| クヌギ (フジバミ・ツルバミ・クノギ・ドングリノキ・ズグリ・ズングリ・ズングリノキ) 「橡・椚・檪・櫪・櫟」 ブナ科の落葉高木。 葉は互生し、長楕円形でクリの葉に似ており、栗似木(クリニギ)が訛ってクヌギと名付けられました。材はシイタケの原木や薪炭用に利用されています。 直径2cmくらいの大きな実は「おかめどんぐり」と呼ばれ、ヤジロベーやコマなどを作って遊びます。樹皮は染料や薬用に使用します。 |
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さぁ! 大変 ドジョウが出てきて『こんにちわ』坊ちゃん いっしょに遊びましょう!」 |
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ナラ「楢・柞・枹」
コナラ・ミズナラなどの総称。材は器具・薪炭、樹皮はクヌギと同じように染料に使用します。
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ミズナラ(オオナラ)「水楢」 ブナ科の落葉高木。 材には水分が多く含まれていて燃えにくいのでミズナラの名前が付きました。 幹には大きな割れ目があり、材は器具材・洋酒の樽に利用されています。 |
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コナラ(柞:ハハソ・ホソウ)「小楢」 ブナ科の落葉高木。 新芽は水田の緑肥として古くから利用されてきました。 材は器具・薪炭用・シイタケの原木として、 樹皮は染料に使用されます。 |
「チェーホフの名作『桜の園』は果樹園」
『桜の園』はチェーホフの代表作。
世間知らずの女地主ラネーフスカは「この地方でちょっとましな、すばらしいものがあるとすれば、うちの桜の園だけですよ」と借金のため代々続いた桜の園を手放してしまいます。
『桜の園』に出てくる桜は日本特有の花見用の桜ではなく、サクランボ
(ロシア語でヴィーシニャ)を採るための果樹園だったのです。
ロシアでは日本のシンボルとしての桜も知られており、サンクトペテルブルグでは
「サクラ」(
「俺がいたんじゃお嫁に行けぬ・・・妹よ・・・」と言っても寅さんの妹ではありません)という名前の香水が作られています。
サクランボの原産地はアジア西部・ヨーロッパ・中国で、ヨーロッパ産はチェリー、中国産は実桜(桜桃)。
日本にサクランボが輸入されたのは明治4年。涼しいところに適していることから、東北地方で主に栽培されました。
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| 山形産のサクランボ | アメリカ産のチェリー |
太宰治は晩年に『桜桃』という作品を発表していますが、昭和23年6月サクランボの実のなる頃、玉川上水で入水自殺をしました。
彼の遺体は一週間経った6月19日に発見されました。きしくもこの日は彼の三十九回目の誕生日だったのです。
サクランボの産地である津軽地方に生まれた彼の命日は「桜桃忌」となっています。
「学校にはなぜサクラが植えられているのか」
学校のグランドや校庭には必ずといってもいいほどサクラが植えられています。
なぜサクラなのかと言うと、
本居宣長の「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」という詠からサクラこそが日本人精神の象徴であるとされたからなのです。
さらに、バット散る散り際の潔さが、軍人精神の死の美学と結び付けられ、陸軍の兵舎に盛んに植えられたので、このことかきっかけとなって学校に植えられるようになりました。
「右近の橘左近の桜」
雛祭りに飾られる調度品や人形は平安時代の貴族の生活を表わしたものでした。
中に「右近の橘左近の桜」があります。
左近の桜は天皇の御殿である紫宸殿の南の階下に植えられていた物ですが、もともとは梅が植えられていました。
最初桓武天皇(782〜805年の延暦年間)に梅の木を植えました。
その梅が枯れたため仁明天皇(834〜848年の承和年間)に新しい梅を植えたのですが、963年に燃えてしまい、村上天皇が桜に植え替えたのです。
左近(左近衛府:樹木の栽培を担当した部署)で管理をしていたので「左近の桜」と名付けられました。
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本居宣長:江戸中期の国学者、語学者。初め医学を修業し、源氏物語などを研究した。