森からのたより

2001/11/11 シモバシラ

秋もいよいよ深まり、
今年の白山方面へ行ける日もあとわずかになってきた。
12月になれば、やがて道路は冬季閉鎖になる。
その前にもう1度、
冬に向かう森の様子を見ておきたい。
そう思い、
晴天に恵まれそうな日曜日、山へと出かけた。

 

 期待通り、朝から快晴、雲一つない天気だ。
駐車場の落ち葉は霜で白くなっていた。この秋初めての霜。
朝はだいぶ冷え込んだようだ。

 登山口まで、林道を歩くこと約30分。
道の脇の枯れたススキも霜で真っ白だ。朝の日差しに照らされ、
白く輝いている。
水溜りには薄い氷が張っていた。
どれも冬間近を思わせるものだった。いよいよ雪の季節がやってくる。

 登山道に入ると、落ち葉には霜はほとんどついていなかった。
吹きさらしの林道より、木のおかげで風当たりの弱い山道の方が
暖かいのかもしれない。
落ち葉につく霜を見たいと思っていた私たちとしては、
ちょっと拍子抜けだった。
だが高度が上がればそれを見ることもできるだろうと思い、歩を進めた。

登山口のあたりでもすでに紅葉は終わっていた。
しかし、散り残ったヤマモミジの赤い色や、
コマユミの薄黄から赤へと変わっていく色が鮮やかに目に入ってくる。
木の葉の落ちた森は明るく見通しがよい。
鳥を見るにはいい時期なのだが、森は静かだ。
先週までこのあたりを賑わせていたツグミの群れも見当たらない。
食べ物の少なくなったこの森を離れ、人里近くへ移動したのだろうか。
静かな森の中で、
聞こえるのは私たちのたてる足音だけだ。

道は日の当たらない山腹を、徐々に高度を上げていく。
見上げるブナの梢には朝の光が当たり、
白く輝き始めた。はるか上の尾根筋では、
山の端から太陽が顔をのぞかせようとしていた。
しかし私たちのいる場所にまで日が差すのは、まだだいぶ先のことだろう。
それまでに霜のついたブナの葉が見つかるといいのだが。
周囲が霜で縁どられ、
茶色い葉の上に霜のついた葉脈が白く浮かび出ているもの。
空気中の水分が凍ってできた結晶がそのままついた葉。
そんな1枚を見たいものだ。

そう思いながら歩いていくうちに、道の脇におもしろいものを見つけた。
それはシモバシラだった。
土中の水分が凍ってできる霜柱ではなく、
枯れ草の茎にできるシモバシラ。
ちょうど今頃でなければ見ることのできないものだ。

シモバシラが出現するのは、湿り気のある場所だ。
小さな流れがあったり、水の溜まっているところなどにも出る。
地中の水分が枯れ草の繊維を伝い、
毛細管現象で押し上げられ、それが凍ってできるという。
凍ることで水の体積が増し、茎の中には納まりきれなくなる。
そこで繊維の隙間から、
白く凍った薄い氷が顔を出すというわけだ。
茶色く枯れた茎の間から、細い筋の入った純白の薄布のような氷が
何枚も出ていたり、
それが重なって、丸みのある厚い塊になったりしている。

これは、どんな枯れ草にでもできるというものではない。
草の繊維が丈夫でしっかりしたものでないとできない。
その上、
適度な隙間があって、氷が外に顔を出せるもの。
そんな条件に当てはまるのは、
この白山のブナ林ではハクサンカメバヒキオコシというシソ科の植物だ。
ほかの地方には、
その名もシモバシラという植物があるらしい。
しかしここにはその植物はなく、
私たちはこれまで、ハクサンカメバヒキオコシでしか見たことがない。

シモバシラは4〜5年前まではこの時期になると必ず目にしていた。
しかしここ何年かは見ることができなかった。
晩秋の冷え込みがあまり強くないからなのかと心配もし、
残念に思っていた。
ところが去年、あまり大きいものではなかったが、
久しぶりに目にすることができた。
そこで、
あるいは今年も見ることができるかもしれないという密かな
期待を持ってやって来た。
しかし実際はその期待を大きく上回るものだった。

今年は今までになく大きなもの、
30
40センチはありそうなものが何本もあった。
これまではせいぜい
15センチくらいのものしか
見たことがなかったが。
数も大小とり混ぜ数え切れないほどだった。
そのうえ、これまで見たことのない場所にもたくさん出ていた。
地面が湿っぽく、
ハクサンカメバヒキオコシがあり、日陰になっているところでは
ほとんどのところで見ることができた。

こんなにたくさん、それも
今までになく大きなものがあるのはなぜだろう。
今朝は冷えたといっても、特別に冷え込んだわけではない。
ということは、
寒ければいいというわけでもないようだ。
できるための適温があるのだろうか。
あまり寒いと、
毛細管現象が起きる前に水が凍ってしまうのかもしれない。
しかし寒くなければもちろん水は凍らない。
適度に寒いと、水がかなりの高さまで上がってから凍ることになり、
大きいものができるとも考えられる。

そしてもう一つ、乾燥ということも
シモバシラが大きくなるための重要な条件となるような気がする。
空気が乾燥していれば
毛細管現象も強く、水の吸い上げもよくなるだろう。

昨夜はよく晴れていた。
放射冷却現象による乾いた冷気が森を覆い、
シモバシラができるための条件がうまく重なったのではないだろうか。
そのおかげで、
大きさも数もそして形も様々なものに出会えたのだろう。

それにしてもその凍っていく現場を見たいものだ。
頭ではできる理屈はわかっても、
実際の現場を見ることができればまた驚きや喜びも大きいだろう。
ビデオで撮って早回しにでもして見たら
さぞおもしろい現象として見ることができるだろう。

 

尾根筋のブナ林に登ると、
そこはすでに日が当たり落ち葉は乾いていた。
踏みしめると乾いた心地よい音をたてる。
暖かい陽だまりの尾根は心地よく、山腹の日の当たらない道とは
大きな違いだ。
しかし日陰の道にも心を引くものがある。シモバシラもそうだし、
落ち葉につく霜もそうだ。
だが、これは日が当たればたちまち融けてしまうもの。
今だけ、それも日陰でしか見られない。

それは冬の到来を告げる、森の便りともいえるものだろう。

                                            Sumiko

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