木は神



ウメ「梅・楳」  バラ科の落果樹。
 
ウメは弥生時代に中国・朝鮮を経由して日本に渡来しました。

奈良時代には広く栽培されるようになり、奈良時代には「むめ」と呼ばれていました。
ウメの学名((prunus mume(プ ルヌス ムメ))にもムメとして使われています。
このムメが変化して「ウメ」と呼ばれるようになったと言う説と、
中国でをさす「メー」に日本語の接頭語の「ウ」が付いて「ウメ」という言
が出来 たとの説があります。
   
好文木
とも呼ばれており、材は櫛に樹皮は染料に使われます。
は痰きり・吐き気止め・熱さまし・回虫の駆除等に利用されています。

    茨城県の木・大分県の木・(ブンゴウメ)・福岡県の・和歌山県の

写真左  田畑喜八の美より 紅白梅に束熨斗模様振袖
写真右 箪笥にデザインされた
 



は咲いたかはまだかいな・・・・」
「水戸は二の丸三の丸 俺も生きたや、人間らしく、
咲春じゃもの」
「お染め久切ない恋に、残る紅梅久作屋敷
「雨にうたれてほのかに匂う 花は白梅湯の香り」

ウメ
2001/03/21 自宅の前栽で撮影 2001/03/21 自宅の盆栽の白梅 2001/03/12 自宅の庭で撮影


ユスラウメ(ユスラ)「桜桃」

中国原産のバラ科の落低木。

の縁には細かい鋸歯があり、裏にはちぢれた毛が密生している。
よりも先または同時に五弁のを咲かせ、果は球形で表面に
毛があるが、赤く熟すと食べられる。 漢名 英桃

2001/06/03 左  自宅の畑で撮影
2001/04/04 右     同上

「万人はが好き」
 
    「万集」にはを歌ったものが118首もあり、奈良時代の日本人がを好んでいたことがよく分かります。
   が好まれた理由としては、が出る前にが咲き、匂いが良かったからで、当時の人々はこの匂いが邪気を払ってくれると信じていたのです。
 

 「東風吹かば臭いよこせよ、主なしとて春なわするな!」

干しで疲労回復」

   鎌倉時代には干しは薬用として用いられていたため、一般庶民は口に出来ず、武士や僧侶の口にしか入らなかったのです。
   食べ物の腐るのを防ぐ効果があるので、お弁当やおにぎりに使われています。
   また、疲れたときなどには干しを舐めると、干しに含まれているクエン酸で唾が大量に分泌されるため、口の中のべとべとがなくなり、酸っぱい刺激が脳に作用して疲労が解消されるのです。

2001/06/09 観心寺で撮影 

  「日の丸弁当は理想の弁当」
  大きな弁当箱のご飯の真中に梅干しがたった一つ、日本の国旗の日の丸
に似ているので「日の丸弁当」と名づけられたのは皆さんもご存知でしょう。
以前は日の丸弁当の栄養の低さが指摘され、梅干しまでが悪い評価を受けている時代もありました。

   しかし、梅干しには有機酸とミネラルが多く含まれており、バナナと比べるとカルシウムが約6倍、鉄分が5倍も含まれているのです。
  梅干しは体内に入るとアルカリに変化し、ご飯や肉などの酸性食品を中和する役目があります。
 なんのおかずもないこの弁当はタンパク質などが不足しており、低カロリーのダイエット食ですが、
ご飯のカロリーを吸収されやすくするためすぐエネルギーに変わるので、働く人のための理想の弁当といえるのです。



日の丸弁当
 

「水虫退治に干し」 「水虫かい?阿藤 海!」

   じくじくして痒いような何ともいえない水虫、こんな水虫にも干しは効くのです。
  干しの果肉を朝昼晩の三回患部に塗り続けて二週間ほどするときれいに治るのだそうです。
  足を湯を入れた洗面器でふやかし、薄皮を剥ぎ、干しの果肉を擦り込めばより一層速く治るのだそうですが、痛くてもガマンガマン。
 
お試しになる前には皮膚科の医師にご相談の上実行して下さい。
(生兵法は怪我の元)

汁で懐炉」

 汁100ccをビニールの袋に入れ、別の袋に入れた消石灰(水酸化カルシウム)200gと粘土80gの中に入れます。
  熱を必要とするときは、汁の袋を破り、消石灰と混ぜて揉むと、酸とアルカリが反応して熱を発生させるのです。
  中の粘土は熱をゆっくりと発生させるためのもので、一時間後から約60度の温度で6時間の間熱が得られ懐炉替わりになるのです。
 

ウメっていろんな所で役に立つんで〜す。

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菅原道真 (すがわらみちざね)

平安前期の公卿・学者・政治家。本名は三。宇多天皇に仕えて信任を受け、894年(寛平6年)遣唐使に任ぜられたが、廃止を建議。
醍醐天皇のとき、右大臣となったが、901年(延喜1)藤原時平の中傷により、太宰権帥(だざいのごんのそち)に左遷される。その地にて没。
学問の神 天満天神としてあがめられる。