2.喫煙と呼吸器疾患

(1)慢性閉塞性肺疾患(COPD)

  慢性気管支炎と肺気腫症とが喫煙習慣と密接に相関することについての報告は数えきれない。
  慢性気管支炎の診断が現在でも主として、咳・痰の呼吸器症状に依存し、類似症状をもつ他疾患の除外診断によって行われてい
 るため、診断の信頼性、客観性に問題が残されている。
  しかし、いずれにしても喫煙者が外来刺激に対する気道の反応としての咳・痰の呼吸器症状を伴うのは当然の帰結であり、した
 がって慢性気管支炎が高率に合併することになる。
  肺気腫症は後述するように喫煙によってプロテアーゼとアンチプロテアーゼの不均衡がもたらされ、それによって肺実質が破壊
 されるため起こると理解されている。喫煙以外の因子としては性、人種のほか大気汚染、職業因子などがある。慢性気管支炎の有
 病率は喫煙量および年齢と相関して増加し、病理組織型では喫煙者は非喫煙者に比し肥大型が多い。
  欧米では、紙巻たばこ喫煙が上記2疾患の主因であることに疑いを差しはさむ余地はないとされ、禁煙によってこれら2疾患の
 発症・進展および死亡のほとんどが防止しうるということが通説となっている。

(2)特発性間質性肺炎(IIP)

  IIPが高率に肺がんを合併することが近来注目され報告が増加しつつある。肺線維化の過程で末梢肺組織に扁平上皮化生が高
 率に見出される事実から、がん発生の母地となることが推測される。事実IIP合併肺がんはすべて末梢発生であり、組織型もす
 べての型がみられる。これらIIP合併肺がんは、ほとんどすべて喫煙者であることも指摘されている。

(3)自然気胸
  Primroseは最近5年間(1976〜1981年)に入院した148例(男79例、女38例)の自然気胸例(年齢16
 歳〜83歳、平均41歳)について、従前の報告より女性症例が増加したのは、喫煙者数の増加とその結果ひき起こされた慢性気
 管支炎や肺気腫症の増加に由来するとしている。これらの89%が喫煙者で40%は呼吸器疾患の既往をもっていた。また、36
 %は2回以上の自然気胸の既往があった。中村らの全国調査でも喫煙者に有意に発生頻度が高いと報告している。この報告で注意
 を要する点が2つある。第1に、自然気胸には特発性と続発性とがあり、前者は20歳代に多く主としてブレブの破壊によるもの
 であり、後者は高年齢者に多く諸種呼吸器疾患に続発するものである。ブレブすなわち巣状型肺気腫は、通常無症状で、自然気胸、
 感染、アスペルギルスを合併したときにのみ治療の対象となるが、これ自体では疾患としては扱わない。疾患としての肺気腫症は
 小葉中心型と汎小葉型とであり、これらは自然気胸を生ずることは稀である。第2に、慢性気管支炎が自然気胸の原因となること
 は、その形態学からみても通常のこととは考えられない。以上の2点から、Primroseの所論には疑義がある。
  このように自然気胸と喫煙との関連性を論ずる資料は乏しい。強いて考えるならば、前項で触れた末梢気道特に呼吸細気管支中
 心の喫煙による慢性炎症の成立は、次いで搬痕組織の形成から気腫性嚢胞の続発につながる可能性があるが、これについてはまだ
 実証が得られていないのが現状である。

(4)農夫肺症・サルコイドーシス

  農夫肺症やサルコイドーシス症のような肉芽腫性疾患患者に非喫煙者が多いところから、喫煙が肉芽腫形成を抑制するのではな
 いかという報告が最近出てきた。
  農夫肺症患者は、喫煙者が圧倒的に少ない。寺井、吉川の例は全例非喫煙者であった。この理由はまだ未解決で不明のまま残さ
 れているが、今まで論ぜられている原因は以下のごとくである。第1は喫煙依存性のある人とない人との間には、遺伝的な素因に
 違いがあり、アレルギー性間質性肺炎の形をとる本症では免疫反応の面での相違が現われるという説である。しかし、その機序の
 詳細については不明である。
  第2は喫煙習慣が、抗体産生を抑制し、結果として肉芽腫形成が抑制されるという説である。寺井らの疫学調査によると、Mi
 cropolyspora faeniまたはThermoactinomyces vulgarisに対する抗体陽性者は、
 喫煙習慣のないものに有意に多かった。抗体産生が抑制されることは、発症に際し、病変形成を抑制する方向に働く因子となるこ
 とを意味する。Cormierは61例(喫煙者11、前喫煙者15、非喫煙者35)の追跡調査で喫煙者、非喫煙者を問わず予
 後は良好であること、喫煙者の抗体価は非喫煙者より有意に低いこと、農場作業中止者も継続者も呼吸機能検査成績に差のないこ
 とを報告している。
  サルコイドーシスも同じ肉芽腫性疾患であり、喫煙者の罹患率が低いことが注目されているが、農夫肺症ほど両者間の差は顕著
 ではなく、喫煙者の本症患者もみられている。厳密な比較対照試験が求められるが、BresnitzおよびStromらは、比
 較対照試験の結果として、喫煙者とサルコイドーシス頻度との間には高い確率で逆相関が存在する、対照結核患者との比較でもサ
 ルコイドーシス患者の喫煙者は少ない、また、農夫にみられる過敏肺臓炎と喫煙との間にも逆相関が認められることを報告してい
 る。その理由として、
   ・喫煙は、肺へのマクロファージを補充し相対的にリンパ球を減らす、
   ・喫煙者肺のTリンパ球の外来因子に対する反応性が低下しているためにサルコイド肉芽腫反応が抑制されるとしている。ま
   た、Radermeckerらは、喫煙はサルコイドーシス患者の血清ACE値には影響を及ぼさないが、肺リンパ球反応を
   有意に抑制することを報告し、そして喫煙は活動性をおおい隠す方向に働くとしている。

(5)喫煙者の全身麻酔下手術後の肺合併症

  慢性閉塞性肺疾患にも劣らず喫煙が大きな影響を及ぼしているのは全身麻酔下での手術のあとの肺合併症であろう。開胸、開腹
 手術後に特にめだつのが胸郭筋、腹筋の切離による呼出筋力の低下および局所の柊痛で有効な咳嗽が妨げられること、長期喫煙の
 ための気道内分泌液の増加、線毛運動の抑制および、後述する肺胞マクロファージを中心とした防御系の機能の低下などが重畳し、
 喫煙者では術後の肺合併症が少なくない。
  藤沢らは、歯科手術の患者について、非喫煙者の・群13人、1日20本以内の喫煙者の・群8人、1日20本以上の喫煙者の
 ・群19人を対象に手術時のトラブルの頻度を検討した。・群では麻酔管理中に気道内分泌物増加や頻回な咳嗽を63%に認め、
 ・群、・群の症例より慎重な気道の浄化が必要であったとしている。
  横川は、食道がん術後肺合併症のリスクファクターを検討し、1年以上の喫煙者での気管支浄化作用の障害、気管支・細気管支
 炎の有意な合併を指摘し、術中には頻回の吸痰と十分な気道内加湿、抜管の前には気管支鏡による気道内腔の観察、これによる吸
 引、さらに術後の喀痰喀出状況の把握の必要性を述べている。
  酒井らは術後肺感染症を起こしやすいハイリスク・グループの指標として、Brinkman指数400以上をあげ、児玉らは
   ・呼吸困難があるか?
   ・咳、痰があるか?
   ・喫煙歴があるか?
  の3つの設問にyesであれば、患者はなんらかの肺疾患を有している確率が高く、かつ術後肺合併症発生の危険が多いとして
 いる。1日10本以上の喫煙者が腹部手術を受ける場合、非喫煙者に比べ6倍も肺合併症の発生率が高いという報告もある。
  これら術後の合併症に加え、喫煙者では血中にCOヘモグロビンが増加し、末梢組織への酸素運搬能も低下している。
  これらの諸点からも明らかであるが、手術を受ける患者は少なくとも術前数日、できれば数週間は禁煙させるべきである。喫煙
 者で明らかに慢性気管支炎、さらには肺気腫症を発病しているものは、そのリスクは一段と高くなる。