「木と日
」
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シダレヤナギ(イトヤナギ)「垂柳・糸柳・
枝垂柳」 ヤナギ科の落葉高木。 中国原産で湿地などに生育します。 枝は細く垂れ下がり、ヤナギの中で も一般的で親しまれており、各地で街路樹とし て植えられています。 枝が垂れ下がる形から シダレヤナギは国際的なヤナギの代表 品種です。 シダレヤナギは英語でウィーピン グ・ウイロウと呼ばれ、悲しい涙を流すという 意味です。 |
ヤナギに何度も飛びつくカエルを見て書道を勉強し直した
小野道風話でも有名ですが、枝がたれているからこそカエルも飛び付けたのです
| ♪「さて、さて、さては南京玉すだれ、ちょいと伸ばせばシダレヤナギにさも似たり、シダレヤナギに飛びつくカエル、カエルいないがお慰み」 と南京玉すだれでもシダレヤナギはカエルが飛び付くものとして歌われています。 竹遊流 習いたい人は教えて下さい。をクリックしてメールください 深山竹遊 南京玉すだれ教えて下さい。 |
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枝のしなやかな様子から「ヤナギに雪折れ無し」とか「ヤナギにお化け」等の諺が生まれています。
ヤナギ「柳・楊柳」
ヤナギ科。
特にヤナギ属の総称で落葉高木または低木。ヤナギ属は非常に多くの種類があり、ほとんどは水辺を好んで生育します。
枝を水に入れておくだけでも根をだし、生長の著しい木です。
ヤナギは日本では約90種類もあります。ウンリュウヤナギ・ネコヤナギ・コウリヤナギ等が代表的なものです。
「昔なつかし銀座の柳 あだな年増を誰が知ろ・・・」
「秋の銀座は柳散る、散る散る柳が胸に散る・・・」
「浮いた浮いたの浜町河岸に、浮かれ柳のはずかしや・・・・・」
「土手の柳は風任せ・・・・」
「花咲き花散る宵も銀座の柳の下で、待は君一人君一人 逢えば行く 喫茶店(ティールーム)・・・・」
「柳並木、夕空くれて何処へ急ぐた旅の鳥・・・」
「柳青める日 燕が銀座に飛ぶ日・・・」
ウンリュウヤナギ「雲竜柳」
中国原産のペキンヤナギの園芸品種。
寒さに非常に強い品種です。枝がねじれたり左右にジグザグに曲がり変わった姿をしています。この曲がっている枝に趣があることから生け花で利用します。
| ネコヤナギ(カワラヤナギ)「猫柳」 水辺に自生し、庭木として植栽したり、生け花に利用します。 和名は花の穂が猫の尾に似ていたので名づけられました。 ♪「柳の上に猫がいる、だからネコヤナギ」ではありません。 |
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コウリヤナギ(コリヤナギ)「行李柳」
昔、行李 を作る材料にしました。今は生け花などに利用されています。
5,000円の駅弁が兵庫県にありますが、中身はおにぎり三つとたくあん2切れ、ほとんどがコウリヤナギの弁当箱の値段。
「ヤナギが少なくなり幽霊が困っている」
幽霊といえば昔から柳の木の下に出るものと相場が決まっているのですが、柳の木が少なくなり、出て来る場所もないのだそうです。
柳が減ったほかに最近の光害が最大の原因で、ますますでずらくなっています。
昔は夜は暗く、暗闇では草木はざわめき、昼間とは違う異様な世界を作っていました。草木も眠る丑三つ時
は妖怪や幽霊の出る時間として決まっていました。
今は戸外だけでなく室内も明るくなってきました。
行灯やロウソクのほのかな灯かりが異様な雰囲気をかもしだしていたのですが、電球や蛍光灯が普及し明るくなりすぎたのです。
光害のほかにも田園や森林の開発で人間の住む空間が増え、妖怪たちに危機が迫っているのです。
出る場所を失った幽霊たちは子供をターゲットに夜の学校に出没するようになったのです。何年か前にブームの「学校の怪談」がそうです。
人間の生活のための自然破壊や樹木の植栽も進まない今、ますます幽霊たちも稼ぎ場所をなくしていくのです。
幽霊のリストラは人間が起こした環境破壊が原因か?
「昔話に出て来るヤナギ」
ヤナギはなぜか昔話によく出てきます。幽霊もヤナギの下に出て来るようにヤナギには霊が宿りやすいのでしょうか。
「お杉とお柳」
あるとき越後のおじいさんとおばあさんが連れ立って伊勢参りをしました。
二人が明日は越後に帰る前日の宿でのこと。
隣の部屋からかわいらしい娘の声が聞こえてきました。
話をするとおじいさん達の隣村から伊勢参りに行くお杉とお柳という娘達だったのです。
長い冬が過ぎ、やっと春の兆しが訪れた頃、おじいさん達が伊勢参りの道中で知り合った隣村の娘さん達に会いにいきました。
去年逢った娘たちののことを尋ねましたが、
村人達は 「そんな娘はこのむらにいね〜ぇ」と言うばかり、
しばらく行くとお堂の前で村人達がワイワイ、ガヤガヤ。
「今年に限ってあの木とこの木がまだ芽を出さね〜ぇ」
「なんともふに落ちないこった〜ぁ」と騒いでいました。
早苗が波打ち水田にツバメが飛び交う頃、隣村の衆がおじいさんとおばあさんを呼びにきました。
早速隣村に出かけると、お堂の際の杉の木と柳の木にはお伊勢様の御札がついていたのです。
なんとも不思議な眺めだった。
風がそよそよと吹くと、今まで芽の出ていなかった柳が芽をだし、皆が驚いているとみるみるうちに杉が緑豊かになったのです。
「やはり、お杉とお柳はこの村の者じゃったんじゃ」
「なんで木が伊勢参りなんかに行ったのかのお」
「木も人と同じ事を思ってるんじゃ」
それからこの村では春の木の芽吹きが遅いと
「木が伊勢参りをした」と言われるようになったのだそうです。
「柳の木とおこと」
むかし甲斐の遠光村に「おこと」という美しい娘がおったそうじゃ。
いつのころからか「おこと」の所に夜毎通って来る若者がおった。
若者は住んでいる村も自分の名前も打ち明けようとはしなかったが、二年経ったある日のこと
「俺は高畑村の柳の木の精で、甲州で建立される善光寺の二十五間の棟木
の候補に上がり、切られて千年の命を亡くす」
と涙を流して別れを告げたのでした。
朝になり、「おこと」は高畑村に駆けつけたのですが、柳の木はすでに切られておりました。
人夫達が力を合わせて運ぼうとしているのですが、柳の木はびくとも動きません。
「おこと」はたまりかねて柳にすがり付き、(♪腰の軍刀に縋り付き・・・・)若者が良く歌っていた歌を歌い、若者との幸せな生活を思い浮かべて涙を流したのです。
すると今までびくともしなかった柳の木が動き出したのです。
柳の木が動き出したのは「おこと」の涙や歌ではなく、千年生きた命が今度はお寺の棟木となり、新しい命が始まることが理解できたからなのです。
人々は今までに沢山の木を切ってきました。
司馬遼太郎編著の『樹霊』のあとがきには、
「人間の暮らしから樹霊の連なり添いと樹霊への崇敬の心を失ったとき、
人間の精神がいかに荒涼として来るかをうすうす気づいて、おびえるような気持ちでいる」と書かれています。
の尊い命を奪う以上は、使う人間も
を大事にすることで、
も喜んで役に立ってくれるのです。
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1 ヤマグワやアカメガシワ
の枝に餅や団子を付けて繭の豊かな収穫を祈るために、小正月に飾る。
2001/07/05 仕事中に太井の道沿いで撮影
2 平安時代の書家。和様発達の基礎をつくった。藤原在理・藤原行成と共に達筆の三名人。
3 木の枠などに紙を貼り、中に油皿を置いて火を灯す照明器具。