3.喫煙と呼吸機能
喫煙の呼吸機能に及ぼす影響については、呼吸機能検査が臨床へ導入され始めた1950年代の初めにすでにその報告がみられ
ている。当初は長年の常習喫煙者で肺活量の減少、残気量の著増、残気率の増加をみるとされていたが、喫煙期間の短い若年喫煙
者の成績が集まるとともに、これらの肺気量の変化は非可逆的変化としての慢性閉塞性肺疾患、すなわち肺気腫症が成立した結果
であることが明らかとなった。
表・・4―1 Brinkman指数とFlow−Volume曲線の各パラメーターとの相関関係(略)
以来、喫煙と呼吸機能に関しては世界各国より多くの、きわめて詳細な報告がなされている。その大要は米国公衆衛生総監報告
および英国王立内科医学会の報告で知ることができる。わが国の業績もきわめて多彩である。ここではこの数年の、しかも近年注
目をあびている喫煙と末梢気道の閉塞性病変を中心に述べることにする。
慢性気管支炎の病態では、臨床症状があっても呼吸機能障害はきわめて軽いか、全く異常を認めない個体も存在する。一方、肺
気腫症が成立した状態になれば、肺気腫症としての呼吸機能障害がそろってくる。問題は慢性気管支炎、肺気腫症などの病態が全
く存在しない健常喫煙者での喫煙による肺生理学的、呼吸機能的問題である。これはMacklem、Thurlbeckらによ
る“Small airway disease”の概念の提唱により近年多くの注目を集めるようになった。
福原、西本らは%VC 102±18、FEV1.0%82±6とスパイロメトリーでは異常が検出されない、年齢46±9歳、
Brinkman指数592±306の47人の男性喫煙者を対象に、Flow−Volume曲線(横軸に肺気量,縦軸に流速
をとり、深吸気状態から努力性呼出をしたときの両者を対応させプロットする検査法)を検討した(表・・4−1略)。最大吸気
位から肺活量(VC)の50%を呼出したときの流速をV50、75%呼出したときの流速をV25と呼ぶが、これらの減少は、
Macklem、Thurlbeckらが提唱したsmall airway(直径2・以下の細気管支)の障害、すなわちsm
all airway diseaseが存在する1つの指標といわれる。福原らは先に発表してある非喫煙者の成績と比較し、
喫煙者ではV50、V25が低下し、Brinkman指数と1%以下の危険率で相関することを認めている。さらに、smal
l airway diseaseのもうひとつの指標といわれるvolume of isoflowの増加についてもBri
nkman指数との関連を認めている。福原らの研究の対照を見れば明らかなように、V50、V25の低下は慢性閉塞性肺疾患
の臨床的指標である1秒率の低下の認められない個体に出現している。すなわち、喫煙による肺生理学的障害はsmall ai
rway diseaseとして気道の閉塞性障害が顕性になる前に成立していることになる。Macklem、Thurlbe
ckらのいうsmall airway diseaseは実質的にはsmall airwayの閉塞、狭窄を意味している。
これらの病変は、非可逆性の病理学的変化であり、慢性気管支炎、肺気腫症が成立していない喫煙者の場合は禁煙することにより、
少なくともV50、V25は正常化しうるという。
図・・4―6 種々の集団における実測データに基づいた呼吸機能の年齢変化の模式図(略)
small airway diseaseの概念が登場するまでは、禁煙者の呼吸機能障害すなわち気道の閉塞はFEV1
(1秒量:努力性呼気時の初めの1秒間に呼出される肺気量)の低下で評価されてきた。この点で注目されるのはPetoらの報
告である(図・・4−6(略))。この研究は1954〜61年の間に5つの集団(対象者はランダムに抽出してある)に属する
計2718人の各年齢層の男性を対象に設定、FEV1の経年的変化を20年間にわたって追跡したものである。縦軸はFEV1
であるが、25歳のときのFEV1の値を100と示してある。縦軸の100の値より、4本の実線が右下がりに描かれているが、
上の2本は非喫煙者および喫煙者ではあるが全く喫煙の影響がみられなかった個体での経年的なFEV1の変化の幅を示す。Pe
toらは、原因はなお不明であるが、喫煙していても非喫煙者と同程度のFEV1の経年的低下しかみられない、「感受性のない」
個体が存在することを記述している。下段の2本は常時喫煙し、しかもたばこに感受性のある個体でのFEV1の経年的低下の幅
である。すなわち、喫煙者でたばこに感受性のある個体は、その感受性の程度にも大きな幅があるが、非喫煙者、および喫煙者で
もたばこに感受性のない個体に比べ、より急速にFEV、は低下することを示している。FEV1の低下が呼吸障害と印した水平
の破線以下になれば(ほぼ11に相当)、呼吸困難の訴えがほぼ必発し、死亡と印した水平の破線以下にまで減少すれば生存に耐
えられないことを意味する。また4本目の実線から2本の右下がりの破線か描かれているが、これらは45歳および65歳で禁煙
した場合その後のFEV1の経年的低下がゆるやかになることを示している。すなわち、たばこに感受性のある個体でも禁煙によ
りその後のFEV1の低下を軽減することができる。
前述のsmall airway diseaseの成立とFEV1の低下との間にどのような時間的関係があるのか、またた
ばこへの感受性の有無と中枢側気管支およびsmall airwayの病変がどう対応するのか、さらにはsmall air
way diseaseの指標であるV50、V25などが経年的にあるいはBrinkmanなどの喫煙指数とどのような関係
にあるかはなお明らかになっていない。
喫煙者の呼吸機能、その経年的変化とともに関心のもたれるのは喫煙による急性の呼吸機能の変化である。これに関しても人体
での観察、動物実験と多くの報告がみられる。中館らは健康な成人男性喫煙者9人を対象に、市販のフィルター付きシガレット
(ニコチン0.9・/本、タール14・/本)を5分間に15回深く吸入(1人当たり1.5本になる)させ、中枢側気道の気道
抵抗を示すと考えられている体プレチスモグラフ法による気道抵抗(Raw)と、むしろsmall airwayの閉塞の指標
とされるオシレーション法による呼吸抵抗(Rrs)と呼吸インピーダンスの絶対値Zを喫煙前後で計測した。その結果として、
喫煙により可逆性の気道抵抗の上昇が認められるが、これは主として中心側気道の反応による。
しかし、一部の被検者では、末梢の小気道、すなわち前述のsmall airwayの関与が示唆されたとしている。
前述してきたように、従来はFEV1の変化すなわち中心側気道の喫煙による攣縮が主に討論されたが、近年はこれにいわゆる
small airwayがいかに関与するかにも関心がもたれてきている。これら人体での実験と並行して、動物実験での成績
も集積されてきている。中村らは生犬の気道内に逆行性に圧測定用のカテーテルを入れ、気管、中枢部気管支、末梢気道抵抗と、
気道抵抗を3分割して喫煙前後で測定した。その結果によると、たばこ2〜3本の吸入で気管の抵抗は全く変化しなかったが、中
枢部気管支抵抗はピーク時平均で20%、末梢気道抵抗は140%の増大を示したという。これらの変化は喫煙終了後4分で前値
に戻っている。
なお、迷走神経切断後でも末梢気道抵抗は喫煙により43%増大した。以上の結果より、喫煙による気道の反応は末梢気道を中
心とし、その反応の66%は迷走神経を介して成立し、残りはたばこの煙が直接神経節を刺激することで起こるとしている。
喫煙による気道系反応の主座は中枢部気管支より末梢気道(small airway)へと、その考え方が近年移行しつつあ
る。従来より、気道系の抵抗は気管、主気管支、区域支……、と末梢に移行するほど小さくなり、その各レベルでの横断面積は末
梢に移行するほど大きくなると考えられ、末梢気道に広範な病変が成立しない限り末梢気道の変化による気道抵抗の上昇は把握し
がたいとされてきた。このためsmall airwayは別名silent zoneとも呼ばれる。図・・4―6(略)に示
した喫煙者のFEV1の低下がsilent zoneの変化によるとすれば、喫煙はかなり広範囲のsmall airway
に病変を誘起しているか、末梢気道はたばこの煙に特異的に過敏である可能性が考えられてくる。これらは今後さらに解明されて
いかなければならないが、喫煙者に肺気腫症が高率に成立するという事実を説明するには都合がよい。