2.妊婦の喫煙の影響
(1)妊娠・分娩の異常
1)早産
諸外国の大規模な妊娠・出産例の調査において、妊娠中の喫煙と早産の関係は、一貫して示されている。それらの成績によれ
ば、喫煙妊婦の早産の頻度は、非喫煙妊婦に比べておおむね1.4〜1.5倍高いと報告されている(表・・5−2(略))。
また、早産に関連した他の要因(交絡要因;confflunding factor)の影響を補正しても喫煙妊婦と非喫煙
妊婦との間で早産の頻度に差が認められること、妊娠中の喫煙本数が増えるほど早産の頻度が高くなること(量−反応関係)も
示されている。なお、喫煙による早産の増加は在胎週数の比較的早い時期(33週以前)に集中することも指摘されている。
表・・5―2 妊婦の喫煙と早産の関係(略)
図・・5―3 妊婦の喫煙と早産の頻度(略)
わが国においても、諸外国の成績に比べて調査の規模は小さいが、妊娠中の喫煙と早産との関係について調査した成績がいく
つか報告されている。全国11カ所の大学病院に受診した妊婦2152例を対象とした厚生省の調査によれば、喫煙妊婦(妊娠
全期間喫煙者)の早産の頻度は9.2%で、非喫煙妊婦の2.8%に比べて3.3倍と有意に高く、1日の喫煙本数と早産の頻
度との間に量−反応関係の傾向がみられている(図・・5−3(略))。また、妊娠初期のみ喫煙し、その後喫煙を中止した妊
婦では、妊娠全期間喫煙を継続した妊婦に比べて、早産の頻度が2分の1に低下することが示されている。厚生省以外のその他
の調査においても、石黒らの調査を除けば、妊娠中の喫煙により早産の頻度が1.5〜1.7倍高くなると報告されており、妊
娠中の喫煙と早産の関係は、わが国の調査においてもほぼ一貫して示されている。なお、わが国の調査の共通の問題点として、
早産の交絡要因の影響について考慮がなされていないことがあげられ、今後の研究の課題となっている。
在胎期間を喫煙妊婦と非喫煙妊婦との間で比較した成績によれば、喫煙妊婦のほうがわずかに1〜2日短縮する程度でほとん
ど差はみられない。これは、喫煙による早産の増加の割合が全出産の数%を占めるにすぎず、在胎期間の比較では両者の差が検
出されないためと考えられている。しかし、喫煙が関連した早産の増加が新生児死亡の引き金になることを考えた場合、妊婦喫
煙の在胎期間への影響は決して軽視できない。
図・・5―4 妊婦の喫煙と自然流産のリスク(略)
2)自然流産
妊娠中の喫煙と自然流産の関係についての調査研究は、諸外国においていくつか報告があるが、わが国においてはほとんど研
究がなされておらず、わずか1例の報告があるにすぎない。これらの研究結果によれば、妊娠中に喫煙すると、喫煙しない場合
に比べて自然流産の頻度が1.5倍前後高くなることがほぼ共通してみられている(表・・5−3(略))。しかし、これらの
調査はすべて後ろ向きに行われた調査であるため、対象症例の偏り(selection bias)や追想による回答の偏り
(recall bias)など、調査方法上の問題点が存在する。また、出産例の調査においては流産の把握もれが問題とな
る。さらに、米国において人工流産が法的に認められていない時期になされたZabriskie,OLane、Underw
oodらの3つの研究では自然流産と人工流産の区別が必ずしも十分でないこと、自然流産に関連した他の要因の影響を考慮し
ていないことが問題点として指摘されている。
Klineらは、Zabriskieらなどの研究で指摘された問題点を取り除いて妊娠中の喫煙と自然流産の関係を検討す
るため、すでに人工中絶が法的に認められた時期に米国・ニューヨーク市内の3病院において、人工流産を除外した自然流産症
例574例と在胎28週以後の出産例320例について症例−対照研究を行った。それによると、妊娠中に喫煙すると喫煙しな
い場合に比べて自然流産の危険が1.8倍有意に高くなることが報告されている。この関係は妊婦の年齢や産科的既往歴などの
影響を補正しても成立し、喫煙の自然流産発生に及ぼす独自の影響が明らかにされている。さらに、その後データの再解析によ
り、妊娠中の喫煙量と自然流産の発生率との間に量−反応関係が存在することも示されている(図・・5−4(略))。
また、医療従事者を対象に行われた米国とフィンランドの調査においても、妊娠中の喫煙が流産のリスクを高めることが報告
されている。
表・・5―3 妊婦の喫煙と自然流産の関係(略)
一方、わが国においては、喫煙と自然流産との関連を検討した成績は小池の報告があるにすぎない。それによると、流産群お
よび分娩群の喫煙者の割合はおのおの8.7%、5.5%で両群間で有意差がみられている。また、喫煙者の流産のリスクを求
めると、非喫煙者に比べて1.7倍高くなるが、本調査においては流産に関連した他の要因の影響については検討されておらず、
結論を保留する必要がある。
自然流産例の染色体分析を行った調査によれば、一般に妊娠初期の自然流産は染色体異常の関与が大きいことが報告されてい
る。ところが、喫煙妊婦にみられる自然流産は、非喫煙者に比べて染色体異常の割合が少なく、しかもその発生時期が非喫煙者
での発生時期に比べて妊娠中期の頃(4〜7ヵ月)に多いことが報告されている。このことは、喫煙妊婦にみられる自然流産の
過剰の原因が、染色体異常による自然期淘汰ではなく、喫煙それ自体の有害な作用に基づくものであることを示唆している。
以上の成績から、妊娠中の喫煙と自然流産の関連性が認められ、さらに両者間の因果関係の存在も積極的に示唆される。しか
し、両者の関係について結論づけるためには、妊娠初期からの大規模な妊婦の追跡調査を行うことが必要である。
3)周産期死亡
妊娠中の喫煙と周産期死亡の関係について検討した研究は、わが国においては厚生省の調査結果が1例あるにすぎないが、諸
外国においては比較的多くの報告がある。それらの報告のうち、大規模な妊娠出産例の調査結果においては、妊娠中の喫煙と周
産期死亡の関係が時間、場所、人種を問わず一貫して示されており、喫煙妊婦では非喫煙者に比べて、周産期死亡がおおむね
1.2〜1.4倍高くなると報告されている(表・・5−4(略))。
また、喫煙量とともに周産期死亡の危険性が高まること(量−反応関係)、周産期死亡に関連した他の要因(妊婦の年齢、社
会経済状態など)の影響を補正しても、喫煙者と非喫煙者の間で周産期死亡率の差がみられることも報告されている。さらに、
喫煙とその他の周産期死亡を高める要因(母体年齢、社会経済状態、出産歴など)とが重なる場合には周産期死亡のリスクが相
加的または相乗的に増大することも示されている。
表・・5―4 妊婦の喫煙と周産期死亡の関係(略)
図・・5―5 妊婦の喫煙と在胎週数別にみた周産期死亡率(略)
カナダにおいて5万1490の出産例を対象に妊娠中の喫煙習慣と周産期死亡との関係を調査した結果によれば、1日1箱未
満および1箱以上の喫煙妊婦では非喫煙者に比べて周産期死亡の危険性がそれぞれ20%,35%高くなり、特に在胎20〜
30週の時期にその危険が高まることが報告されている(図・・5−5(略))。また、妊婦喫煙と関連した周産期の過剰死亡
の原因を調べると、胎児死亡では「原因不明」が、新生児死亡では「未熟状態」が最も多く、過剰死亡の原因が児側の器質的な
原因よりむしろ喫煙に起因した妊娠分娩異常にあることが指摘されている。
わが国において全国9県の調査対象医療機関で昭和60年の3ヵ月間に取り扱われた周産期死亡を対象とした症例−対照研究
の成績によれば、母親が喫煙している割合は周産期死亡症例6.3%、対照1.5%と、症例のほうが約4倍多いことが報告さ
れている。この成績を用いて喫煙者の周産期死亡のリスクを計算してみると、非喫煙者に比べて4.3倍高い結果が得られるが、
本調査では交絡要因の影響の補正がなされておらず、結果の解釈上留意が必要である。
4)妊娠合併症
妊娠中の喫煙と妊娠合併症の関係についての研究は、わが国においては報告がないが、諸外国の大規模な妊娠出産例の調査に
よれば、妊娠中の喫煙が胎盤早期剥離、前置胎盤、出血、遅滞破水などの妊娠合併症の危険を高めることが報告されている。ま
た、これらの妊娠合併症の危険性の増大が喫煙による周産期死亡の増加のメカニズムとして作用することも示されている。
カナダにおける5万1490の出産例の調査によれば、喫煙者では、非喫煙者に比べて、胎盤早期剥離、前置胎盤、出血、遅
滞破水のいずれの妊娠合併症の発生頻度も非喫煙者に比べ喫煙者のほうが有意に高いことが報告されている(図・・5−6
(略))。また1日の喫煙量とこれらの妊娠合併症の発生頻度との間に量−反応関係が示されている。
米国における5万3518の出産例の調査によれば、胎盤早期剥離、前置胎盤、大きな胎盤梗塞の発生頻度は、母親の喫煙年
数が長いほど、また1日の喫煙本数が多いほと高く、母親が6年以上にわたって喫煙を持続した場合には、前置胎盤、胎盤早期
剥離、および大きな胎盤梗塞の発生頻度が、それぞれ+143%、+72%および+37%といずれも有意に増加することが報
告されている。
図・・5―6 妊婦の喫煙と周産期死亡および妊娠合併症(略)
ところで、妊娠中の喫煙と妊娠中毒症(子癇前症)の関係については、喫煙妊婦のほうがむしろ妊娠中毒症の頻度が低く、喫
煙量と中毒症の頻度の間に負の量−反応関係が成立することが諸外国の調査により報告されている。このメカニズムは明らかで
はないが、たばこ煙中に含まれるシアン化合物の代謝産物であるthiocyanateの降圧作用や喫煙妊婦にみられる妊娠
後期の血漿量の増加の停止が関係するものと考えられている。なお,喫煙妊婦が妊娠中毒症を合併すると、周産期死亡の危険性
が非常に高まることが指摘されており、中毒症のリスクの低下を喫煙のメリットとは言いがたい。
5)アプガースコア
アプガースコアは出生直後の児の呼吸・循環機能の適応が正常に行われたかどうかを客観的に評価する指標であり、児の予後
判定に広く用いられている。妊娠中の喫煙とアプガースコアの関係については、国内外においていくつか報告がある。
米国において白人、黒人をおのおの2万人以上対象にしたGarnらの調査によれば、喫煙妊婦では喫煙量の増加とともに低
アプガースコア児(白人では5点以下、黒人では7点以下)の頻度が増加し、1日41本以上の大量喫煙者では非喫煙者に比べ
て低アプガースコア児の頻度がとりわけ高くなると報告されている。また、在胎週数が38週以上の出生児に限って観察しても
ほぼ同様の結果が得られている。しかし、在胎週数以外のアプガースコアに関連した要因についてはその影響の補正がなされて
おらず、問題点として残されている。また、Lubbs,Perssonの調査においても同頻度(7点以下)は非喫煙者に比
べて喫煙者のほうがやや高いことが報告されているが、両調査とも対象数が少なく、交絡要因の補正もなされていない。
一方、2万6576の出産例を対象としたBosleyらの調査によれば、1日喫煙本数が10〜19本の喫煙者では非喫煙
者に比べて、生後1分の時点での低アプガースコア児く5点以下)の頻度が有意に高かったが、出生体重の同スコアへの影響を
間接法で補正すると、上記でみられた喫煙の影響はほとんど消失したと報告されている。また、Hingsonらは米国におい
て病院出産例1677人を対象に、多変量解析の手法を用いて喫煙とアプガースコアの関係を検討しているが、アプガースコア
に関連した多くの要因の影響を補正した場合、両者の間に関連性はみられていない。
わが国においては、星らの調査によれば生後1分の時点での低アプガースコア児(6点以下)の頻度が喫煙妊婦では9.0%
と、非喫煙妊婦の7.3%に比べてやや高いが、有意差はみられていない。また、久富らの調査でもほぼ同様の成績が報告され
ている。一方、全国11カ所の大学病院の受診例2152例を対象にした厚生省の調査によれば、生後1分の時点での同頻度は
喫煙妊婦5.2%、非喫煙妊婦7.1%で、有意差はみられないものの、むしろ非喫煙妊婦のほうがやや高い成績が得られてい
る。
以上の成績を総合的に検討すると、両者の関連性はほとんどないか、たとえあっても弱いと考えられる。
(2)胎児の発育障害
1)出生体重
妊婦の喫煙と低出生体重との関係については、1957年 Simpsonの報告以来、国内外を含めて数多くの報告があり、
両者の関係は、時間、場所、人種を問わず一貫して示されている。それらの成績によれば、一般に喫煙妊婦から生まれた児の体
重は非喫煙者に比べて平均200g軽く、喫煙妊婦における低体重児の頻度は非喫煙妊婦に比べて約2倍高いと報告されている
(表・・5−5(略))。さらに、妊娠中の喫煙本数が増えるほど低出生体重の頻度が高くなること(量−反応関係)、低出生
体重に関係した他の要因(妊婦の年齢,経産回数など)の影響を補正しても、喫煙妊婦と非喫煙妊婦との間で低出生体重の頻度
に差がみられることも示されている。
表・・5―5 妊婦の喫煙と低体重児の頻度(略)
図・・5―7 妊婦の喫煙とSFD児の関係(略)
わが国における調査は、諸外国の成績に比べて調査の規模は小さいが、比較的多くの調査成績が報告されており、ほぼ同様の
結果が得られている。全国11カ所の大学病院の妊婦2152例を対象にした厚生省の調査によれば、SFD児(Small
For Dates、妊娠週数に比し体重の軽い児、船川の在胎週別標準胎児体重曲線の―3/2δ以下のもの)の頻度が妊娠
全経過喫煙者では非喫煙者に比べて2.4倍有意に高く、さらに1日の喫煙本数とSFD児の頻度との間に量−反応関係が認め
られている(図・・5−7(略))。また、妊娠初期のみ喫煙し、その後喫煙を中止した妊婦では、全期間喫煙を継続した妊婦
に比べてSFD児のリスクが約30%低下することが示されている。
厚生省以外の調査においても、内野らの調査を除けば、妊娠中の喫煙により低体重児(またはSFD児)の頻度が約2〜3倍
高くなることが報告されている。しかし、わが国の調査の共通の問題点として、早産の場合と同様、交絡要因についての考慮が
なされておらず、今後の研究が望まれる。
英国の調査によれば、喫煙妊婦から生まれた児の体重は妊娠期間(35週以上〉のどの時点に出生した場合でも、非喫煙者に
比べて約200g軽くなることが報告されている(図・・5−8(略))。この事実は、喫煙妊婦の低出生体重の原因が在胎週
数の短縮によるよりも、むしろ喫煙による胎児の発育障害(子宮内発育遅延)によるところが大きいことを示している。
図・・5―8 妊婦の喫煙と在胎週数別の出生体重の関係(略)
2)その他
妊娠中の喫煙が胎児の発育に及ぼす影響は出生体重の低下にとどまらず、身長、頭囲、胸囲など身体発育全体の低下にも及ぶ
ことが、諸外国の調査の成績により報告されている。また、喫煙量とそれらの計測値との間に負の量−反応関係が存在すること、
胎児の発育に関連した他の要因(母親の年齢、身長、妊娠中の体重増加など)の影響を補正しても、喫煙者と非喫煙者の間で身
長に差がみられることを示した成績もある。
わが国においては、田中、舟木ら、内野らの調査の報告がある。東京の柳橋病院出産例753人を対象にした田中の調査によ
れば、妊娠第10カ月分娩の新生児の身長、頭囲、胸囲、肩幅の各測定値は、喫煙者のほうが非喫煙者に比べて低値を示すと報
告されている。また、東北大学医学部付属病院受診例2960例を対象にした舟木らの調査によれば、喫煙者と非喫煙者の間で
出生時の身長や頭囲にほとんど差はみられないが、1日11本以上の喫煙者では非喫煙者に比べて両計測値とも低値を示すと報
告されている。一方、佼成病院出産例233人を対象にした内野らの調査によれば、出生時の身長は喫煙者と非喫煙者との間で
男女児とも差は認められなかったと報告されている。
図・・5―9 妊婦の喫煙と在胎週数別の児頭大横径の関係(略)
Perssonらは5715例の妊婦を対象に、超音波検査法により胎児の児頭大横径を妊娠期間中継続的に測定し、妊娠中
の喫煙状況別に児頭大横径の発育を比較検討している。それによると、1日10本以上の喫煙者では非喫煙者に比べて在胎週数
が28週以後では児頭大横径が有意に低値を示し(図・・5−9(略))、喫煙量と児頭大横径の発育との間に負の量−反応関
係が成立したと報告されている。このことは、喫煙妊婦から生まれた児にみられる出生時の各計測値の減少が胎児発育遅延の結
果にほかならないことを示している。
(3)先天奇形
妊婦の喫煙と児の先天奇形の関係については、国内外を含めて十数編に及ぶ主要な疫学的研究の報告があるが、両者の関連を認
めた成績とそうでない成績とがあり、現在のところ結論は得られていない。しかし、近年の研究報告の増加とともに、唇・口蓋裂
や先天性心疾患などの特定部位の奇形については、喫煙との関連性を示唆する成績が複数の調査において報告されるようになって
きている。
諸外国において、妊婦の喫煙と先天奇形の関係を認めた成績としては、Fedrickら、Andrewsらzo、Himme
lbergerら、Kelseyらの報告があり、喫煙者では非喫煙者に比べて先天奇形のリスクが1.2〜2.3倍高くなるこ
とが示されている。一方、大規模な調査にもかかわらず両者の関連性を認めなかった成績としては、カナダの調査やEvansら、
Christiansonらの報告がある(表・・5−6(略))。
表・・5―6 妊婦の喫煙と先天奇形の関係―全先天奇形(略)
表・・5―7 妊婦の喫煙と先天奇形の関係―先天奇形の種類別(略)
次に、先天奇形の種類別に喫煙との関連性をみると、まず先天性心疾患では喫煙者のほうが非喫煙者に比べてそのリスクが高く
なることがほぼ一致して報告されている。さらに、無脳症、二分脊椎、鼠径ヘルニア、斜視についても、喫煙者のほうがリスクが
高まることを示した成績がおのおの2〜5例報告されている(表・・5−7(略))。
わが国においては、田中、厚生省、藤内ら、黒木らの調査があるが、いずれも妊婦の喫煙と先天奇形の関連性を示唆する成績を
報告している。全国11ヵ所の大学病院の妊婦2152例を対象とした厚生省の調査によれば、喫煙者(妊娠初期のみおよび全経
過喫煙者の合計)の奇形の頻度は1.4%で、非喫煙者の1.1%に比べ有意ではないものの約1.3倍高くなることが報告され
ている。
神奈川県において先天異常モニタリングに登録された1年間の出産例4万3632例を対象とした黒木らの調査によれば、喫煙
者における先天奇形の頻度は1.5%で、非喫煙の1.0%に比べて約1.5倍有意に高いことが報告されている。奇形の種類別
にみると、喫煙者では多指趾症、直腸肛門奇形、無脳症、二分脊椎、内反足の頻度が高いことが示されている。
また、藤内らは愛知県と静岡県の2病院において唇・顎・口蓋裂の症例−対照研究を行い、妊娠初期に喫煙習慣のあった母親の
割合が症例22.2%、対照10.8%と、症例のほうが有意に高いことを報告している。
たばこ煙の催奇形性を示した実験的研究としては、喫煙者の尿中に喫煙本数に比例してサルモネラ菌に突然変異を起こさせる物
質を検出した報告や姉妹染色分体交換(Sister chromatid exchange;SCE)の頻度が喫煙歴および
1日喫煙本数に比例して高まることを示した報告などがある。
(4)喫煙の妊娠・分娩に影響を及ぼすメカニズム
妊娠中の喫煙がどのようなメカニズムで胎児・胎盤系に悪影響を及ぼすかについて、疫学的および実験的研究の成績をもとに推
察し、その要約を以下に述べる(図・・5−10(略))。
たばこ煙に含まれる化学物質のうち妊娠・分娩に悪影響を及ぼす2大要因としては、ニコチンと一酸化炭素があげられる。ニコ
チンはカテコールアミンの分泌増加を介して子宮血管の収縮および子宮血流量の減少をもたらすことにより、一方、一酸化炭素は
ヘモグロビンと結合して一酸化炭素ヘモグロビン(Hb―CO)を増加させ、相対的に酸素ヘモグロビン(Hb―O2)を減少さ
せることにより、それぞれ胎児・胎盤系の低酸素状態をひき起こす。
図・・5−10 妊婦の喫煙の妊娠・分娩に影響を及ぼすメカニズム(略)
低酸素状態による急性影響としては、胎児心拍数の増加と胎児呼吸運動の減少がみられる。妊娠後期の胎児の呼吸運動を超音波
断層法で調べると、妊婦喫煙により胎児の呼吸運動が著明に低下することが報告されているが、これはニコチンによる作用と考え
られている。また、喫煙時の胎児にかかるストレスをnon stress test(NST)の記録中に妊婦に喫煙させるこ
とにより調べると、胎盤機能が十分維持されている妊婦では喫煙による一過性の低酸素状態の影響をほとんど受けないが、胎盤機
能が低下している妊婦では、喫煙による低酸素状態に対応できず、胎児仮死を示唆する所見が長時間にわたって出現することが報
告されている。
次に、低酸素状態による慢性影響としては、まず胎児の体重増加不良と胎盤における面積/厚さ比の増加があげられる。これら
の現象を仮に合目的に考えるならば、低酸素状態に対応した胎児・胎盤系の代償機構の結果と解釈することも可能である。しかし、
低酸素状態が妊娠経過中長期にわたり持続すると、これらの代償機構も破綻をきたし、胎児・胎盤系に重大な種々の変化や影響が
あらわれてくる。すなわち、一酸炭素やニコチンの持続的な作用により、胎盤の血管内皮が傷害され、胎盤の退行性変化(胎盤械
毛の萎縮や械毛血管のhypovascuralitys、脱落膜の壊死所見など)が促進される。その結果、妊娠後期に胎盤機
能が低下しやすくなり、胎盤機能不全による胎児の発育障害がひき起こされる。また、妊娠中の出血や胎盤早期剥離も発生しやす
くなる。さらに、胎盤の面積/厚さ比の増加は前置胎盤の発生リスクを高めることが示唆される。なお、羊水中に分泌されたたば
こ煙の代謝産物により破水が起こりやすくなるという報告もある。
以上をまとめると、喫煙の妊娠、分娩に影響を及ぼす主たるメカニズムとして、低酸素状態の持続によりひき起こされた胎児・
胎盤系の不可逆的な変化が、胎児の発育障害をひき起こすほか、妊娠、分娩合併症の発生リスクを高め、それが周産期死亡や早産
の増加の引き金になるという一連のメカニズムが推察される。
たばこ煙中の含有物質のなかで、ニコチンや一酸化炭素以外に妊娠、分娩に影響を及ぼすと考えられている物質としては、多環
芳香族炭化水素やシアン化合物があげられる。多環芳香族炭化水素は胎盤を経て胎児に移行するが、その変異原性や発がん性の作
用により先天奇形や生後のがんの発生に関与すると考えられている。また、酸素の誘導作用により胎児・胎盤系の物質の輸送に影
響を与えることが動物実験の成績から示唆される。シアン化合物については、その代謝物質であるthiocyanateが降圧
作用を有することは妊娠中毒症のところで触れたが、そのほかにthiocyanateは胎児に移行し、その直接作用または代
謝過程におけるビタミンB12やアミノ酸の消費を介して胎児の発育障害をひき起こすと考えられている。
以前、妊娠中の喫煙による出生体重の減少のメカニズムとして、食物摂取量の低下や妊娠中の体重増加不良が考えられたが、そ
の後の研究により、現在ではその原因として上述のような喫煙の直接的な薬理作用が考えられている。ただし、血中のアミノ酸や
ビタミン類(ビタミンB12,ビタミンCなど)の栄養物質は喫煙により消費または破壊され、胎児の発育障害に何らかの影響を
与えるものと考えられている。
(5)禁煙の効果
母新が妊娠前および妊娠中に禁煙すれば、その直接的な効果により出生体重や周産期死亡の改善がもたらされることが、国内外
の調査成績により示されている。
1)妊娠前に禁煙した場合
Estelらの調査によれば、母親が妊娠前に禁煙した場合、出生児の体重や栄養状態に改善がみられ、非喫煙者のレベルに
近づくことが報告されている(図・・5−11(略))。
図・・5−11 妊娠前の禁煙による効果(略)
また、米国のNINDCSの共同調査によれば、前回の妊娠で喫煙していても今回の妊娠前に禁煙すれば、2回の妊娠とも喫
煙を継続した者に比べて出生体重において平均171gの有意の増加がみられると報告されている。
2)妊娠中に禁煙した場合
母親が妊娠初期に禁煙すれば、低出生体重や早産のリスクが低下することが国内外の調査成績により示されている。全国の
11カ所の大学病院に受診した妊婦2152例を対象にした厚生省の調査によれば、妊娠初期のみ喫煙し、その後禁煙した妊婦
では、妊娠全期間喫煙を継続した妊婦に比べて低出生体重(SFD)、早産のリスクが、それぞれ30%、50%低下すること
が報告されている(図・・5−12(略))。また、周産期死亡についても、妊娠初期に禁煙すればそのリスクが低下すること
が英国の調査で示されている。
これらの成績は、研究者が禁煙を助長するための介入(intervention)を行わずに、禁煙した者についてその妊
娠、分娩のリスクを見積もったものであるが(observational study)、喫煙妊婦に対し積極的に禁煙指導
を試み、その効果を認めた成績もある。Sextonらは、米国において妊娠18週までの喫煙妊婦(1日喫煙本数が10本以
上を対象、平均喫煙本数21本/日)953例を無作為に禁煙指導群(訪問、電話、郵便物による指導)と対照群に分けて、禁
煙指導の効果を評価した成績を報告している。それによれば、禁煙指導群では妊娠8ヵ月の時点で喫煙率や1日喫煙本数が対照
群の2分の1に有意に低下しただけでなく、出生体重においても統計学的に有意の改善効果が認められた。
図・・5−12 妊娠中の禁煙による効果(略)