2.喫煙による健康障害

(1)喫煙関連疾患

  WHO専門委員会および喫煙制圧専門委員会(WHO Expert Committee on Smoking Cont
 rol)は、それぞれの報告書の中で、喫煙による健康障害についての医学的証拠を示したが、喫煙と関連した特定疾患群として
 以下のごとく列挙している。

  a)肺がん:肺がんは非喫煙者および紙巻たばこ以外のたばこ喫煙者にはあまりみられず、紙巻たばこ喫煙が肺がんの罹患率を
   著しく増大せしめたことにいまや反論の余地はない。

  b)気管支炎と肺気腫:紙巻たばこは気管支炎と肺気腫に罹患しやすくする最も主要な原因である。

  c)虚血性心疾患:紙巻たばこ喫煙は先進諸国における3大死因のひとつである冠状動脈疾患の発生に寄与する原因である可能
   性がきわめて高い。

  d)その他の循環器系疾患:紙巻たばこ喫煙は全身、特に頭部および四肢の動脈の粥状硬化発生を促進し、血行障害をもたらし
   て重大な結果を招来する可能性がある。

  e)その他の健康異常:胃・十二指腸潰瘍、口腔がん、喉頭がん、食道がん、膀胱がん、乳頭腫症、膵臓がん、肺結核、妊娠中
   の喫煙により胎児のこうむる悪影響、禁煙による体重増加および離脱症候群。
     表・・1―1 喫煙の健康影響のまとめ(略)

  1964年に発表された最初の米国公衆衛生総監報告書においても、同様に筆頭3疾患群として肺がん、慢性気管支炎・肺気腫
 および冠状動脈疾患があげられ、以後引き続く報告書でも同様であったが、1980年『慢性閉塞性肺疾患』の特集、1982年
 『がん』、1983年『虚血性心疾患』、1984年には『女性の喫煙』少の特集が発刊されている。
 これらを要約すると表・・1−1(略)のようになる。

(2)喫煙と死亡

  HammondとHorn(1958)による追跡調査結果の要点は、全がん死亡率は非喫煙者に対し常習喫煙者は高値である
 こと、その死亡比は1日当たり紙巻たばこ本数に伴い上昇すること、またパイプおよび葉巻喫煙者の全がん死亡率は非喫煙者より
 高値であること、また超過死亡は冠状動脈疾患52.1%、肺がんおよびその他のがんはいずれも13.5%であったが、最も重
 要な所見は、紙巻たばこ喫煙と総死亡の間にきわめて密接な関連が認められることであった。
     表・・1―2 その1―喫煙関連死因(略)
     表・・1―2 その2―喫煙非関連死因(略)
  Doll(1984)はその論文に記載された喫煙関連死因および非関連死因について現時点における証拠に立脚して検証し、
     表・・1―2(略)のごとき成績を示している。
     表・・1―3 性別・死因別喫煙習慣別標準化死亡率、死亡比および寄与危険度(略)
     表・・1―4 性別・死因別喫煙習慣別標準化死亡率、死亡比および寄与危険度(略)
  平山(1981)は一般成人男女26万5118人を対象とした計画調査結果に基づいて、
     表・・1―3(略)および
     表・・1―4(略)のごとく
 性別・死因別喫煙習慣別標準化死亡率・死亡比・寄与危険度を算出し、喫煙関連死因の検出を行っている。
  保健および医療の担当者である医師を対象とした計画調査では、DollとPeto(1976)の男3万4440人、および
 Dollほか(1980)の女6194人を対象として1951年以来それぞれ20年間および22年間にわたり追跡した結果か
 ら、喫煙は男女にかかわらず主として心疾患、肺がん、慢性閉塞性肺疾患および各種血管疾患による死亡の原因となっていること
 が明らかにされているが、調査開始以来、禁煙あるいは減煙に転ずる者が多く、第4年次から20年次までの間に65歳未満の男
 性医師死亡率は28%減、65〜84歳の場合では5%減となっている。
  米国カリフォルニア在住男性医師1万130人についての、1950年から30年間の追跡調査結果によると、彼らのシガレッ
 ト喫煙者率は1950年の約53%から1980年の約10%までに劇的に低下し、喫煙習慣と関連のある諸疾患についての、米
 国一般白人男性を基準とした彼らの標準化死亡率は、1950〜59年から1970〜79年にかけて肺がんは62から30まで、
 その他のがんは100から63まで、虚血性心疾患は62から35まで、慢性閉塞性肺疾患は62から35まで低下、喫煙とあま
 り関係のない死因の標準化死亡率はほとんど不変であった。各年齢層を通じての全般的標準化死亡率は1年ごとに1%の割合で低
 下したことを示す。
     表・・1―5 1日当たり喫煙シガレット本数別にみた特定死因の年齢補正相対危険度(および95%信頼間隔)(略)

  わが国の男性医師5477人を対象とした、1965(昭和40)年から1977(昭和52)年にかけての12.7年間にわ
 たる追跡調査では、非喫煙者に対して喫煙者における全死因、全がん、上部気道・消化管がん、胃がん、肺がん、虚血性心疾患、
 および脳卒中の危険度が全般的に増高しており、表・・1―5(略)のごとく全がん、上部気道・消化管がん、肺がん、虚血性心
 疾患では喫煙量との関連が明瞭である。また、喫煙者の肺がんと虚血性心疾患は成年期に喫煙を開始した場合より未成年期に喫煙
 開始した場合のほうが危険度は高く、非喫煙者1.00に対し、肺がんでは3.31と8.52、虚血性心疾患では1.91と
 2.81となっている。

(3)喫煙による超過死亡

  喫煙率の低下とともに、肺がんなどの死亡率が低下することは前述した。次に,喫煙率の低下によってとの程度の超過死亡が軽
 減可能であるかといった課題は、喫煙対策といら視点からみて重要な課題のひとつである。平山らの長期追跡研究結果に基づいた
 試算(表・・1−4(略))によると、肺がんの場合、男では69.4%、女では13.2%に喫煙が寄与している。全部位のが
 んの場合、男では31.8%、女では5.22%に喫煙が寄与している。
  喫煙による死亡以外には、喫煙のもたらす健康障害によって日常活動が制限されることも重要な公衆衛生学的な課題のひとつで
 ある。

(4)喫煙にかかわる室内空気環境の悪化について

  日本放送協会(NHK)による国民生活時間調査によれば、第一次産業従事者を除いて、日本人の1日の生活時間のうち、成人
 男性については85〜90%、成人女性については90〜95%を外界と隔離された、何らかの建築物の内部で生活していること
 がわかる。その大部分は住居または職場であり、「移動」のための時間帯でも、列車、駅舎等の中で過ごす時間も無視できない。

  広い野外の空間と異なり、限りある室内空間で喫煙が行われれば、たばこの煙は拡散されず室内を直ちに汚染することになる。
 特に一般住居内においては、室内空間は著しく限定され、そこに居住する非喫煙者は、否応なしにたばこの煙に含まれる諸有害成
 分に高濃度に暴露され、乳幼児、病弱者、高齢者など退避行動の不可能な者が同居する場合、その影響は甚大となる。
 近年、住宅(高層集合住宅を含む)および一般建築物の高密化、気密化が進み、それに対応した空調・換気の工夫も一応はなされ
 ているものの、有効な換気装置をもたぬ住宅においては、たばこを筆頭とする各種の室内空気の汚染問題は識者の指摘するところ
 となっている。
  一般に成人1人当たりの新鮮外気量(いわゆる必要換気量)は1時間当たり30・といわれているが、これは、他になんの汚染
 物質(喫煙・燃焼排ガスなど)を発生しない場合の必要量であって、この空気量は6〜8畳の広さの室の容積に相当する。
  一方、たばこ煙中の有害物質のうちタール状の粒子相の成分(total paritculatematter、TPM)を
 指標としてみれば、たばこ1本の喫煙による周囲へのTPM発生量(副流煙および喫煙者よりの二次煙中の)は、喫煙条件により
 10〜40・の幅があるが、平均的に1本当たり約15・といわれ、いわゆるビル管理法(「建築物の衛生的環境の確保に関する
 法律」昭和45年法20号)に示される室内空気管理基準値0.15・/・の達成のためには,これを希釈するための100・
 (1本当たり必要換気量の3倍強)の清浄空気量が必要とされることになる。
  したがって、数人の居住者が在室するだけで、通常の室内で1時間にその人数分程度の換気回数(その部屋の空気が1時間に完
 全に新鮮なものに入れかわる回数をいう)が必要であるうえに、そこに喫煙者が1人でもいれば、発生するたばこの煙を薄めるた
 めに、換気回数は格段に増さねばならないことになる。
  しかしながら、通常の住居状態では、意識的な居住者による換気行動はまれであり、旧来の木造住宅の自然換気回数は通常2〜
 10回であるのに対し、気密な集合住宅などでは1回にも満たない場合が多い。したがって、このような室内で喫煙が行われれば、
 たばこ煙は必然的に室内に高密度に蓄積され、受動喫煙の影響を増長させることになる。
  換気回数1回4.5畳程度の部屋を想定して行われた室内空気汚染に関する実験では、以下のような結果が得られている。

  1)在室者2、うち喫煙者1(1時間当たり4本喫煙)の場合
   TPM:2.0・/・、CO:12ppm,CO2:2100ppm

  2)在室者4、うち喫煙者2(1時間当たり計6本喫煙)の場合
   TPM:2.2・/・、CO:16ppm,CO2:3400ppm

  3)在室者4、うち喫煙者3(1時間当たり計9本喫煙)の場合
   TPM:3.4・/・,CO:24ppm,CO2:3700ppm
   〔注:ビル管理法基準では,それぞれ0.15・/・、10ppm、1000ppm〕

  また、一般のオフィスビル内での喫煙による空気環境悪化の報告は、浮遊粉塵濃度を中心として数多くなされており、たとえば
 非空調ビルの場合ではピーク時で1・/・程度、空調ビルでも出勤時以後の数十分間とか、会議室など喫煙が頻繁に行われる場合
 には0.5〜1・/・の高濃度に達することがあるという。
  以上のように、たとえ1人でも狭い室内で喫煙が行われれば、人は高濃度の汚染に暴露されることになり、また、たとえ空調設
 備による換気が行われていても、多人数の喫煙があれば、同様の結果を生ずることになる。
  さらに煙による嗅覚・視覚への刺激、不快感の増長など、生理的、心理的な直接的影響のほかに、壁面や器物の汚れ、臭気の付
 着など室内環境へ与える間接的な悪影響も無視することはできない。