
落語の
桃太郎の話に耳を傾けて下さい。いや、目を通して下さい。
テケテンテンテンテン
え〜ぇ毎度バカバカしいお話で・・・・
子供がなかなか寝ないので父親が桃太郎の話をしますが・・・・・・、
子「なんやかんや言うてんねんさかい、寝たろかと思たんやけど、あんまりあほなこと言うさかいにだんだん目が冴えてきた」
父「目が冴えてきた?悪いやっちゃな、なんでや」
子「なんでて、お父ちゃんそれ桃太郎の昔話やろ!」
父「そやそや、桃太郎の昔話やがな」
・・・・・中略・・・・・
子「お父ちゃん何も知れへんけどなこの桃太郎と言う話は、日本の昔話の中では、一番ようでけてんねん。
世界的な名作と言われてんのや、外国へ持っていってもひけをとらんようでけた話やイソップやアンデルセンにも負けへんで、それをあんな言い方したら値打ちも何にもないわ。
それでは作者が泣くで」
父「なにが作者や、お前ら何も知れへんねん」
子「お父ちゃんこそ、これにはなあ、昔々あるところというて時代や場所をはっきりさせてないやろ。わざとそうしてあるんやで。
子供に難しいこというても解かれへん、仮に大坂の話にしたら、大坂の子供には馴染みがあってええかしらんけど、東京へ持っていったら地理も解かれへんやろ!
東京の話にしたら東京の子にはよう解かってええかしらんけど、また田舎の話にしたら皆に馴染みがあらへんやろ、日本国中どこへ持っていっても、
どこの子に聞かしてもあてはまるように、昔々あるところとしてあるんや。
話がそれだけ大きなるわけや。
それでおじいさんとおばあさんが出てくるやろ、本当は両親のことやねん。ぢぢ、ばばのにごりを取ってしもうたら、父母になるがな。
二親のことが言いたいのやけど、昔は子供は年寄りと馴染みが深かったさかい、じいさん、ばあさんの話としてあるねん。
山に柴刈りに行って、海に洗濯に行く訳にはいけへんさかい、川にしてあるけど本当は海のことが言いたいねん。
つまりこういうことや、父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深しということの喩えやねん」
父「・・・ふ〜ん、あっそうか、なるほどなるほど、それからどないしてん」
子「川の上流から桃が流れてきて、家に持って帰って割って子供がでけた、桃から子供なんか生まれたりせえへんで、桃や梨なんかから子供が生まれたら、
果物屋は喧しいてしゃ ぁないがな。人の腹から出てきた子供が、子供のくせに鬼退治なんかしたら不自然やな。そやから神さんから授かった子供になってんのや。
渡る世間に鬼は無しと昔から言うけど、どっかのテレビ番組みたいにこの頃では世間は鬼ばかりやろ、世間ちゅうたら恐ろしいとこやで、お父ちゃん解ってるか。
ボーッとしてたらあけへんで、お父ちゃんしっかりしてや、世の荒波にもまれる。これが鬼が島の鬼退治や。
お供に犬と猿と雉がでてくるやろ、これは動物三種ちゅうて、なんの動物でもええんと違うんや。
つまり、この三匹で智・仁・勇という三つの徳が表わしてあんのやで」
父「ひぇー、こら〜ぁええ話や、かかあ寝てるやつがあるかいな、お前もちょっと起きてきていっしょにこの話聞け、こらもうおとなが聞いても為になる話やがな。それからどないしてん」
子「それでさっきのお父ちゃんの話の中で、黍団子という美味しい団子をお供にやった言うたやろ、あんな的外れなこと言うてたらあかんわ、黍団子の黍ちゅうたら、
五穀の中でも米 や麦に比べたらちょ〜粗末なもんや、贅沢したらあかんという戒めがこの団子であらわしてあるねん。
そやさかい人間と生まれた以上は鬼が島の鬼退治の喩えで、世間の荒波の中で苦労せんなあかん。
その時に贅沢をせず質素を守って、三つの徳を身につけて、一生懸命働いていろんなめにあって苦労して鬼を退治するんや、
山のようの宝ちゅうのは世間へでて身につけた信用と か名誉・地位・財産とかそういうもんわ宝としてあるんや。
こういうものを身に付けた立派な世の中の役に立つ一人前の人間になって、親孝行し家名をあげる。
これが人間にとって一番大切な道やということを、昔の人が子供にも解るように面白い話に仕立ててこの桃太郎の話を作ったんや。
この話はそれぐらいようでけたる話なんやで、あんな言いかたしたら、値打ちも何にも無くなってしまうで、お父ちゃん、わての前やさかいええけど、
よそへいってあんなこというたら笑 われるで、わてが恥じかくさかいにな!親の恥じは子の恥じやさかい。
わてまで辛いさかいそんなこと言わんようにしてや、わかったなあ、ええか。
お父ち・・・あぁ!寝てしもうたがな。いまどきの大人は罪がないなぁ」
テケテンテンテンツクドンドン
ごゆっくり御休み頂けたでしょうか、それでは本題の木の話に戻りましょう。
1 人間が常食とする五種の穀物。米・麦・粟・豆・黍または稗