アイヌ神謡集 知里幸恵 他
目次
1 、梟の神の自ら歌った謡
2、狐が自ら歌った謡「トワトワト」
3、「谷地の魔神が自ら歌った謡
梟の神の自ら歌った謡
「銀の滴降る降るまわりに」
「銀の滴降る降るまわりに、金の滴
降る降るまわりに」という歌を私は歌いながら
流に沿って下り、人間の村の上を
通りながら下を眺めると
昔の貧乏人が今お金持になっていて、昔のお金持が
今の貧乏人になっている様です。
海辺に人間の子供たちがおもちゃの小弓に
おもちゃの小矢をもってあそんで居ります。
「銀の滴降る降るまわりに
金の滴降る降るまわりに」という歌を
歌いながら子供等の上を
通りますと、(子供等は)私の下を走りながら
云うことには
「美しい鳥! 神様の鳥!
さあ、 矢を射てあの鳥
神様の鳥を射当てたものは、 一ばんさきに取った者は
ほんとうの勇者、ほんとうの強者だぞ」
云いながら、 昔貧乏人で今お金持になっている者の
子供等は、 金の小弓に金の小矢を
番えて私を射ますと、 金の小矢を
私は下を通したり上を通したりしました。
その中に、 子供等の中に
一人の子供がただの(木製の)小弓にただの小矢
を持って仲間にはいっています。
私はそれを見ると貧乏人の子らしく、
着物でもそれがわかります。
けれどもその眼色をよく見ると、
えらい人の子孫らしく、
一人変り者になって仲間入りをしています。
自分もただの小弓にただの小矢を番えて
私をねらいますと、 昔貧乏人で今お金持の子供等は
大笑いをして云うには、
「あらおかしや貧乏の子あの鳥、
神様の鳥は私たちの金の小矢でも
お取りにならないものを、
お前の様な貧乏な子のただの矢腐れ木の矢を
あの鳥、 神様の鳥がよくよく
取るだろうよ.」と云って、
貧しい子を足蹴にしたりたたいたりします。
けれども貧乏な子はちっとも構わず
私をねらっています。
私はそのさまを見ると、 大層不憫に思いました。
「銀の滴降る降るまわりに、
金の滴降る降るまわりに」という歌を歌いながら
ゆっくりと大空に私は輪をえがいていました。
貧乏な子は片足を遠く立て片足を近くたてて、
下唇をグッと噛みしめて、 ねらっていて
ひょうと射放しました。
小さい矢は美しく飛んで私の方へ来ました。
それで私は手を差しのべてその小さい矢を取りました。
クルクルまわりながら私は風をきって舞い下りました。
すると、彼の子供たちは走って
砂吹雪をたてながら競争しました。
土の上に私が落ちると一しょに、 一等先に
貧乏な子がかけついて私を取りました。
すると、 昔貧乏人で今は金持になってる者の
子供たちは後から走って来て
二十も三十も悪口をついて
貧乏な子を押したりたたいたり
「にくらしい子、 貧乏人の子
私たちが先にしようとする事を先がけしやがって」
と云うと、貧乏な子は、 私の上に
おおいかぶさって、 自分の腹に
しっかりと私を押さえていました。
もがいてもがいてやっとの事、人の隙から
飛び出しますと、 それから、どんどんかけ出しました。
昔は貧乏人で今は金持の子供等が
石や木片を投げつけるけれど
貧乏な子はちっとも構わず
砂吹雪をたてながらかけて来て
一軒の小屋の表へ着きました。
子供は第一の窓から私を入れて、 それに
言葉を添え、 斯々のありさまを物語りました。
家の中から老夫婦が
眼の上に手をかざしながらやって来て
見ると、 大へんな貧乏人ではあるけれども
紳士らしい淑女らしい品をそなえています。
私を見ると、腰の央をギックリ屈めて、ビックリ
しました。
老人はキチンと帯をしめ直して、 私を拝し
「ふくろうの神様、大神様、貧しい私たちの粗末な家へ
お出で下さいました事、 有難う御座います。
昔は、 お金持に自分を教え入れるほどの者で
御座いましたが今はもうこの様に
つまらない貧乏人になりまして、 国の神様大神様を
お泊め申すも畏れ多い事ながら
今日はもう日も暮れましたから、 今宵は大神様を
お泊め申し上げ、 明日は、 ただイナゥだけでも
大神様をお送り申しあげましょう。」
という事を申しながら何遍も何遍も礼拝を重ねました。
老夫婦は、 東の窓の下に
敷物をしいて私をそこへ置きました。
それからみんな寝ると直ぐに高いいびきで
寝入ってしまいました。
私は私の体の耳と耳の間に坐って
いましたがやがて、 ちょうど、
真夜中時分に起き上りました。
「銀の滴降る降るまわりに、
金の滴降る降るまわりに」
という歌を静かにうたいながら
この家の左の座へ右の座へ
美しい音をたてて飛びました。
私が羽ばたきをすると、 私のまわりに
美しい宝物、神の宝物が
美しい音をたてて落ち散りました。
一寸のうちに、 この小さい家を、 りっぱな宝物
神の宝物で一ぱいにしました。
「銀の滴降る降るまわりに、
金の滴降る降るまわりに」
という歌をうたいながらこの小さい家一寸の間にかねの家、
大きな家に
作りかえてしまいました。 家の中は、 りっぱな宝物の
積場を作り、 りっぱな着物の美しいのを
早つくりして家の中を飾りつけました。
富豪の家よりももっとりっぱにこの大きな家の
中を飾りつけました。
私はそれを終るともとのままに私の冑の
耳と耳の間に坐っていました。
家の人たちに夢を見せて
アイヌのニシパが運が悪くて貧乏人になって
昔貧乏人で今お金持になっている者たちに
ばかにされたりいじめられたりしてるさまを私が見て
不憫に思ったので、 私は身分の卑しいただの神では
ないのだが、 人間の家に泊って、
恵んでやったのだという事を知らせました。
それが済んで少したって夜が明けますと
家の人々が一しょに起きて
目をこすりこすり家の中を見るとみんな
床の上に腰を抜かしてしまいました。
老夫婦は声を上げて泣き、 老人は大粒の涙を
ポロポロこぼしていましたが、 やがて、
老人は起き上り私の処へ来て、 二十も三十も
礼拝を重ねて、そして云う事には、
「ただの夢ただの眠りをしたのだと
思ったのに、 ほんとうに、 こうしていただいた事。
つまらないつまらない、 私共の粗末な家に
お出で下さるだけでも有難く存じますものを
国の神様、 大神様、 私たちの不運な
事を哀れんで下さいましてお恵みのうちにも
最も大きいお恵みをいただきました事。」
と云う事を泣きながら申しました。
それから、 老人はイナゥの木をきり
りっぱなイナゥを美しく作って私を飾りました。
老夫婦は身仕度をして
小さい子を手伝わせ、 薪をとったり
水を汲んだりして、 酒を造る仕度をして、 一寸の間に
六つの酒樽を上座にならべました。
それから私は火の老女、 老女神と
種々な神の話を語り合いました。
二日程たつと、 神様の好物ですからはや、
家の中に酒の香が漂いました。
そこで、 あの小さい子に熊と古い衣物を着せて、
村中の昔貧乏人で今お金持になっている人々を
招待するため使いに出してやりました。
ので後見送ると、 子供は家毎に入って
使いの口上を述べますと
昔貧乏人で今金持になっている人々は
大笑いをして
「これはふしぎ、 貧乏人どもが
どんな酒を造ってどんな
御馳走があってそのため人を招待するのだろう、
行ってどんな事があるか見物して
笑ってやりましょう。」
と言い合いながら大勢打ち連れて
やって来て、ずーっと遠くから、 ただ家を見ただけで
驚いてはずかしがり、 そのまま帰る者もあります。
家の前まで来て腰を抜かしているのもあります。
すると、 家の婦人が外へ出て
人皆の手を取って家へ入れますと、
みんないざり這いよって
顔を上げる者もありません。
すると、 家の主人は起き上って
カッコウ鳥の様な美しい声で物を言いました。
斯々の訳を物語り
「この様に、 貧乏人でへだてなく
互に往来も出来なかったのだが
大神様があわれんで下され、 何の悪い考えも
私どもは持っていませんのでしたのでこの様に
お恵みをいただきましたのですから
今から村中、 私共は一族の者
なんですから、仲善くして互に往来をしたいという事を
皆様に望む次第であります。」
という事を申し述べると、
人々は何度も何度も手をすりあわせて
家の主人に罪を謝し、 これからは
仲よくする事を話し合いました。
私もみんなに拝されました。
それが済むと、 人はみな、 心が柔らいで
盛んな酒宴を開きました。
私は、 火の神様や家の神様や
御幣棚の神様と話し合いながら
人間たちの舞を舞ったり踊りをしたりするさまを
眺めて深く興がりました。
そして二日三日たつと酒宴は終りました。
人間たちが仲の善いありさまを
見て、 私は安心をして
火の神、 家の神
御幣棚の神に別れを告げました。
それが済むと私は自分の家へ帰りました。
私の来る前に、 私の家は美しい御幣
美酒が一ぱいになっていました。
それで近い神、 遠い神に使者をたてて招待し、
盛んな酒宴を張りました、席上、
神様たちへ私は物語り、 人間の村を訪問した時の
その村の状況、 その出来事を詳しく話しますと
神様達は大そう私をほめたてました。
神様たちが帰る時に美しい御幣を
二つやり三つやりしました。
彼のアイヌ村の方を見ると、
今はもう平穏で、 人間たちはみんな仲よく、
彼のニシパ村の頭になっています。 彼の子供は、
今はもう、 成人して、 妻ももち子も持って
父や母に孝行をしています。
何時でも何時でも、 酒を造った時は
酒宴のはじめに、御幣やお酒を私に送ってよこします。
私も人間たちの後に坐して
何時でも
人間の国を守護っています。
と、 ふくろうの神様が物語りました。
2、狐が自ら歌った謡「トワトワト」
トワトワト
ある日に海辺へ食物を拾いに出かけました。
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
行きながら自分の行手を見たところが
海辺に鯨が寄り上って
人間たちがみんな盛装して
海幸を喜び舞い海幸をば喜び躍り肉を切る者運ぶ者が
行き交って重立った人たちは海幸をば謝し拝む者
刀をとぐ者など浜一ぱいに黒く見えます。
私はそれを見ると大層喜びました。
「ああ早くあそこへ着いて
少しでもいいから貰いたいものだ」
と思って
「ばんざーい!ばんざーい」
と叫びながら
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
行って行って近くへ行って見ましたら
もっとも思いがけなかったのに
鯨が上ったのだとばかり思ったのは
浜辺に犬どもの便所があって
大きな糞の山があります。
それを鯨だと私は思ったのでありました。
人間たちが海幸をば喜んで躍り海幸をば喜び舞い
肉を切ったりはこんだりしているのだと
私が思ったのはからすどもが
糞をつっつき糞を散らし散らし
その方へ飛びこの方へ飛びしているのでした。
私は腹が立ちました。
「眼の曇ったつまらない奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう。」
それからまた
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
海のそばから走りながら
見たところが私の行手に
舟があってその舟の中で
人間が二人互いにお悔みをのべています。
「おや、何の急変が
あるのでああいう事をしているのだろう、
もしや船と一しょに引繰かえった人でも
あるのではないかしら、
おお早くずっと近くへ行って
人の話を聞きたいものだ。」
と思うのでフオホホーイと高く叫んで
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶようにして行って見たら
舟だと思ったのは浜辺にある
岩であって、 人だと思ったのは
二羽の大きな鵜であったのでした。
二羽の大きな鵜が長い首をのばしたり縮めたり
しているのを悔みを言い合っている様に
私は見たのでありました。
「眼の曇ったつまらない奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう。」
それからまた
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶ様にして川をのぼって行きましたところが
ずーっと川上に女が二人
浅瀬に立っていて泣き合っています。
私はそれを見てビックリして
「おや、なんの悪い事があって
なんの凶報来てあんなに泣き合って
いるのだろう?
ああ早く着いて人の話を聞きたいものだ。」
と思って
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶようにして行って見たら
川の中程に二つの簗があって
二つの簗の杭が流にあたってグラグラ動いているのを
二人の女がうつむいたり仰むいたりして
泣き合っているのだと私は思ったのでありました。
「眼の曇ったつまらぬ奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう。」
それからまた、川をのぼって
石の中ちゃらちゃら
木片の中ちゃらちゃら
飛ぶようにして帰って来ました。
自分の行手を見ましたところが
どうしたのだか
私の家が燃えあがって
大空へ立ちのぼる煙は
立ちこめた雲の様です。
それを見た私はビックリして
気を失うほど驚きました。
女の声で叫びながら飛び上りますと、
むこうから誰かが大きな声でホーイと叫びながら
私のそばへ飛んで来ました。
見るとそれは私の妻で
ビックリした顔で息せききって、
「旦那様どうしたのですか?」
と云うので、 見ると
火事の様に見えたのに
私の家はもとのままたっています。
火もなし、 煙もありません。
それは、私の妻が搗物をしていると
その時に風が強く吹いて簸ている栗の
糖が吹き飛ばされるさまを
煙の様に私は見たのでありました。
食物を探しに出かけても食物も見付からず、
その上にまた、 私が大声を上げたので私の妻が
それに驚いて簸ていた栗をも
簸と一しょに放り飛ばしてしまったので
今夜は食べる事も出来ません
私は腹立たしくて床の底へ
身を投げて寝てしまいました。
「眼の曇ったつまらぬ奴
眼の曇った悪い奴
尻尾の下の臭い奴
尻尾の下の腐った奴
お尻からやにの出る奴
お尻から汚い水の出る奴
なんという物の見方をしたのだろう。」
と狐の頭が物語りました。
3、「谷地の魔神が自ら歌った謡
「ハリツ クンナ」
ハリツ クンナ
ある日に好いお天気なので
私の谷地に眼と口とだけ
出して見ていたところが
ずっと浜の方から人の話し声がきこえて来た。
見ると、 二人の若者が連れだって来た。
先に来た者は勇者らしく勇者の品を
そなえて、 神の様に美しいが
後から来た者を見ると、 様子が悪い
顔色の悪い男で、 何か話し合いながら
やって来たが私の谷地の側を通り
ちょうど私の前へ来ると、 あとから来た顔色の悪い男が
立ち止り立ち止り自分の鼻をおおい
「おお臭い、いやな谷地、 悪い谷地の前を通ったら
まあ汚い、 何だろうこんなに臭いのは。」
と言った。
私はただ聞いたばかりだけれど自分の居るか居ないかも
わからぬほど腹が立った。
泥の中から飛び出した。
私が飛び上ると地が裂け地が破れる。
牙を鳴らしながら、 彼等を強く追っかけたところが
先に来た者は、それと見るや魚がクルリと
あとへかえる様に引っかえして
顔色の悪い男の
わきの下をくぐりずーっと逃げてしまった。
青い男を二間三間追っかけると
直ぐ追いついて頭から呑んでしまった。
そこで今度は彼の男をありったけの速力で
追っかけて来て
人間の村、 大きな村の後へ着いた。
見るとむこうから
火の老女、 神の老女があかい着物、 六枚の着物に
帯をしめ、 六枚の着物を羽織って
あかい杖をついて私の側へ飛んで来た。
「これはこれは、 お前は何しにこのアイヌ村へ
来るのか、 さあお帰り、さあお帰り。」
言いながら、 あかい杖、 かねの杖をふり上げて私を
たたくと、 杖から焔が
私の上へ雨の様に降って来る。
けれども私はちっとも構わず、
牙打ち鳴らしながら彼の男を
追っかけると、彼の男は村の中を
よくまわる環の様に走って行く。
そのあとを飛んで行くと、
大地が裂け大地が破れる。
村中は大さわぎ妻の手を引く者、 子の手を引く者、
泣き叫び逃げゆくもの、
煮えくりかえるようなありさま、
けれども私は少しも構わず、土吹雪をたてる、
火の老女神は私の側を走って来ると
大へんな焔が、 私の上に飛び交う。
その中に、彼の男は一軒の家に
飛び込むと直ぐにまた飛び出した。
見ると、 蓬の小弓に蓬の小矢をつがえて
むこうから、 ニコニコして、私をねらっている。
それを見て私は可笑しく思った。
「あんな小さな蓬の矢、 何で人が苦しむものか。」
と思いながら私は牙を打ち鳴らして、
頭から呑もうとしたら
その時彼の男は私の首ッ玉をしたたかに射た。
それっきりどうしたかわからなくなってしまった。
ふと気がついて見たところが
大きな竜の耳と耳の間に私はいた。
村の人々が集って、彼の私が追っかけた若者が
大声で指図をして、 私の屍体をみんな細かに刻み
一つ所へ運んで焼いてその灰を
山の岩の岩の後へ捨ててしまった。
今になってはじめて見ると、それは、 ただの人間
ただの若者だと思ったのは
オキキリムイ、 神の勇者であった。
恐しい悪い神、 悪魔神、私はそれであって
人間の村の近くにいるので、
オキキリムイは村の為を思って、 私をおこらせ自分を
追いかけさせて、 蓬の矢で私を殺したのであった。
それから、 先に私が呑んでしまった
青い男は、 人間だと思ったのだったが
それは、オキキリムイがその放糞を人に作り、
それを連れて来たのであった。
私は魔神であったから今はもう
地獄のおそろしい悪い国にやられたのだから
これからは、 人間の国には、なんの危険もない、
邪魔ものもないであろう。
私は恐しい魔神であったけれども、
一人の人間の計略にまけて今はもう、
つまらない死方、 悪い死方をするのです。
と谷地の魔神が物語りました。