1.消化器疾患

(1)口腔疾患

  喫煙と関係のある口腔粘膜の疾患としては、ニコチン性口内炎(Smoker's keratosis)、白色浮腫(Leuk
 oedema)、白板症(Leukoplakia)などの白色性病変があげられる。これらはすべて喫煙の刺激によって口腔粘
 膜の角化が促進されるために起こると考えられている。このうち白板症は、前がん病変としても意味をもっているが、米国の退役
 軍人を対象とした調査では、非喫煙者では3.8%にしかこの病変がみられなかったのに対し、喫煙者では22.8%に認められ、
 パイプの喫煙者にこの割合が最も高かった。歯肉へのメラニン色素の沈着も喫煙者に多く、喫煙量の増加とともにその頻度が増加
 することが認められている。ニコチンのメラニン含有細胞に対する影響がそのメカニズムとして考えられている。喫煙者では、非
 喫煙者に比べ、歯周囲疾患が多いことがしばしば報告されるが、これは主に、歯石、食物残渣などにより示される口腔衛生状態が
 喫煙者で悪いことが大きな原因となっていると考えられる(図・・6−1(略))。また、たばこ中のタールは、歯牙へ沈着して
 茶褐色の着色を起こすほか、たばこに含まれる抗菌因子は、口腔内の細菌叢の変化を起こすことも報告されている。
     図・・6―1 喫煙習慣による歯周囲疾患、口腔内衛生状態の比較(略)

(2)慢性萎縮性胃炎

  胃がんの前がん病変のひとつとして取り上げられる慢性萎縮性胃炎の発生にも喫煙が関与している可能性が示されている。内視
 鏡による生検結果に基づいた研究では、図・・6―2(略)に示すように喫煙本数が増すにつれて、慢性萎縮性胃炎の出現頻度が
 高くなり、特に50歳以上の被験者で、喫煙による影響が大きかった。また、最近の研究においても同様な結果が認められており、
 病変は幽門前庭部で著明で、胆汁の逆流の所見をみることが多いと報告されている。しかし、喫煙と関連の深い飲酒についても同
 様な関係が認められているため、両者を同時に考慮した研究がなお必要である。
     図・・6―2 喫煙本数,年齢別にみた慢性萎縮性胃炎の出現頻度(%)(略)

(3)胃・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)

  胃・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)と喫煙の関係については、古くから多くの疫学的あるいは実験的研究がなされてきた。消化性
 潰瘍の患者と他の対照群の患者の喫煙率を比較した研究では、いずれの場合も潰瘍群における喫煙率のほうが高く、そのほとんど
 で統計学的に有意な差が認められている。一方、特定の集団において消化性潰瘍の既往率、有病率を喫煙者と非喫煙者の間で比較
 した研究の結果を総合すると、喫煙者の有病率は非喫煙者の1.5〜2.0倍の範囲にある(表・・6−1(略))。このうち、
 米国の3万6656人を対象とした研究では、喫煙者のなかでも喫煙本数が多いほど、喫煙年数が長いほど、吸い込むものほど有
 病率は高値を示した。また、大規模な集団を対象としたコホート研究において、胃・十二指腸潰瘍の死亡をみると、喫煙者は、非
 喫煙者に比較して、2〜4倍の死亡率を示している。日本における一般地域住民約26万人を対象とした研究の結果では、喫煙の
 影響は、飲酒習慣別にみてもはっきりしており、喫煙本数の増加に伴う死亡率の上昇は、特に非飲酒群で著明であった(図・・6
 −3(略))。潰瘍の治癒経過に及ぼす喫煙の影響も報告されており、喫煙者では短期間における治癒率は低く、数年間の経過観
 察における再発率は高くなっている(図・・6−4(略))。
     表・・6―1 喫煙者と非喫煙者の消化性潰瘍保有率の比較(略)
     図・・6―3 飲酒習慣別、総喫煙本数別胃・十二指腸潰瘍標準化死亡比(男)―計画調査1966−78(略)
     図・・6―4 治癒後経過観察期間別にみた潰瘍の再発率と喫煙(略)
  喫煙あるいはニコチンの胃酸分泌能に対する研究は、多数行われてきたが、動物においてもヒトにおいても一定した結果が得ら
 れておらず、喫煙による胃酸の分泌亢進が潰瘍の原因となっているという証拠は認められていない。一方、ニコチンには、膵臓の
 重炭酸分泌を抑制する作用が認められており、また喫煙者においてこの分泌が低下することが観察されているため、これが十二指
 腸における胃酸の中和能力を低下させ、十二指腸潰瘍の原因となることが示唆されている。また、喫煙は、胃の幽門括約筋の機能
 を低下させ、胃内への胆汁や膵液の逆流を増加させることが報告されており、胃潰瘍の成因のひとつとなっている可能性がある。

(4)潰瘍性大腸炎・クローン病

  喫煙と腸の特発性非特異性炎症性疾患についての報告は、近年、急速に増加している。特に喫煙者における潰瘍性大腸炎のリス
 クの低下が注目されている。潰瘍性大腸炎に対して行われたいくつかの症例−対照研究では、いずれも喫煙者の相対危険度が有意
 に低下しており、その値は、0.13〜0.33であった(表・・6−2(略))。また、喫煙中、症状が改善し、禁煙後再び悪
 化した症例の報告などもあり、ニコチンがこの疾患に対し、予防的な働きをするのではないかと推測されたが、ニコチンガムを患
 者に投与した成績では、ニコチンの防御作用は証明されなかった。一方、潰瘍性大腸炎患者では、前喫煙者の割合が高いため、む
 しろ喫煙に対する腸の生理的反応の変化などが禁煙を起こさせ、そのため喫煙者の割合が低くなる可能性も指摘されている。
     表・・6―2 喫煙習慣別にみた潰瘍性大腸炎の相対危険度(略)
  クローン病に対しては、反対に、喫煙者のほうがリスクが高くなるという報告が多い。82人の患者を対象にした症例−対照研
 究では、調査時における喫煙者の相対危険度は3.5と有意に上昇し、発症時点における喫煙者に対する相対危険度は、さらに高
 く4.8であった。腸の部位別にみると大腸が侵されている場合のほうが、小腸のみの場合より相対危険度が高かった。さらに、
 これらの2つの疾患と喫煙の関係は、コホート研究においても確かめられ、喫煙者における発病率は,非喫煙者に比し、潰瘍性大
 腸炎では0.65倍、クローン病では3.40倍であった。

(5)肝硬変

  いくつかの大規模なコホート研究において喫煙者の肝硬変に対する相対危険度をみると1.3〜4.0と上昇を示しているもの
 が多い。喫煙習慣と関連の深い飲酒習慣についても同時にみた日本における平山の計画調査の成績では、飲酒の影響のほうが大き
 かったが、喫煙と重なった場合そのリスクが非常に大きくなることが示されている(図・・6−5(略))。
     図・・6―5 喫煙・飲酒習慣別にみた肝硬度の標準化死亡比−計画調査1966−78(略)