5.病人に対する影響
受動喫煙によって生体に吸収された物質が身体的になんらかの病気をもった者には、特に大きなリスク要因として作用するであ
ろうことは容易に想像しうるところであるが、事実それは臨床実験、および疫学的観察により示されるようになった。
Aronowは、冠動脈の閉塞をもった男の労作性狭心症患者10人を部屋にとじ込めて15本のたばこの煙に2時間暴露して
血行動態を観察し、またこの間一定の運動負荷をかけて、狭心症の発作が誘発されるまでの時間を計った。その結果、部屋を換気
した場合に比べて全く換気しなかった場合には、受動喫煙中の心拍数の増加、血圧上昇、血中COヘモグロビン値上昇は有意に大
きく、運動負荷による発作発現までの平均時間はそれぞれ22%、38%ほど短縮していた。さらに発作時の血圧下降、心拍数の
減少の幅も非換気下のほうでより著明であり、より高度の受動喫煙は虚血性心疾患の臨床像を悪化させることが示された。ただし、
これは非現実的な条件下でのテストであり、この結論がそのまま一般の患者に適用されるわけではない。
この受動喫煙の虚血性心疾患に対するリスクに関しては、一般の非喫煙者に対しても有意の成績が報告されている。Hiray
amaの日本人の大集団での前向き研究で、非喫煙の妻の虚血性心疾患による死亡率は、夫が喫煙していない妻に比べて夫の1日
量が1〜19本、20本以上の場合にそれぞれ1.10、1.31倍になっており、これらの差は統計学的に有意であった(p<
0.02)。米国でも約700人の中高年の非喫煙既婚女性の追跡調査から、夫が喫煙しているか、かつて喫煙していた場合には
虚血性心疾患の死亡率は、非喫煙の場合の14.9倍になるという報告が出ている。
健康非喫煙者に受動喫煙させた場合、最大呼気流量の変化が有意にみられるという報告もあることや、能動的喫煙者における閉
塞性変化を中心とする喫煙の呼吸機能に対する影響から考えれば、なんらかの呼吸器の障害をもつ者に対しては、そうでない者に
はみられない障害があることはきわめて考えやすい。しかし、これに関する研究は数も少なく、結論も一定しない。Dahmsら
は10人の気管支喘息患者と10人の健康者に対して室内で受動喫煙させ、15分おきに呼吸機能を追跡した。煙暴露前後の血中
の一酸化炭素濃度は患者群、健康者群でともに0.40%ほど上昇し、その程度には両群間で有意の差はなかった。しかし、FV
C、FEV1、FEF25〜75%についてみた呼吸機能は、患者ではいずれも受動喫煙開始後15分にはすでに低下が検出され、
その後ずっと低下が続き、1時間後には暴露前に比べてそれぞれの指標値は20.0%、21.4%、19.2%も低下した。健
康者ではこれらの指標に有意の変化は表われなかった。これに先だってShepardらも同様の試験を喘息患者に対して行って
いるが、それによれば患者は受動喫煙により、喘鳴や胸部閉塞感を訴えたものの、呼吸機能上の有意の変化はみられなかった。心
因的な反応の影響を除外した、より厳密な実験条件下での今後の成績がまたれる。