森からのたより

森の声、森の香り
2001/10/28

秋も深まり、
山の紅葉もピークを過ぎる時期になってきた。

私は先週、ほかの用事のため山に行くことが出来なかった。
一人で行ってきた勇治によると、
その日の天気は一日中快晴で、紅葉はちょうど最盛期、
特にブナは青空に黄色く映え、輝いていたという。
葉が緑色のものも残っていたので、
まだ今日でも間に合うかもしれないということだった。

大いに期待して出かけた山の天気は快晴、絶好のもみじ日和だ。

ところが、山の様子は期待とはうらはらなものだった。
黄葉が残っていたのは
ブナ帯より下の、トチやサワグルミ、カツラなどの混交林帯だった。
しかしそこでも既に最盛期を過ぎたようで、
目を見張るというほどではなかった。
先週、この辺はまだ黄葉が始まっていない木も多かったそうで、
今日あたりはよいだろうと思っていたのだが。

カツラもほとんどの葉を落とし、木の根元には
黄色い葉が一面に散っていた。
カツラの葉は落ちるとすぐ茶色く変わってしまう。
しかしその落ち葉の色はまだ黄色く、
散って間もないようだった。
黄色い絨緞のように敷かれたその葉を踏んで行くと
甘く香ばしいカツラの香りが
むせるようにたちのぼってきた。
秋、落葉のころにはその香りもひときわ強いようだ。

しかしカツラが葉を落としていたのは残念だ。
勇治も首をかしげ、
こんなに早く黄葉が過ぎていくのかと不思議そうだった。
1週間でずいぶん変わってしまったようだ。
この季節は、森の変化がこんなに速いこともあるのだろうか。
しかし夕方になり夕日が差せば、また見え方も変わるかもしれない。
ここは夕日に期待しよう。
そう思いながら私たちはブナの純林を目指して登って行った。

ブナの純林の黄葉はすっかり終わっていた。
葉をすべて落としたもの、
茶色く縮れた葉をまだ少し枝に残したものなど、
ほとんどのブナが冬への備えを終えようとしていた。
明るく見通しのよくなった林の中ではコシアブラの薄い黄色が
よく目立つ。

ブナの木立の中に立っていると様々な音が
聞こえてくる。
風に揺れる枯葉の音、舞い落ちるときの乾いて軽い音。
木々を吹きすぎて行く風の音。
そして
静寂という無音の音。

その中に耳を引く音が混じっていた。かすかに聞こえる鳥の声だ。
キッ、キッともチッ、チッともつかない
つぶやきのような小さな声。
それはツグミのようだった。ツグミの群れが
渡ってきたのだろう。
どこかで木の実をついばんでいるのではないか。
葉を落とし銀色に光る枝の間に目を凝らした。
やがてその間を動く鳥の影が目に入ってきた。双眼鏡で見ると、
やはりそれはツグミだ。
何羽ものツグミが
1本の木の周りで飛び立ったり止まったり、
忙しそうに動いている。

その木は
コシアブラだった。
葉はすっかり落としていたが、実をたくさんつけている。
彼らはその実をせっせとついばんでいた。
鳴き交わす小さな声。
飛び立ち舞い下りるときの、かすかなざわめき。
コシアブラの周りには、ツグミたちの気配がたち込めていた。
群れが近づいてきたのかやがてそれは森全体に広がり、
私たちを包み込むかのようだった。

そのとき、ツグミのざわめきを貫くように
アカゲラの声が響いてきた。
コゲラの声も、そして木をたたくコツコツという音も。
森は次第に賑やかになってきた。
それはしばらく続き、私たちの耳を楽しませてくれた。

しかし
やがて鳥たちはいずこかへ去り、
森は再び静かになった。

私たちはブナ林をあとに、山を下った。
夕方の混交林帯で、
夕日に照らされた最後の黄葉を見るために。

歩くにつれ、森の香りが次々と鼻をくすぐって過ぎていく。
それは落ち葉の香り、どこかに生えているだろうキノコの香りだ。
落ち葉の香りと一口に言ってもそれは様々だ。
散ったばかりの葉の発するどこかこうばしい香りから、
分解や醗酵の進んだ落ち葉の香りまで、
変化に富んでいる。
春から夏にかけては、次々と咲く花の香りで
私たちを楽しませてくれた森が、
1年の最後として落ち葉やキノコの香りを漂わせていた。

しばらく下るとブナが4本並んでいる場所がある。
そこはブナ、トチ、サワグルミなどの森が見渡せる場所で
私たちがよく休憩するところだ。
今日もそこでコーヒーを飲みながら森を眺めていた。

日が傾きはじめた。
光は赤みを帯びつつ、森の中に斜めに差し込んでいる。
光に照らされた葉は黄色く、赤く、
きらめき始めた。
葉を落とし、銀色に光る細い枝。
1、2枚枝に残り、赤く輝く最後の葉。
ブナのほとんどは黄葉が終わり、
茶色く散るばかりとなった葉をつけていた。
しかし今、その茶色の葉は夕日を浴び、鮮やかに赤く照り輝いている。
あたかも木自身が光を放っているかのように。

どのくらいの間それに見とれていたのだろう。
気がつくと、徐々に光が移り陰の部分が多くなっていた。
少し風が出て、散り残っていた葉が舞い落ちてくる。
枝にあたり、幹にあたり、
乾いた音を立てながら散っていく。
どこかもの悲しいその音は、いかにも秋にふさわしいものだった。

夕暮れが近づき、日が翳ってきた。
私たちはその場を離れ、
登山口へ向かった。

 

薄暗くなった登山口には1頭のカモシカが佇んでいた。
カモシカは私たちを気にとめるようすもなく、
目の下を小枝にこすりつけ、
匂いつけに余念がないようだった。
しかし、しばらくするとこちらを見つめ、ゆっくりと
森の木々の間に消えていっ
た。

それは、
「君たちも早くお帰り」とでも言っているようだった。

                                        Sumiko

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