1.女性の喫煙の性機能への影響
(1)不妊
喫煙と不妊の関係については、諸外国においていくつかの調査研究があるが、両者の関係を支持する成績とそうでない成績が報
告されている。しかし、最近の信頼性の高い調査では両者の関係を支持する成績が報告されている。一方、わが国においては本課
題に関する疫学的研究は皆無で、わずかに実験的研究が1例あるにすぎない。
Tokuhataらは米国において2016人の既婚または結婚経験女性の死亡例を対象に調査を行い、常習喫煙者における不
妊症の実測症例数は非喫煙者でのデータを基礎に予測した症例数に比べて、不妊に関連した諸要因の影響を補正しても1.3〜
1.5倍有意に高いと報告している。また、Olsenらはデンマークにおいて職業的暴露と不妊症との関係について調べた症例
−対照研究の成績のなかで、喫煙者のほうが非喫煙者に比べて原発性不妊症のリスクが諸要因の影響を補正しても、1.6倍有意
に高いこと、また、最初の子供を妊娠するまでに1年以上かかるリスクが喫煙者のほうが非喫煙者に比べて1.8倍有意に高いこ
とを報告している。さらに、英国において1万7000人余りの女性を対象に経口避妊薬の使用とその後の不妊の関係を調べたV
esseyらの調査においても、1日15本以上の喫煙者では受精能力の低下が起こりうることを示唆する成績が報告されている。
一方、Linnら、Harlapらの調査では喫煙と不妊との間に有意の関連性は認められていないが、これらの調査において
は喫煙状況や妊娠までの不妊期間の把握方法などの問題点が指摘されている。
ところで、上述の研究は、もともと喫煙と不妊の関係を明らかにすることを目的に計画された研究ではなく、他の目的の研究成
果の副産物として両者の関係を検討した成績を報告しており、これらの研究結果から両者の関係について断定的な結論を下すこと
はできない。
しかし、最近、Bairdらは米国において喫煙と不妊の関係を明らかにすることを目的に、妊娠するため避妊を中止し、かつ
中止後2年以内に妊娠した妊婦678人を対象に調査を行いその成績を報告している。それによると、多変量解析を用いて不妊に
関連した他の要因の影響を補正した場合、1回排卵周期当たりの妊娠率は喫煙者では非喫煙者の72%と統計学的に有意の低下が
みられている。また、1日喫煙本数が20本以下および21本以上の喫煙者の妊娠率は非喫煙者のおのおの75%、57%で、喫
煙量と妊娠率との間に統計学的に有意でないものの負の量−反応関係がみられている(図・・5−1(略))。なお、夫の喫煙が
妊娠率の低下に及ぼす影響については明らかでない。
図・・5―1 喫煙本数別にみた1回排卵周期当たりの妊娠率(略)
わが国におけるマウスを用いた動物実験の成績によれば、雌雄ともたばこ煙に暴露しなかった群の出産率が87%であったのに
比べ、雌マウスがたばこ煙に長期間暴露された群では73%、雌雄とも暴露された群では53%と、出産率が低下することが報告
されている。一方、雄マウスのみの暴露群での出産率は60%で、雌マウスのみの暴露群に比べて出産率が低く、暴露群のマウス
の精巣では、精祖細胞、精母細胞の分化不良や精子形成能の低下がみられている。また、ヒトにおいても男が喫煙すると精子の減
少、運動性の低下、形態異常が起こりやすいことが諸外国の調査で報告されている。したがって、喫煙と不妊の関係を調べる場合
には、卵子への影響のみならず精子への影響についてもあわせて検討する必要がある。
(2)閉経
喫煙と閉経の関係についての疫学的研究の報告は前述の不妊の場合と同様、わが国においては見当たらない。一方、諸外国にお
ける近年の調査結果によれば、両者の関係は時間、場所、人種を問わずほぼ一貫して示されており、非喫煙者に比べて閉経が平均
1〜2年早まると報告されている(表・・5−1(略))。また、閉経に関連した諸要因(年齢、体重など)の影響を考慮しても
両者の関係は成立すること、1日の喫煙本数が増えるほど閉経が早まる(負の量−反応関係)ことも報告されている。
表・・5―1 喫煙と閉経の関係(略)
ところで、Willettらの調査を除いた上記の調査はすべて断面調査であり、調査時点において把握された閉経者について
その頻度や閉経時年齢を喫煙状況別に比較した成績を報告している。
しかし、これらの調査においては、閉経時年齢や喫煙状況についての情報の把握方法など、方法上の問題点がいくつか存在し、
両者の因果関係を立証するにはいたっていない。
その後、Willettらは全米の(州政府または米国看護協会に)登録された30〜55歳の看護婦6万6663人を対象に
大規模な追跡調査を行い、従来の断面調査の観察結果を裏づける成績を報告している。それによると、2年間の観察期間中
5004人の閉経者が把握され、喫煙者では非喫煙者に比べて閉経の発生率が、30〜39歳では1.9倍、40〜44歳2.2
倍、45〜49歳1.5倍、50〜55歳1.2倍といずれも有意に高いことが示されている(図・・5−2(略))。さらに、
40〜49歳において1日喫煙本数と閉経の発生率との間に正の量−反応関係がみられている。また、閉経時年齢は非喫煙者で平
均52.4歳、喫煙者では1日喫煙本数が1〜14本の者で51.9歳、15〜24本が51.0歳、25〜34本50.7歳、
35本以上50.4歳で、喫煙者と閉経時年齢との間に負の量−反応関係がみられている。一方、喫煙を中止すれば喫煙中止後の
年数が長いほど観察期間中の閉経発生のリスクが低下し、禁煙後2年以上経過した者では非喫煙者と比べて閉経発生のリスクにほ
とんど差がみられなくなると報告されている。
図・・5―2 喫煙と年齢別の閉経のリスク(略)
なお、本調査においては体重をはじめ閉経に関連した諸要因の影響について考慮した場合の成績も報告されており、閉経時期の
短縮に及ぼす喫煙の独立した影響が明らかにされている。
喫煙による閉経期の短縮のメカニズムについては、たばこ煙の含有成分による卵巣への毒性影響やエストロゲン代謝への影響な
どについて動物実験の成績があるが、研究が少なく現在のところ結論を下すにはいたっていない。