4.受動喫煙の慢性影響

(1)肺がん

  低濃度の発がん物質への長期の暴露が、人体にどの程度影響を与えるのかについてはあまりよく知られていない。暴露水準が相
 当低くても「しきい値」のようなものは存在せず、低さに見合った発がん作用を及ほしうるのであれば、受動喫煙が肺がんその他
 のがんの危険を高めることは十分考えられる。日本の40歳以上の非喫煙の妻9万1540人と、喫煙していた妻1万7366人
 およびそれぞれの夫の16年間にわたる追跡調査から、平山は女性既婚者の、肺がん死亡例200人とそれ以外の者についてそれ
 らの夫の喫煙習慣を分析し、非喫煙者である妻の年齢・職業標準化肺がん死亡率は、夫が非喫煙者である場合を1.0とすると、
 夫が前喫煙者、喫煙者で1日当たり喫煙量が1〜14本、15〜19本、20本以上の喫煙者である場合は、それぞれ1.36、
 1.42、1.53、1.91であり、夫の家庭内での喫煙が、みずからは喫煙しない妻にも肺がんの危険を及ぼしていることを
 統計的有意性(p=0.00178、片側検定)をもって示した(図・・7−4(略))。この妻の肺がん死亡のリスクと受動喫
 煙との量−反応関係は、夫や妻の年齢、職業、観察年数などを補正しても変わらない。夫が多量喫煙者であると、妻は受動喫煙に
 よりあたかも自分が少量の喫煙をしたと同程度の肺がんの危険性をもつことになる。
     図・・7―4 夫の喫煙量別にみた非喫煙の妻の肺がん発生リスク(略)
  家庭内の受動喫煙の肺がんに関する危険性に関する成績は、その後相次いで報告され、約半数のものは危険性を明らかに認めて
 いる(表・・7−2(略))。これらの研究の間の結論や相対的な危険度の食い違いについては、受動喫煙暴露の条件がそれぞれ
 の研究で考慮されたものの点においても異なっている可能性があること(例えば日米の部屋の大きさの差、同じく妻の自宅外での
 暴露の差など)、あるいは他の発がん要因の関与の可能性など(例えば、ホンコンでの異常に高い女性肺がんの発病率などに関し
 て)を考慮する必要があるだろう。また、Repaceらは、煙への暴露量と肺がん発病との量−反応関係が、能動喫煙の場合と
 受動喫煙の場合とでかなり異なる(受動喫煙のほうが推定タール暴露量の割にリスクが高い)ことから、両者の間にたばこの煙の
 有害成分の作用の様式が異なる可能性を検討している。
     表・・7―2 受動喫煙と肺がんの関連に関する研究の要約(略)
  受動喫煙の肺がん発生に関するリスクの有意性は、現在のところ世界的にみて全面的には受け入れられるにはいたっていないも
 のの、多くの国々でその危険性に対して危倶の念が表明されている。受動喫煙の影響を特集した1986年の米国公衆衛生総監報
 告では「受動喫煙は、健康な非喫煙者にとって肺がんを含む病気のひとつの原因である」と結論し、さらにより研究を進めること
 が必要としている。同様に英国王立内科医学会第4次報告でも「勧告」の中で「喫煙する夫は妻が肺がんになる危険を高めるよう
 であり、妻の喫煙も同様の危険を夫に与えると推定される」と述べ、注意を喚起している。

(2)その他のがん

  受動喫煙の肺がんに関するリスクをみた日本における住民の大集団での観察から、平山はその後さらに副鼻腔がんについても有
 意のリスクが見出されたことを発表した。つまり、非喫煙の妻のこの病気による標準化死亡率は、夫が喫煙しない場合を1.0と
 すると、夫の喫煙量が紙巻たばこで1日1〜14本、15〜19本、20本以上の場合にはそれぞれ2.27、2.56、
 3.34と増えていくことが示された。
  このほか、受動喫煙がその有意の危険因子となることが観察されたがんとしては、全がん、胸部のがん、女性生殖器のがん、子
 宮頚部がん、内分泌系のがん、さらに造血器がん(ホジキン病、リンパ腫、白血病など)がある(以上、Sandlerらの症例
 −対照研究による)。

(3)呼吸機能への影響など

  家庭内で受動喫煙を受けた者約7800人に関するフランスの観察によると、男女とも非喫煙者は配偶者が喫煙しているく1日
 10g以上)場合には、そうでない場合と比べてFEF25〜75%(努力性中間呼気速度)が有意に低く、また女性ではFEV
 1(1秒量)も低下している者の頻度が高い。また、職場での受動喫煙の影響については、米国における男女約2100人に関す
 る観察がある。家庭での受動喫煙がなく、職場での受動喫煙を20年間以上にわたり経験してきた男女の場合、FVC(努力性肺
 活量)やFEV1には有意の低下はみられなかったが、FEF25〜75%とFEF75〜85%(努力性終末呼気速度)は予測
 値より有意に低下しており、末梢気道抵抗の増加という障害が示されている。その障害の程度は1日1〜10本の喫煙をみずから
 した者、あるいはパイプや葉巻喫煙者にみられる障害にほほ匹敵するという。これらの成績とは違って、受動喫煙の呼吸機能に対
 するなんらの影響も見出さないという報告もあるが、後者の研究では、対象の年齢構成が若いほうに偏っていたり、受動喫煙への
 暴露がより軽度だったりするかもしれないこと、用いている呼吸機能の指標が十分鋭敏でないかもしれないことなどが考えられ、
 それと対象選択のバイアス(偏り)の可能性などが両者の成績の食い違いの原因かもしれない。
  受動喫煙の虚血性心疾患に対する影響に関しては次にまとめて記述する。