1.喫煙とがん:総論
喫煙とがんの関係で最初に明らかにされたのは、喫煙と肺がんの関係であった。西ドイツのMullerは、1918年から1
937年までのケルン市の剖検例中の肺がんの比率の増加、この増加がほとんど男性のみに限られていることに注目し、喫煙と肺
がんの関係を疑った。そこで、彼は、肺がん患者と健康人の喫煙状況を比較した。その結果、非喫煙者は対照健康人のほうに多く、
逆にヘビースモーカーは肺がん患者に多いことを明らかにし、その結果を1939年に報告している。
その後、喫煙、特に紙巻たばこの喫煙と肺がんの関係についての多くの疫学的研究が行われた。1950年にはWynder、
Doll、Levinらが相前後して紙巻たばこの喫煙と肺がんの関係についての症例−対照研究(case−control
study)の結果を報告した。これを契機として世界各地で喫煙と肺がん、ひいては喫煙と健康に関する大規模な研究が行われ
た。これらの研究の結果、喫煙と肺がんの関係はますます明らかとなった。その後、多くの肺がんと喫煙に関する症例−対照研究
が行われたが、両者の関係を確認するために、喫煙と健康に関するいくつかの大規模なコホート研究が行われた。
これらの大規模な喫煙と健康の関係についての前向き調査の結果、喫煙者では単に肺がんのみでなく、口腔がん、喉頭がん、食
道がん、胃がん、膵臓がん、腎臓がん、膀胱がんなどのがんにかかるリスクが非喫煙者に比べて高いことが明らかにされた(図・
・2−1(略))。さらにこれらのがんのみでなく、喫煙者では非喫煙者に比べて冠動脈性心臓病、慢性気管支炎、肺気腫、胃・
十二指腸潰瘍などのリスクも高いことが明らかにされた。
喫煙と肺がんの関係に端を発した大規模な疫学調査から、喫煙は肺がんのみでなく、他の多くのがんやがん以外の疾患の原因に
なっていることが明らかにされたわけである。米国公衆衛生総監の諮問委員会では、世界各地で行われた喫煙と健康に関する疫学
的研究や実験的研究の結果を『喫煙と健康』と題する報告書にまとめ、1964年に公表した。この膨大な報告書は世界的反響を
呼び、喫煙対策が公衆衛生上の重要な課題とされるにいたった。
わが国の厚生省でも、この報告の公表後に喫煙と健康に関する委員会を開き、喫煙対策を協議するとともに、日本人を対象とし
て喫煙と健康に関する調査を行うことにした。この調査は昭和40年に開始され、全国の6府県29保健所管内の40歳以上の地
域住民約26万5000人を対象とした。この調査は「計画調査」と呼ばれ、最近に至るまで観察が行われた。調査結果の集計解
析は、前国立がんセンター研究所疫学部長(現・予防がん学研究所長)により定期的に行われている。最も最近の結果は、図・・
2−2(略)に示すとおりである。
図・・2―1 非喫煙者と比べた喫煙者のがんの死亡率比―7つのコホート研究の結果のまとめ(略)
日本で行われた大規模な計画調査の結果からも喫煙者では非喫煙者に比べて喉頭がん、肺がん、口腔がん、咽頭がん、食道がん、
膀胱がん、肝臓がん、膵臓がん、胆管がん、胃がんなどの死亡率が高いこと、女性の喫煙者ではさらに、子宮頚がん、乳がんなど
のがんの死亡率が非喫煙者に比べて高いこともわかった。図・・2―1(略)に示した米国、英国、カナダなどでの調査と異なり、
わが国の計画調査では最も喫煙者の死亡比が大きかったのは喉頭がんであり、腎臓がん、前立腺がんなどの死亡率は非喫煙者と大
差がなかった。非喫煙者と比べて喫煙者の全部位のがんの死亡率は男で1.67倍、女で1.32倍であった。
図・・2―2 非喫煙者と比べた毎日喫煙者のがんの部位別漂準化死亡比―計画調査1966−81(略)