この本は「自然界からのメッセージを受けとる特別な仕事とは、どんなものだろう?」とエッセイストの駒沢さんが、海ガメを守る仕事に情熱を注ぐ男、本物の京野菜を育てる農家、ライ・クーダーのギターを木曾の楽器工場で作った職人、自然の音で構成された衛星放送の制作者など、知らない世界で生きる多彩な「達人」に会われた16篇の素敵なドラマが詰まった本で、雑誌『SINRA』、『NAVI』のエッセイを単行本化したものです。
著者はその中で屋久島の星川淳さん宅(圧倒的な聖性を感じるモッチョム岳の近く)を1992年夏、訪れました。
「本棚には、農業とかニュー・サイエンスを中心としたエコロジー関係の本が目立つ。ニュー・サイエンスの書籍のいくつかは、彼自身の手によって翻訳されたものだ。そのほか英語で書かれた本も目立つが、文学や娯楽のものはほとんどない。実に簡潔な本棚だ。『何もないでしょう』と星川さんは言った。『物のいらない生活をしているからね。こういう生活をしていると、本当に必要な物はそう多くはないんです。今でも半農半著の生活だから』
彼のことを肩書や職業で説明するのは、とても難しい。たとえば自ら『半農半著』というように、彼はこの屋久島で自給のための農業を営むかたわら、主にニュー・サイエンスを中心とした書籍の翻訳をおこなっている。その作品はジェームズ・ラブロックの『地球生命圏‐ガイアの科学‐』『ガイアの時代』、あるいはケン・ウイルバーの『アートマン・プロジェクト』、そしてデュエイン・エルジンの『ボランタリー・シンプリシティ』など、エコロジーと呼ばれるジャンルの名作ばかりで、彼はこの分野における日本の代表的な紹介者としての役割を果たしてきた。彼やラブロックのことを知らなくても、『ガイア』という言葉を知らない人はいないのではないだろうか。
また翻訳だけではなく、自らの自然生活を基盤とした著作『地球生活』『地球感覚』を記すなど、作家活動も彼はおこなっている。90年代に入ってからは奥さんとふたりで手作りのエコロジー雑誌(本人は『地球生活誌』とうたっている)『リヴ・グリーン』の編集も始め、執筆の内容はエッセイから小説へと広がってきている。
しかしそれでも彼のことを説明する適切な言葉がないのは、こういった創作活動がいわば彼の自然生活のなかから生まれた副産物であり、決して第一の目的ではないからだ。つまり本を書くために自然の中に住んでいるのではなく、生活そのものが創作を導いている。農業も自給や地球との対話の手段としておこなっているだけで、収入としての目的はない。」
(自然の時間を優先させた部屋に流れる時間に、
身も心もくつろいだ駒沢さんは取材を始める気分になれず・・・)
「『だめだ、仕事にならないです』『そうでしょうね。僕もここで生活していると、自然に植物のペースになる』と彼は静かに笑いながら言った。『ゆっくりなんです。その、植物のペースで思考が進んでいく。米を自分でつくるようになってからは、特にそうですね。有機栽培だと土をいじっている時間がどうしても多くなるんだけれど、そうしていると、精神のレベルで植物と自分が混じったようなかんじになってくる。この地球とどうやっていけるかということが、植物との共同の思考作業みたいになってきます。』
彼がこの屋久島に自分の拠点を置くまでの歴史は、そのまま、彼自身が地球というひとつの生命体を認識し、その認識を土台に共生のデザインを試行錯誤してゆく歴史でもあった。」
(1996年7月1日の読了印あり)