1.動脈硬化の危険因子としての喫煙

(1)喫煙と冠動脈の粥状硬化

  欧米の工業国においては、虚血性心疾患が循環器疾患の死因の首位を占め、その対策が重要であった。そのため、虚血性心疾患
 の発症基盤をなす冠動脈の粥状硬化と虚血性心疾患の危険因子としての喫煙との関連について、多くの研究がなされてきた。
  剖検例からみた米国での喫煙と冠動脈の粥状硬化に関しては、喫煙者に冠動脈硬化が強く、非喫煙者に少ないという報告が多い。
  また、冠動脈硬化は喫煙量と量−反応関係がみられている。Auerbachらは、1372例の虚血性心疾患以外の疾病で死
 亡した症例の剖検例より、喫煙量が多くなるほど冠動脈硬化の進展したものの割合が多く、逆に、非喫煙者に冠動脈硬化所見のな
 いものが最も多いことを明らかにした。さらに、冠動脈の線維性肥厚、粥腫、石灰化の主要所見についても喫煙と量−反応関係が
 あることが明らかにされている。前向きの追跡調査で、喫煙と冠動脈硬化の関連を調査したものは少ない。オスロ、プエルトリコ、
 ホノルルの3つの研究が、欧米での主たる研究である。これらの3つの研究は、血清コレステロールと血圧とが冠動脈硬化と関連
 のあることを明らかにした。しかし、喫煙との関連を認めたのは、ハワイの日系人を調査したホノルル研究のみであった。
  前向き調査では、必ずしも一致した結果が得られていないが、欧米での多くの剖検成績からすると喫煙は冠動脈硬化をきたす要
 因であると考えてよいであろう。
  一方、わが国での喫煙と虚血性心疾患の研究は、きわめて乏しい。それは、わが国の循環器疾患の特徴は欧米と異なり脳卒中の
 死亡率がきわめて高く、逆に虚血性心疾患の死亡率が低率であったことによる。木村は、九州大学病院における1007例の冠動
 脈の剖検所見より、重症の冠動脈硬化の頻度は米国のそれの10分の1であると報告した。また、Goreと小関、Goreと中
 島らは、それぞれボストンと札幌、ボストンと福岡の冠動脈硬化所見を比較し、日本人がはるかに冠動脈硬化の進展が遅いことを
 明らかにした。このような、日米の動脈硬化の比較研究はあるが、喫煙と冠動脈硬化についての検索は少ない。木村は30〜59
 歳の296例の喫煙者と非喫煙者の冠動脈硬化の頻度を比較し、喫煙者において、いずれの年齢群でも冠動脈硬化の頻度が高いこ
 とを明らかにした。ほかには、久山町研究における前向き追跡調査の281例の剖検例での研究が、喫煙と冠動脈硬化の関係につ
 き検討した数少ない研究のひとつであろう。しかしながら、この成績では、死亡時の年齢、平均血圧、血情総コレステロール、比
 体重は、冠動脈硬化と多変量解析においても有意の関連がみられたが、喫煙量については、正の関連は認めたが有意ではなかった。
  一方、由谷らは、急性心筋梗塞の94例の剖検検索より、約88%の症例に冠動脈に血栓形成がみられ、その血栓の多くを心筋
 梗塞の発症原因と考えた。そして、その血栓は冠動脈硬化斑の破裂に基づくものが多く、硬化斑の破裂したものは喫煙率が高いこ
 とを認めた。
  日本の病理学的な研究からでは冠動脈硬化との関連が不明確としても、木村、平山、小西・小町らの虚血性心疾患についての前
 向きの疫学調査が示すように、喫煙は虚血性心疾患の危険因子であることは間違いないと思われる。また、上島らは、日本の虚血
 性心疾患の死亡率の動向を分析し、1970年代以降の虚血性心疾患の死亡率の低下に、高血圧者の頻度の低下とともに、喫煙率
 の低下が関与している可能性を指摘している。
  以上を総合すると、日本における研究は少なく、喫煙と冠動脈硬化の関連は日本人について証明されたとはいえないが、ハワイ
 の日系人の調査成績においてみられるように、日本人も白人や黒人において得られた知見があてはまると考えたほうが妥当であろ
 う。

(2)喫煙と大動脈の粥状硬化

  大動脈の粥状硬化度は冠動脈の粥状硬化度と集団のレベルではよく相関するとされ、冠動脈硬化が日本人では米国人より少ない
 のと同様に、大動脈の粥状硬化の度合も軽い。
  喫煙と大動脈の粥状硬化に関する研究成績は、米国におけるものが主であるが、冠動脈硬化と同様に、喫煙との関連は明らかで
 あり、また、量−反応関係もみられている。日本における剖検成績で、大動脈硬化と喫煙の関連を調査したものは見あたらない。
 日本における成績は、Sadoshima、木村、岡部、田中らが示すように、加齢、高血圧、高コレステロール血症が大動脈硬
 化の要因として検討されている。

(3)喫煙と脳動脈硬化

  日本における前向きの疫学調査では、喫煙は脳出血、脳梗塞ともに危険因子とはなっていない。米国においても、虚血性心疾患
 と喫煙の関連のようには、強固な一致した成績が得られていない。
  日米の脳底動脈の動脈硬化度の比較では、冠動脈や大動脈のそれと異なり、日米間に差を認めていない。このことは、脳動脈は、
 たとえ脳底部の太い動脈ではあっても、冠動脈や大動脈の粥状硬化とは異なった進展過程をもつと考えられる。
  脳内の小細動脈の硬化や血管壊死は高血圧によって起こり、脳出血、脳梗塞の原因となるが、脳底部の動脈硬化も高血圧の関与
 が強いことが示されている。SeezとMoriらは、脳内の小動脈の内膜皮厚と喫煙の関連を東京大学と東京医科歯科大学の
 253例の剖検例より検討したが、脳内小動脈の内膜皮厚と喫煙には関連を認めなかった。
  米国においても、脳底動脈の粥状硬化と喫煙につき2つの研究がなされてるが、結論は一致せず、脳底動脈の粥状硬化に喫煙が
 関与するかどうか明らかでない。