「木と日


クリ「栗」

ブナ科の落高木。

の名前はが黒い(く ろみ)が変化して付いたといわれています。材は堅く湿気に強いので、家の土台・鉄道の枕木等に使われます。

兵庫県青垣町の丹波木綿では、皮は草木染の染料として利用されています。赤みがかったエンジ色に仕上がるそうです。

山に自生している柴栗と呼ばれて現在栽培されているの原種です。果にはビ タミンB1・C等が多く含まれており、食糧とさ れてきました。最近では品種改良され、イガに刺 の無いもあります。

「大きなの木の下であなたと私仲良く遊びましょ!」
「静かな静かな里の秋、おせどに木のの落ちる夜は あぁ母さんと唯二人、煮てます囲炉裏端」
「さよならさよなら 椰子の島・・・」
2・3の歌は戦争のときの慰問の歌だったそうです。
私の書いたクリのイラスト
2000/06/03撮影 2000/06/10撮影 2000/07/16撮影
近所の道端の木を追い続けていたのに心無いハイカーに枝を折られてしまいました。
という漢字はどうしてできたのでしょうか」

シチリア島には「百騎のクリ」という推定樹齢二千年、高さ13m直径15mの大木があり、百騎の兵隊が馬に乗ったままこの木の下に入れたとか。クリはヨーロッパから1000年位前に中国に伝わりました。

2000/09/05 私のクリ畑で撮影
毬からが頭を覗かせました。
特撰 天津甘栗 中国のそれまでのクリシバグリ天津グリは小さく、太陽の沈む西の方角の大きなのなるクリを欲しがって、西の木が欲しいという願望から西に木と書くようになり「栗」という字が創られたのです。

特選 天津甘 

皮を剥けば儲かる 
「天津甘」の名前は天津港から出荷されたので名づけられた。天津甘の産地は天津港からくるまで3.5時間の所、最近では皮を剥けば食べやすいと、
の皮むきの加工が開設された。50億円を投資した加工場での従業員が1000人も、1ヶ月で300tもの皮を剥く、一人1日3000個平均
栗を焼く工場長は月給600元(日本円で8000円)だが夫婦共働きで快適な生活をしている。
むきはチッソガスで冷凍保存し、もちろん市場のターゲットは日本


「縄文人はクリの木を育てた?」

三内丸山遺跡から出土した木や木製品を調査した結果、直径1mの巨大な木柱や漆器にクリの木が使われていたことが判りました。
クリの殻が集落周辺から出土しており、食料や生活の材料に積極的に使ったと考えられていますが、周辺には自然のクリの木は生えておらず、
1m程の太さになるまで木を育てたと考えられています。

「ロシアから来たクリの柱」

三内丸山遺跡で巨大な木柱と六つの柱穴が見付かり、遺構をもとに高床式建物を復元しようと直径1mのクリの木を国内で探したのですが、
見つかったクリの木は樹齢200年生以上の天然記念物で切ることができません。
あくまでもクリにこだわる青森県は森林組合などを通じて中国・アメリカ・カナダ等でも探したのですが、なかなか見つからなかったのです。

結局直径1m以上の木があったのはロシアのコーカサス地方のソチ市の25haのクリ林、六本を調達し、シベリア鉄道で運ばれ青森港に到着。
一組二本で20t、15mもの高さがあり、4階建てのビルの高さにもなりました。
県では建物を復元するのに縄文人のようにクリの木を人力で引っ張ることにしていましたが、
あまりにも大きく重いため、平成八年十月にクレーンで吊って復元しました。

私の書いたカラマツのイラスト
カラマツ(フジマツ・ニッコウマツ・ ラクウショウ)「唐松・落松」

マツ科の落高木。

日本の針樹の中で イチョウは別として唯一落する木です。
を落とすなのでの名前があります。
材は樹脂が多く湿気に強いので家の土台・電柱・鉄道の枕木・
船材等に利用されています。
樹皮はタンニンを含んでおり染料として使われています。

「雪解けせせらぎ 丸木橋 落葉松の芽がふく北国の あぁ北国の春」