5.小児への受動喫煙の影響
(1)妊婦の喫煙の児に対する長期影響
妊婦がたばこを吸った場合、その妊婦から生まれた子供に対して間接的にどのような影響が出るかを述べるのがこの項の本来の
主旨であり、小児自らがたばこの煙を間接的に吸うことによる影響、つまり小児の受動喫煙の影響とは区別すべきかもしれない。
しかし、ここでは、間接的に影響を受けるという観点から広義に解釈して、妊婦の喫煙の長期影響についても合わせて取り扱った。
また、喫煙妊婦は出産後にも喫煙を続けることが多いと考えられるが、児に対する喫煙の影響を妊娠中と出産後で厳密に区分する
ことも、実際上は困難と思われる。
1)生後の発育・発達
妊婦の喫煙は、その妊婦から生まれた子供の身体的発育にもなんらかの影響を及ぼすものと思われる。ある研究によれば、1
歳のときの体重が、非喫煙者の子供では10.3・であったのに対し、喫煙者の子供では10.0・であった。喫煙者の子供の
身長は非喫煙者の子供の身長より低く、4歳で0.9・の差が、7歳では1.0・差が認められたとの報告がある。また、出生
時から6ヵ月、12カ月、18カ月と追跡した研究によると、身長、体重のみならず、頭囲も喫煙者の子供のほうが短かった。
表・・5―8 母親の喫煙別児の12カ月時体重・身長(略)
ただし、これらの報告にみられる、喫煙妊婦から生まれた子供と非喫煙妊婦から生まれた子供の身体発育の差は、他の因子を
考慮しなかったことによるのではないかとの指摘もある。たとえば、喫煙者の子供100人と非喫煙者の子供133人を対象に、
その他の因子も考慮して10歳のときの身長、体重を比較したところ、差が認められなかった。
わが国においても、喫煙者の子供と非喫煙者の子供計316人を追跡した調査がある。表・・5―8(略)に示すように、
12カ月時の女児の体重が、非喫煙群では9227.2gであったのに対し、妊娠中喫煙群では8530.7gと軽く、その差
は統計学的に有意であった。しかし、男児の体重、男女児の身長には、母親の妊娠中の喫煙歴による差はなく、喫煙本数による
差も認められなかった。なお、妊娠中喫煙群の女児は、出生時の体重も有意に軽く、各対象児ごとの体重増加に問題はなかった
と、著者らは記している。
妊娠中の喫煙は、精神運動発達にも影響を及ぼすものと思われる。喫煙妊婦から生まれた新生児は、非喫煙妊婦から生まれた
新生児に比べ、生後2日目から、よく眠る、ぐったりする、あくび・くしゃみの多いことなどが観察されている。これは、妊婦
が喫煙に加えて大量に飲酒していた場合に明瞭である。しかし、新生児の心電図と睡眠行動の研究からは、母親の喫煙が新生児
に及ぼす影響は見出されていない。また、生後8ヵ月の時点での、精神運動発達遅延は観察されていない。
英国における1万7000人の追跡調査によると、7歳時の読み取り能力は、喫煙妊婦から生まれた子どもで劣っていた。
11歳では、喫煙妊婦から生まれた子供のほうが、総合能力、読み取り能力、算数の能力ともに劣っていた。その差は統計学的
に有意ではあったが、兄弟の数、社会階級などの他の因子による差に比べれば小さい。
喫煙妊婦から生まれた子供は、多動的(hyperkinetic)であり、かつ運動機能亢進(hyperactivit
y)が認められる。1日15本以上の紙巻たばこを吸う妊婦から生まれた乳児15人と、非喫煙妊婦から生まれた17人の行動
の比較により、前者では、音への習熟など聴覚の要素に欠けていることが観察された。また、異常行動と出生時の体重との間に
関連性が認められている。
しかし、一方、喫煙妊婦から生まれた児と非喫煙妊婦から生まれた児について、10歳における性格、情緒等を比較した結果
では、両者の児の間に有意差は認められていないという報告もある。
わが国でのこの種の研究では、上述のような差は認められていない。すなわち、喫煙妊婦から生まれた子供と非喫煙妊婦から
生まれた子供には、運動発達(4カ月時の首のすわり、6カ月時のおすわり、12カ月時のひとり歩き達成率)に差がなかった。
また、同じ集団に対して行ったMCCテスト(Mother Child Counselling Test)においても発
達指数に差を認めず、指先の器用さおよび多動性においても両群に差がなかった。
2)生後の疾病の罹患・死亡
母親の喫煙の影響は乳幼児の健康一般にも現れている。表・・5―9(略)に示すように、喫煙妊婦から生まれた子供は入院
する率が高く(1.2〜1.3倍)、特に気管支炎、肺炎の率が高い(1.4〜1.7倍)。これは、妊娠中の喫煙により、子
供の感染に対する抵抗力が落ちていたことによるとも解釈できるが、生後の受動喫煙による結果とも考えられる。
諸外国での報告によれば、妊娠中の喫煙は乳幼児突然死症候群(Sudden Infant Death Syndrom
e;SIDS)の重要な発生要因のひとつと考えられている。これは、乳児または幼児に発生する突然死であり、病歴からは予
期できず、また、死後の検索によっても死因を適切に説明できないものとされている。頻度はおよそ出生1000に対して2〜
3であり、生後1〜4カ月に多い。母親の喫煙との関係が、前向きにも後ろ向きにも研究されており、量−反応関係も観察され
ている。
表・・5―9 5歳未満の乳幼児の肺炎・気管支炎での入院率(%)(略)
喫煙妊婦から生まれた子供にがんが多発するかどうかは明らかでない。1958年、母親が喫煙していた場合には子供のがん
発生のリスクが高くなるとの報告があった。しかし、約9万人の子供を対象にした大規模研究では、母親が喫煙していた子供の
がんのリスクは1.3とやや高いものの、統計学的には有意でなかった。スウェーデンでの後ろ向き研究(がん患者と対照者の
比較)によると、妊娠中の1日当たり喫煙本数が10本以上の場合、生まれた子供の小児がん(全体)の危険性が約1.5倍で
あり、特にリンパ腫とリンパ性白血病が約2倍と高い値を示した。最近のハワイでの研究によると、母親の喫煙率が高い民族で
小児がんの発生率が高い。
紙巻たばこの煙の濃縮物を妊娠ハムスターの腹腔内に投与した実験によると、投与された母親より、その子供のほうに多くの
腫瘍が発生することが観察されている。これは、母親より胎児のほうが感受性の高いことを示唆するものであり、ヒトについて
もさらに大規模かつ長期の観察が必要と思われる。
(2)生後の受動喫煙の影響
1)呼吸機能の低下
両親の吸うたばこの煙を間接的に吸うことによって、小児の呼吸機能は低下する。例えば、統計学的には有意でないとしなが
らも、5〜9歳児の呼気流量(FEF25〜75:最大中間呼気速度)は、父親または母親あるいは両親ともが家庭内で喫煙す
る場合に少ない傾向を示す。また、特に母親の喫煙との関係が強いことが指摘されており、9〜13歳の男児の最大呼気量(F
EV0.75秒量)では、母親が喫煙しない場合1833m・であるのに対し、1日当たり20本未満の場合、20本以上の場
合では、それぞれ1825m・、1806m・(年齢と身長で補正した値)であった。
表・・5−10(略)に示すように、受動喫煙による呼吸機能の低下は、肺活量、1秒量など各種の検査によって認めら
れている。また、この表(略)は、機能低下が女児より男児に生じやすいことを示している。このような男女による差は、両親
の喫煙量と喫煙期間で補正してもなお認められるものであり、直接喫煙(つまり、児本人がたばこを吸う頻度)の性差ならびに
生理学的な性差の両面から、検討を加える必要があろう。
表・・5−10 少なくとも母親が喫煙している家族における子供の肺機能低下(%)(略)
上述の成績はすべて横断面の研究によるものであるが、追跡調査によっても受動喫煙の影響で子供の呼吸機能が抑制されるこ
とが明らかにされている。
一方、このような肺機能の低下は見かけ上のものであり、両親の肺機能や身長などで補正すると差は認められないとする研究
もある。
わが国における、同居家族の喫煙の有無と学童の呼吸機能についての調査では、両者の間の関連性は認められていない。
なお、肺機能を直接測定した研究ではないが、肺組織の破壊・修復過程の指標のひとつと考えられる尿中ハイドロキシプロリ
ン:クレアチニン比(HOP比)を、6〜11歳の学童について測定した報告が、わが国にある。それによると、男児、女児と
も、尿中HOp比は、家庭内での家族の喫煙量に比例していた。
2)呼吸器疾患
母親の喫煙は乳幼児の呼吸器疾患とも関係がある。例えば、エルサレムにおける約1万例の生後1年目の入院状況の調査によ
ると、母親が喫煙者である場合は、非喫煙者である場合に比べて、肺炎・気管支炎で入院する率の高いことが観察されている。
同様な報告はほかにも認められるが、このように顕著な関係は、児が成長するとともに不明瞭になるとの報告がある。すなわち、
ロンドン郊外での5年間の追跡調査によると、生後1年間までは認められていた児の肺炎・気管支炎の権恵率と両親の喫煙との
関係が、1年を過ぎると認められなくなった。しかし、乳児期を過ぎれば、受動喫煙の呼吸器疾患・症状への影響が全くなくな
るわけではなく、わが国での調査によると、3歳児の喘鳴と1週間以上の咳を有する率は喫煙者のいる家庭で高かった。特に、
母親の喫煙との関係が顕著であった。表・・5−11(略)に、幼児・学童・生徒の呼吸器症状と受動喫煙の関係についてのわ
が国における研究結果をまとめた。すべてにおいて両者の関係が認められたわけではないが、肯定的な成績がやや多い。
最近の米国での研究によれば、5〜14歳の子供の、調査前年の呼吸器疾患および2歳になる前の呼吸器疾患は、母親の喫煙
と密接な関係があった。しかも、この関係は、年齢、社会階級、両親のアレルギー歴、呼吸器疾患歴、ガス調理台の有無、回答
者の別(父、母)のすべてを考慮しても、有意であった。
表・・5−11 わが国における幼児・学童・生徒の呼吸器症状と受動喫煙との関係(略)
中学生にもなると、受動喫煙のみならず、生徒みずから吸うたばこ(能動喫煙)の影響が存在することを考慮しておく必要が
ある。英国の48中学校での調査によると、早朝の咳、日中あるいは夜間の咳、それに軽い運動時の息切れのある率は、男女と
も本人の喫煙と関係が強かったが、非喫煙者では、両親の喫煙と関係のあることが認められた。つまり、乳幼児だけでなく、こ
の年代になってもなお、受動喫煙による呼吸器症状が存在することを示す成績と思われる。
なお、単なる症状にととまらず、急性呼吸器疾患によって子供が学校を休まなければならない日数は、家庭内の1日当たりた
ばこ消費量と正の相関があるとの報告もある。また、アデノイド切除および扁桃摘出術を受ける率は、両親、特に母親が喫煙者
である場合に高い。
3)身体的発育障害
受動喫煙によって身体発育にも影響が出ることを示す報告がある。英国のイングランドおよびスコットランドでは、家庭内で
喫煙している人数と6〜7歳児の身長との間の関連性が認められている。つまり、家庭内喫煙者数の多いぼど、児の身長が低く、
その傾向は統計学的にも有意であった。父親の職業、両親の身長などで補正すると、スコットランドで認められたこの差は小さ
くなったが、イングランドでの差は依然大きく、喫煙者数との関係も明らかであった。また、米国では、両親の喫煙と6〜11
歳児の身長を比較し、母親の喫煙歴と明らかな量−反応の関係を認めている。母親の1日当たり喫煙本数が1〜9本の場合の身
長の差は0.45・、10本以上の場合は0.65・であった。しかし、父親の喫煙との関係は認められなかったので、著者ら
は父親の喫煙が児の身体的発育に及ぼす影響は6〜11歳まで続くことはないのではないかと考察している。
4)その他がん
乳幼児期の受動喫煙が、将来のがん発生と関係があるかどうかは関心のもたれるところであるが、妊娠中喫煙していた母親は、
たいてい出産後も喫煙を続けるので、経胎盤的な影響と生後の受動喫煙とを区別することが困難である。しかし、15〜29歳
のがん患者438例とその対照とを用いた分析により、父親が喫煙者である場合に発がんの危険性が1.5倍になることが認め
られた(p<0.05)。母親が喫煙者である場合のリスクは1.1倍であったことから、著者らは、生後の受動喫煙の影響を
示唆するものと述べている。
誤飲
たばこの煙を吸うのではないが、乳幼児とたばこの関係で注目すべきは、誤飲の問題である。1982(昭和57)年に行わ
れた東京都での調査によると、3歳時で誤飲経験のあったものは17%に達し、物件種類別にみると、たばこは、そのうちの
38%を占めて、最高であった。たばこ誤飲例は主として12ヵ月未満の児にみられるものであり、8〜9カ月児で最も多いの
が特徴である。