが集まっても貧弱な世界に成ってしまいますが、
それぞれが個性的で多様な人であればあるほど
魅力的な集団に成るのではないでしょうか。
かねこみすずの「みんなちがってみんないい」同様、
一人一人が輝いて、調和した創造(プロジェクトX)を
共有できることを期待しています。
梅沢さんには、差詰め真田幸村に成って頂ければ幸いですね (^_-)
わたちゃん - 04/05/26 21:46:22
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コメント:
歌織♪さん、みなさん、こんばんは。
かなり本質的な話になってきましたね。
結果的にどうなるかは別としても、私を含めて、今後の方策について、いろいろな考え方をきくのはとても勉強になると思います。
梅沢さんとか、他の方々の意見もおうかがいしたいと思います。
>私たち=古麻比の会会員に限定しない方がよい
というようなお考えなのでしょうか?
私はそう考えています。
とりあえず現在の私は古麻比の会の会員ではありませんし。(^_^;)
古麻比の会だから関わっているというよりも、「あの建物だから」という意味合いの方が強いというのが正直なところです。
だって、人から「古麻比の会ってなんですか?」と聞かれた時に、私はうまく答えられる程の知識がないのです。
だから、会員とか非会員とかいう垣根を超えて、あの建物の再生に関わりたいわけです。「会員」という属性よりも大事なことは、「その人自身」の個性とか考え方かなあ。
>「結果的にこのプロジェクトへの協賛者が増えて下されば恩の字」で、
初めから大勢を目指す必要さえ無いと思っています。
大勢や多数決でいままで大切なものを失ってきていますから。
このプロジェクトの初動期に、たまたま読んでいた『東京遺産』(森まゆみ著 岩波新書858)という本を持って現場に行ったのですが、「一雲」は、まさに「二本松の遺産」ともいえる建築物だと思ったわけです。
その再生のために「最善を尽くす」ということは、ある程度の道筋を立てて理想の状態を目指していくということだと「私は」思います。
しかし、それが「大勢をめざす」ことではないということは、私も一応頭に入っています。
『東京遺産』には、数々の古い建築物の保存再生運動の様子が記録されていて、何かと参考になることうけあいです。「戦略」とかじゃなくて、「情熱」が人を動かすという意味でですよ。
ここに直接関わった人々のネットワーク間での、「口コミ」によって広がる程度でもいいと思います。
現時点のこのプロジェクトは、「共感に支えられた暖かな協働」というかなりクサイ言葉で表現してもいいようなものだと勝手に解釈しています。
いやもう、ここ数年なかったような感動的な出来事でした。だからこそ、そういう共感のない人が「利害関係」で関わるということには抵抗もあるわけですが。
しかし「再生」は、様々な点で、解体とは難易度の次元が異なると思います。
「感動」とか「想い」といった、人間の内発的な純粋性は重要要素だとしても、資金とか労力とか技術とか、110年前の家を再建するための要件は、多種多様ではないかと考えています。
そんな難しく考えずに、「エイヤーッ」って、形の再現にはこだわらずにとりあえず柱立てて梁かけてという方法もあるでしょうが。
>面白そうとか楽しそうとか、梅沢さんを支えたいという思いが
それぞれの形に成っただけでもOKなのではないでしょうか。
そうですが、「私の思い」が形になるということは、詰めていくと「開かれたコモンズ」ということになるのかと思いまし、あまりにも素人の遊び的にアレンジしてしまうことには抵抗があります。
とりあえず、今まで建築という仕事に関わってきて、仲間でつくるセルフビルドのログハウスというものにも関わりを持ちましたが、“あの”28坪の日本家屋を「再生」するということは、素人の楽しみの延長にしては、許容範囲を超えているだろうというのが正直なところです。
歌織♪ - 04/05/26 08:05:51
コメント:
お早うございます。
わたちゃんへ もう一言
>「私たち」の範囲を、
できるだけ広げて考えることも大事なのではないかという観点から、
「コモンズ」というひとつの考え方を提示したまでです。
私たち=古麻比の会会員に限定しない方がよい
というようなお考えなのでしょうか?
「結果的にこのプロジェクトへの協賛者が増えて下されば恩の字」で、
初めから大勢を目指す必要さえ無いと思っています。
大勢や多数決でいままで大切なものを失ってきていますから。
面白そうとか楽しそうとか、梅沢さんを支えたいという思いが
それぞれの形に成っただけでもOKなのではないでしょうか。
わたちゃん - 04/05/25 21:08:45
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コメント:
歌織♪さん、みなさん、こんばんは。
歌織♪さん、ご返答ありがとうございます。
理解のしかたは人それぞれでいいと思いますし、コモンズ教(笑)へ勧誘するつもりもありません。
それどころか、へたに「コモンズ、コモンズ」と言葉を先行させて「陳腐化」されることの方が、より大きな問題かなとも思いますが。日本人は陳腐化させるのが得意なので。
しかし、それにしても田中康夫は破天荒なひとです。
>コモンズ答申内容については「なるほどそういうのも有りね」と肯けます。
但し、AもBも(例えば社会主義・民主主義)駄目だった、
だから次はコモンズだ・・・という選択の仕方には納得いきません。
「第2章第1節 資本主義と社会主義の限界」の部分についての解釈だと思いますが、これは「社会的共通資本」のとらえ方についての話でして、「コモンズ」が
資本主義や社会主義の代替案であるという意味は含まれていないと思います。
そんなに大げさな話ではなくて、「社会的共通資本」の管理方法として、それらの私有あるいは国有という所有方法が多くの弊害をもたらしてきたという問題を指摘しているのです。
>AもBもコモンズも 多様な価値観・社会的概念の
一つでしかないのではないでしょうか。
もちろん、その通りです。強いて言うならば、AやBとコモンズは同列ではありませんが。
コモンズはこの答申でいう「本来的な意味でのリベラリズム」の一部です。
>最初からコモンズを目指すのではなく、
結果としてコモンズに分類される事例になった、
というのなら納得できるのですが、大きな違いですよね。
再生をめざす「一雲」は、ある人にとっては「コモンズ」に見えても、他の人にはそうは見えないという多様な解釈があるのが当然だと思います。無理に一元化するということは、誰も考えていないと思いますが。
しかし、「一雲」に関して言うならば、大学生のサークルが自分達の楽しみのためにやっている活動とは明らかに違う社会的意義があるわけで、「私たち」の範囲を、できるだけ広げて考えることも大事なのではないかという観点から、「コモンズ」というひとつの考え方を提示したまでです。
いろんな考え方や事例を知っているというのは、まあ悪いことではないでしょう。
こういう現実の問題に即して学ぶ事柄は、ほんとに知となり肉となります。
(*^_^*) 歌織♪です。 - 04/05/24 17:14:21
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コメント:
皆さんこんにちは。
ちょっとパソコンから離れていました。
わたちゃんにお応えするのが遅れてご免なさい。
> 歌織♪さんの「かなり疑問」という言葉に
「どのへんが?」と思ったので書いておきます。
私としてはこの答申に「ほとんど共感」ですので、
感想が全然違うということになるわけですが。
わたちゃんご自身は共感するところの多かった「コモンズ」を
「かなり疑問」という言葉で批判されたように感じたのですね。
では、梅沢さんの「遠慮なく」のお言葉に甘えて、
私の言葉足らずを補足しておきます。
コモンズ答申内容については「なるほどそういうのも有りね」と肯けます。
但し、AもBも(例えば社会主義・民主主義)駄目だった、
だから次はコモンズだ・・・という選択の仕方には納得いきません。
AもBもコモンズも 多様な価値観・社会的概念の
一つでしかないのではないでしょうか。
赤も青も駄目だったから今度は緑にしよう・・・のように
単色で社会を統一しようとするところに「正義」が発生し
戦いの構図・排他的心理が当たり前のように
全面を覆う危険性を感じてしまいます。
最初からコモンズを目指すのではなく、
結果としてコモンズに分類される事例になった、
というのなら納得できるのですが、大きな違いですよね。
これ以上は、書き表す技量と読みとる技量に左右されて、
誤解が誤解を生むのではと不安が頭をもたげてきたので
必要があれば6月に
直接顔を合わせてお話しできればいいなと思います。
わたちゃん - 04/05/23 17:38:19
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コメント:
梅沢さん、ronさん、こんにちは。
たまたま「コモンズ」と「オルタナティブ」というふたつのカタカナ言葉についての疑問が出たようなので、それについてちょっと補足を。
まず「コモンズ」です。
これはもっともわかりやすい言葉では「みんなのもの」と解釈されています。(『コモンズの思想を求めて』←この本オススメです)
したがって、「外国から来た概念」というわけでもなく、学問的領域での世界共通の表現が「コモンズ」であると言っていいかと思います。
ちなみに、日本でのコモンズの歴史的典型は「入会林野(いりあいりんや)制度」です。山村における「共有林」も「コモンズ」の典型です。
今の時期で言うと、山菜を採ってそれで生計を立てる山村集落では、共有林での採取の権利のある人のみが一定のルールに基づいて山に入るわけですが、道路整備の進展に伴って、権利のないよその人までが、「山はみんなのもの」という誤解のもとに、共有のルールを無視して採取するという事例も耳にします。
「みんなの」といっても、そこには持続的利用のためのルールがあるわけで、コモンズ論はその社会的ルールについての研究が主なようです。(私の解釈です)
つまり、「コモンズ」を学ぶことは、外国か日本かという問題ではなく、「共有」という人間生活のルールについての普遍的なことであるとご理解いただきたいと思います。
「先人の知恵」ということから言っても、日本の「むら」の研究の中には「共有」と「共生」あるいは「協働」についてのヒントが盛りだくさんのようでして、そのひとつの切り口としての「コモンズ」から学ぶものは多いと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次にronさんご指摘の「オルタナティブ」です。
ヤフー検索にこの言葉を入れると、私が意図して使ってるのとは全然違うのがたくさん出てきて、この言葉は誤解を生むなあと反省しました。
「オルタナティブ」とは、基本的には「もうひとつの」という意味です。
例えば「ファーストフード」の「オルタナティブ」が「スロー・フード」。
「大量生産大量消費」に対しては「自給自足」。
私が使う場合の「オルタナティブ」という言葉は、「現代文明の主流に対するもうひとつの方向性」という意味とご理解ください。
ちなみに、私が学生だった80年代に「もうひとつの日本地図」といった形で「オルタナティブ」といわれる流れがうねりだしていましたが、「インターネット時代」になって再び、若い世代がそういう方向性に動き出したという実感をもっています。
で、「コモンズからはじまる信州ルネッサンス革命」も、現代文明における「豊かさ」という価値観の革命的転換をめざすという意味で、日本の地方行政の中での「オルタナティブ」であるといえるのではないかと思います。
田中知事の言う「コモンズ」の長野県内での印象はどうなのかと思って調べてみたら、7割以上が「よくわからない」という回答を示していて、それは伝え方が悪いんだろうと思ったわけです。
同じように、私の書き込み方もわかりにくいかもしれないですが。
ron - 04/05/23 13:51:36
コメント:
みなさまの主張は、次元が異なるので理解を超えるのでありますが、
時間・経済的制限のあるなかでも活動が一歩一歩進めておられる様子に
敬意を表します。
オルタナティブでもある……は、理解不能でありました。
教えていただければ幸いです。
梅沢です。 - 04/05/23 08:10:06
コメント:
わたちゃん、歌織♪さん、今日は。
議論が高まるのは、いいことです。どうぞ遠慮なく。
私もパソコンの調子がおかしい中、やっとその「コモンズ…」の概要編だけは
読むことができました。
すばらしい内容ですね。
とにかくこんな事を行政が表明するのだから、また一歩新しい何かが進んだように思います。
でも歌織♪さんと同じかどうか分かりませんが、どこか空ろに響く感じも残る。
これまでも歴史の中でどんなにかすばらしい概念が革新的な人たちを狂喜させて
きたでしょうか。
古くは仏教そして社会主義、民主主義、最近では小粒ですがNPO、ユニバーサル・デザイン等々…。
しかしその都度それらの思想は捻じ曲げられ矮小化され、力を持つものに利用され続けてきた。
NPOも企業の別働隊のようなものが数多く見受けられる。
コモンズもカタカナ語なのだから外国から来た概念なのでしょう。
私たちは外から学ぶと同時に、私たちの先人がどのように生きてきたのか、
常に知る必要があります。
彼らが何を考え、喜び、悲しみ、どう苦しんできたのか。
なにをやるにも拙速なことはすべきではありません。
何年かかっても、何十年かかってもいいのです。
今回の「一雲」解体移築再生プロジェクトが「コモンズ」を本当に私たちの
血となり肉となる思想に昇華できるのかどうか。
それが問われているのです。
わたちゃん - 04/05/21 21:52:32
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梅沢さん、歌織♪さんこんばんは。
この掲示板はコメントとか書き込むには不便ですね。もっとも、掲示板じゃなくてゲストブックなので、議論展開する場じゃないようですけど。
とはいいつつ、歌織♪さんの「かなり疑問」という言葉に「どのへんが?」と思ったので書いておきます。私としてはこの答申に「ほとんど共感」ですので、感想が全然違うということになるわけですが。
宇沢弘文・五十嵐敬喜・神野直彦といった名前をみると、国の審議会であってもおかしくないくらいで、しかも私の認識ではみなさん革新系でして、はっきりいってこの答申が岩波書店の月刊誌「世界」に発表されていてもおかしくないくらいだったので、基本的にオルタナティブ系でもある古麻比の会的には賛同する部分が多いかなとも思ったわけですが、意外な反応でした。
「福島方式」というのが、具体的にどういう方法なのかがわからないと話はできませんが、例えば公益信託うつくしま基金とかいった基金を利用してNPOとして保存運動するというのであれば、それは「コモンズ論」と同じ路線してとらえることができるかと思います。
いずれにしても、現在の古麻比の会という器では、経済的労力的にまかないきれないと思いますし、行政や大学とパートナーシップを構築する中で、「開かれたコモンズ」として残っていくことが、「一雲」にとっても幸せな道ではないかと私は思うわけですが。
(*^_^*) 歌織♪です。 - 04/05/19 01:21:18
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わたちゃんお勧めの
「コモンズからはじまる、信州ルネサンス革命」という文を読んでみました。
仰るとおり参考にはなりましたが、私的にはかなり疑問を感じました。
幸い、ここは福島県なので福島方式(?)の雛形を目指したいな、と思います。
ron - 04/05/15 22:26:06
コメント:
みなさま、ご苦労さまでした。
再生プロジェクトという目標もすばらしいですが、
お忙しい中、大勢の方のご協力というものも参加された方の
心にも残ったものと思われます。
ところで、どこに移築再生されるのでしょうか。
わたちゃん - 04/05/14 05:46:59
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「このプロジェクトの“社会的意義”としてのコモンズ的視点」
今回の移築再生プロジェクトは、じっくり考えてみると、「協働作業」という今回の動きそのものの中に、これからの時代に求められる「人と人」あるいは「人と建築」そして「人とまち」といった関係の、根源的再構築へのポイントを見出すことができるように思います。
モノの所有や利用の共有制、あるいは「総有」という考え方を示す言葉で「コモンズ」というのがあります。基本的には「森・川・海」といった自然資源の管理や利用について語られるてきた言葉(概念)です。
今回の建築物は、その保存すべき価値に共感する人々の手によって、ある意味では「個人所有」から解き放たれて、「社会的総有」という形への再生の途上にあると言えるかと思います。結果的には、再度「個人所有」あるいは「閉じた公共性」という狭い意味での共有物になる可能性も同時にあるわけですが。
単に個人的な郷愁を満たすだけではない、歴史的社会的価値の保存と公開というレベルの再生となる場合、この建物は「コモンズ」であるということができるようになると思います。ちょっとというか、かなり小難しい話ですが。
ここまでの話の理解度を深めるために、最適なホームページのひとつは、長野県公式サイトから見ることができる「コモンズからはじまる、信州ルネサンス革命」という文書です。
今回の一件が、もしも長野県内で行われていることだったならば、市民運動の意義を行政に伝えることで、官民の協働による新たな運動へと昇華することがおそらく可能となることでしょう。
ひとつの可能性として、「コモンズ」という方向性をここで示しました。
先日も現場に顔を出された芝浦工大のS助教授は、行政と住民のパートナーシップを考える研究会の研究者でもあり、私もその研究会で「パートナーシップ(協働)」について示唆を受けてきたひとりです。
閉じた組織内での共有という形式に留まらず、より多くの市民に開かれた「コモンズ」としての再生と資産管理を理想と考える私としましては、今回の再生は民間有志主導でありながらも、少なくとも二本松市での再生という目標の中では、行政との「協働」という路線の中にこそ、開かれるべき道があるのではないかと考えているところです。
どっちにしても、関係者による話し合いの場を持つ必要があるでしょうね。
梅沢です。 - 04/05/12 21:00:26
コメント:
わたちゃんも本当にご苦労さまでした。
あのような文化財級の旧家の町屋を解体する機会は、
おそらくこれが最初で最後でしょうね。
それも予算のある役所がやるのではなく自発的に市民が行うという大それた?…。
山村の古民家に関わることはこれからもあるでしょうが。
本当にみんなの協力があって、できたことです。
という訳でronさん杉さん始め皆さんにご無沙汰してしまいました。
こんな私ですがこれからもよろしく!。
杉 - 04/05/11 21:42:01
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電子メールアドレス:k-sugi@ict.ne.jp
コメント:
こんばんは。
築110年もの古い家を解体されたのですね。
その古い木を使って、再生されるのでしょうか。
部外者ですが、お話をお聞きしているだけで感動します。
ronさん、見ていただいてありがとうございます。
台湾にも干物はありますが、調理方法が日本とは
まったく違います。日本では、干物は焼いて食べることが多いですが、
台湾では、例えば、小魚の干物は唐辛子やニンニクと
ピ−ナッツと一緒に炒めたのが、お料理の突き出しとして、
出てきます。また、スルメなどもお湯で戻してニンニク、しょうが、唐辛子と炒め、砂糖と醤油で調味します。お料理全般的に日本のほうが味つけが
濃いように思います。
わたちゃん - 04/05/10 21:12:23
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コメント:
梅沢さん、ほんとにお疲れ様でした。まだ片付けと搬送が残っていると思いますが、現時点でここまで解体できたのは、奇跡的ともいえる気がします。
それにしても、小振りだと思われた平屋でも、さすがにすごい資材の量でしたね。しかも、そのほとんどが自然素材というのがまたすごい。
日大工学部の狩野先生という方が、数年前に「エコシティ二本松」という研究をしましたが、「一雲」の解体はそういう学術的な意味でも価値があるので、誰かできれば素材の量とか質を調査してもいいかと思います。
ではまた。
ron - 04/05/09 11:15:58
コメント:
見せていただきました。
来年は、向こうから日本に来るそうで、交流は家族ぐるみでいいですね。
魚の干物って、日本だけではないのですね。
杉 - 04/05/07 12:03:46
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電子メールアドレス:k-sugi@ict.ne.jp
コメント:
梅沢さん、こんにちは。
お久しぶりです。
伊賀では、田植えがちょうど終わったところで、夜になると
蛙がうるさいです。福島も田植えは済みましたか?
ところで、この連休に台湾の澎湖島に行ってきました。
日本の観光本にはあんまり紹介されていませんが、とても綺麗なところで
以前から行きたいと思っていたのがやっと今回実現しました。
台湾本土とも違う独特の文化の島だと思います。
昔の台湾の家屋など見てきました。
HPにアップしましたのでよかったら見てください。
http://www.ict.ne.jp/~k-sugi/taiwan.htm
梅沢です。 - 04/04/21 21:45:09
コメント:
今日は。
サッシがついてガラスが入り、
もう隣りの工事の様子はあんまり分からなくなってきました。
家に限らず、次から次へと新製品を買いたくさせるのがメーカーの戦略。
こんなに快適だとか、便利だとか、オシャレだとか…。
本当はまだ持つのに、人の方が買い換えて寿命を短くしてしまうのです。
ron - 04/04/20 23:46:20
コメント:
気ままNEWS、外壁まで進んでいますがその後も楽しみにしています。
現代の家は、土に還らない建築資材が多用され、一方、寿命の方は
短くなっているとか、これでは建築廃棄物処理で地球に負担をかける
システム。
何とか長持ちするよう造ってほしいものです。
うちはほとんど針葉樹合板の家。薪ストーブには禁忌との説明に、
軽いショック。(薪ストーブもないのに言う資格はないけれども)
水ぬるむ季節 - 04/04/03 22:04:33
コメント:
お彼岸も過ぎ、水ぬるむ季節となりましたが、
水が冷たい季節も年間を通して、逢瀬川をきれいにする活動
ご苦労さまです。
いろんなことをされている様子、うかがえます。
ゲストブック/
〜2004年3月/