水泳を始めた頃
僕の生まれ育った福島県某市はその当時スイミングスクールなんてなかった・・・。
だから、別に小さい頃から水に慣れ親しんでいたわけではないんです。小学校の
低・中学年の頃は、どちらかというと運動音痴で小太り気味でしたねぇ。そのくせ
体育は好きだったと思います。僕のいた小学校は、5年生になると部活動(課外活動)
に参加できて運動系では陸上、サッカーと水泳の3つがありました。5年時にはそこそこ
身長も伸びてきて、今までがウソのようにいろんな運動をこなしていました。理由は全く
わかんないです。特にかけっことスキーは人が変わったようでしたよ!
30歳の時のジャパンマスターズ
このときはまだ遅かった・・・。
クラブを選ぶときも、「夏涼しくて気持ちよさそう・・・。」と、思い何も考えずに水泳部に
入部してしまいました。入部してから気付いたんです。「俺、泳げない!」と・・・・。
まぁ、他の運動と同じようにどうにでもなるだろう、見てたら簡単そうじゃん!
・・・・大間違いでした。いざ挑戦してみたら1メートルも進まないんです。水泳シーズン
前までは陸上運動(室内プールなんてありませんから)をしていたのですが、そのときは
何やっても一番速かったので、担当の先生は「こいつぁ泳いだらきっと速いだろう!」と
期待していてくれたみたいです。その期待は数ヶ月後にもろくも崩れさってしまったの
でした・・・。周りの友達も僕を見る目が一気に変わっていったことを鮮明に記憶してい
ます(あ〜恥ずかしかった!)。
できないとなったら、結構悔しくて、何しろ何でもいいから泳げるようになろうと無い知恵を
絞り続ける日々を繰り返しました。息継ぎができないからクロールはまず却下!背泳ぎが
いい!!そう思った次の週には校内水泳大会で背泳ぎにエントリーしてしまいました。
え?泳げたかって??1メートルも進まず失格でした(これまたちょーー恥ずかしい!!)
バタフライなんて泳ぎはそのころ知らなかったので、残された平泳ぎをすることにしまし
た。もちろん泳げません!
泳げない種目をスタイルにしてまずやったことは泳げる人を手本にすることでした。
毎日観察してようやく25メートル完泳できるようになったときは何とも言えない嬉しさで
したが、その喜びも10秒ほどでした。やっと泳げるようになった僕に先生が「おまえの足
違う!」というのです。所謂あおり足というやつで、泳法上失格なんですよ。その日から
僕ともう一人塩○君の2人で毎日プールサイドでキック練習をしました。二人とも背中は
真っ黒に日焼けしましたが、お腹は真っ白でした・・・。でもその甲斐あってシーズン終了
間近に何とか失格にならないキックができるようになりました。塩○君はその後、平泳
ぎから背泳ぎに転向しました(でも平泳ぎは僕より速かったです)。
小学6年生になり、また水泳のシーズンを迎え、水中練習が始まりました。平泳ぎは
人気種目だったのか、選手数が10人ぐらいいました。当然僕はビリでした。先生も
僕には何も指導してくれないし、ただ何となく練習していました。泳ぐと遅いものだから、
キック練習の時なんかは、ばれないように走ってました(ばれても怒られないくらい期待
されてなかった・・・)。結果論ですが、この走っていたことがキックの上達につながった
ようでした。少しずつ速くなっていくのと平行して、速い選手の何人かが中耳炎になった
り、他の部活動へ移ったりして、とうとう速いほうから4番目ぐらいまでになりました。
先生もそうしたら色々教えてくれて、さらに速くなって、市の水泳大会前にはその学校
で一番速くなっていました。また、このころから市内の有望選手を集めて水泳練習会
なんかも始まり、ついには市内でも1.2番ぐらいの速さになってしまいました。
このころ一緒に練習していた仲間はすごいやつがいっぱいいました。平泳ぎを除く全種
目で県の学童記録を樹立してたんですよ!(僕だけできなかった・・・)個人メドレーの
選手はその後、野球に転向して、ドラフト2位で中日ドラゴンズへ入団したし、背泳ぎの
選手は自由形に転向して日本記録を樹立しました(誰だか分かる?)。え?塩○君で
すか?彼は背泳ぎの県学童記録保持者になりました。そう、そのころは日本記録を持っ
ていたN澤くんより塩○君の方が速かったのです。塩○君は卒業後、バスケに転向した
のですが、あのまま水泳を続けていたら、とてつもない選手になっていたと思います。
平泳ぎからバタフライへ・・・
元々素質がなかったのか、平泳ぎは足首が堅くてその後思うように伸びず、小学時
代のライバルがめちゃくちゃ速くなってしまったので、先生から個人メドレーに転向す
るよう言われました。個メは全く芽が出ませんでした。中学3年の時、先生が練習に
こなかった日があって、部員全員で記録会をやろう、と言うことになり,しゃれで100M
バタフライを泳いでみました。結果はびっくり!全国中学選抜の標準記録にあと一歩
のタイムでした。個メでは県大会の入賞レベルの僕にとっては、まさに救いの神でした。
すぐに先生に直談判してバタフライをやらせてもらえるようお願いしました。そのころ
バタフライの中心選手だった鹿◇君にはいろんな意味で迷惑をかけたし協力をしても
らいました。そうして出場した市の大会だったのに、緊張のあまりスタート台上で過呼吸
でぶっ倒れてすべてパーにしてしまいました。でもバタフライなら速くなれると思い、いま
までずうーーーと続けています。

30歳過ぎてからの自己新記録
バタフライではそこそこの成績を残しました。高校・大学併せて4回の国体参加、イ
ンターハイ出場など、それなりに満足していましたし、大学院に入ってからは研究
活動の方に興味があったりして、水泳人生もこれでお終いだと思っていました。
ただ心残りなのは、100Mバタフライで1分を切っていないことでした。どんなに練習
してもこの記録だけはどうしても破られず、これが僕の限界だと勝手に思っていたの
ですが、32歳になった昨年、短水路ですが突破することに成功しました。また、今年
に入って、これまた自分では絶対に無理だと思っていた、50Mバタフライでリレーの
引継ですが、26秒台を出すことができました。30歳代で自己ベストを更新できたこ
とは自分の可能性に自信がもてるのと同時に同世代の人〜もっと上の世代の方々
もやればできると思いますので、僕がこれまでやった練習などをこのページに掲載した
いと思います。マスターズスイマーの方の参考になればと思います!