森からのたより
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冬の到来
2001/12/8
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12月最初の土曜日、
今年最後になるかもしれないと思いつつ
チブリ尾根へ出かけた。
このところの天候は不安定で、雨か曇りのことが多く、
時にはミゾレやアラレの日もあった。
白山公園線の冬季閉鎖ももうすぐだ。
幸い8日は朝から快晴で、これが最後のチャンスかと
出発した。
ところが、家を出るときは快晴だった空も、山へ向かうにつれ
次第に雲が多くなってきた。
途中、車中から白山を望める場所もあるが、
山の姿は雲に隠れ見えなかった。
市ノ瀬の駐車場はすっかり曇っていた。
駐車場には1台の車もない。だれも山にはいないようだ。
白山本峰への登山口に通じる道もすでに六万橋で閉ざされ、
冬季閉鎖となっていた。
こんな季節に来るのは私たちぐらいのものなのだろうか。
時間は10時を少しまわっていた。
遅くなったが、天候を見て家を出たのでしかたないと思い歩きだした。
最後になるかもしれない山行は曇り空になってしまった。
いささかがっかりしながら林道を歩き始めた。
林道をしばらく行くと、行く手に川原を見下ろす場所に出る。
川原にはドロノキの木立が広がっている。
すっかり葉を落としたその枝に雪が薄くつき、白々と寒そうだ。
その木々の間を抜け、登山口に着いた。
山道にはうっすらと雪が積もっている。
薄く積もったその上に一人分の足跡がついていた。
登り、そして下りてきた跡。
今日、私たちの前に誰かが一人、どこまでか往復したようだ。
道の雪はそれほど積もっているわけではない。
場所によっては地面が出ているところもある。
その道の雪の上に点々と足跡が残っていた。どこまで行ったのだろう。
この時間に下りているということは、
それほど遠くまで行っていないはずだ。
この天気では私たちもどこまで行けるか分からない。
できるだけ上までとは思うのだが・・・。
見上げる曇り空はうら寂しく、冬枯れの木々も寒そうだった。

しばらく行くと、枝先がオレンジ色になっている木があった。
雪と木の幹の色だけのモノトーンの風景の中で、
そこだけに色がある。
何なのか確かめようと双眼鏡を取り出した。とその時、
何かがオレンジ色の中に飛び込んできた。
鳥のようだ。
止まる瞬間、緑色の姿が見えた。アオゲラだろうか。
双眼鏡で見ると思ったとおり、アオゲラが1羽枝先にうずくまっていた。
周りのオレンジ色のものはツルウメモドキの実だった。
ツルウメモドキは木の枝先という枝先に絡みつき
オレンジ色の実をいっぱいにつけている。
アオゲラはその中にいた。実の色とアオゲラの緑色とが対照をなし、
初冬の絵のようだ。
寒いせいか
鳥は体をふくらませ、実の間に隠れるように座っている。
体は全く動かさないが、頭だけは
右を見、左を見、上を向いたり振り返ったりと
一時も止まっていない。
木々は葉を落とし、あたりからは鳥の姿がよく見える。
警戒を怠らず、ということなのだろう。
その間に時々首を伸ばし、近くのツルウメモドキの実を
ついばんでいる。
座りこみ首だけを動かして食事をするとは
なんという無精者ともいえるが、やはり寒いのだろうか。
寒空の下を動きまわるよりじっと身を潜めていたほうが
いいのかもしれない。
アオゲラは時々思い出したように枝を移動するが、
すぐにその場に座り込んでしまいあまり動き回らない。
あたりにはほかの鳥の気配もなく、
1羽だけのアオゲラはどこか寒々と、孤独を感じさせるものだった。
しばらくのあいだ、あまり動かないアオゲラを見ていた。
しかし、こちらも動かないので寒くなってきた。
私たちはその場を離れ、再び歩き始めた。
先につけられた足跡は、
そこからもうしばらく行ったところで引き返していた。
初冬のこの時期のこんな天候では、一人で歩くのは心細いことだろう。
早々と帰って行った人の後姿が見えるようだった。
やがてそこここで幹や枝に雪をつけた木が目立つようになってきた。
雪で白くなった木が立ち並び、
曇り空にもかかわらず森の中は明るい。
この森では
こんな情景を見たことはほとんどなかった。
木に雪がつき森が白くなるのは寒い冬に起こることだ。
昨夜街で降っていた雨は、ここでは雪だったのだろう。
しかしこの程度の寒さはよくあることだ。
それなのに今までこうした情景にほとんど会わなかったのはなぜだろう。
タイミングが合わなかったからなのだろうか。
前夜の降雪、朝の冷え込み、晴天ではないこと、
こんな条件が必要なようだ。
そう思うと、今日はとても運がいいような気がする。
この天候も悪いことばかりではなさそうだ。
いかにも寒そうに、しかし白く装った木々は真冬の森を思わせ、
心をひきつけるものだった。
空は暗く、今にも降りだしそうになってきた。
降る前に食事を済まそうと、道に張り出した大きなカツラの下で昼食にした。
食事をしながら梢越しに向かいの尾根を見ていると、
その尾根が上のほうから次第にけむってくるのが分かった。
曇り空ながらはっきりと見えていた尾根が、
白い幕を引いたようにかすんでゆく。

尾根の上部はすでに白い降雪に閉ざされ、まったく見えなくなってしまった。
対岸は降り始めたようだ。
いずれこちらにもやってくるだろうと思ううちに、
枝を打つような音が近づき、ここでも雪が降り始めた。
それは雪というより、細かいアラレのようなものだった。
冬の挨拶。
いよいよ本格的になる降雪の先ぶれだ。
気温は下がったようで空気が頬に冷たいが、不思議と寒さは感じない。
雪の森を歩く嬉しさと緊張感があるからだろうか。
食事を終え、再び歩きだすころには雪はやんでいた。
やみはしたが、相変わらずの曇り空だ。
登るにつれ雪がふえてくる。
しかしそれは次第にふえるというのではない。
ある地点を過ぎると急に多くなるのだ。
そんな場所が山にはある。
残雪期にも同じ現象がみられる。それは積雪が増える場所と一致している。
そこで山の気候が変わるのかもしれない。
普段は分からないほどの微妙な変化が、雪の量に現れてくるのだろう。
そんな地点をいくつか通り過ぎ、森を見下ろす場所に来た。
振り返るとこれまで歩いてきた道が見える。
雪の上には二人分の足跡がくっきりとついていた。
道から少し離れたところには小さな沢がある。
春から秋にかけては草や木々の葉に隠れて見えない。
沢を見ているうちに、流れが光りだした。
水がきらめきながら流れていく。

見上げると青空が広がり、太陽が顔を見せていた。
雪をまとった木々は陽光に照らされ、白く輝いていた。
今までの寂しかった森が急に明るく生き生きとしてきた。
空気も柔らかく、体がほぐれるようだ。
日の暖かさを感じながら白く輝く森を見ていた。しかし晴天は続かず、
空はまたたくまに曇ってしまった。
再び降りだす前にもう少し上まで行こう。
曇り空を気にしながらも更に登っていった。
あまり上まで行くと天候が急変したときに危ないことになる。
それはわかってはいるが、
もう少し奥へ、もう少し先までと、雪の森に誘われるように歩いていった。
足を進めるうちに、また雪が降りだした。
今度はなかなかやみそうもない。
厚い雲に太陽が隠れ、あたりが薄暗くなってきた。
細かい雪が音をたてて降りかかってくる。
心細い。
もう晴れないのだろうか。森の木立は
降りしきる雪の白いベールに閉ざされようとしていた。
さっきの青空がうそのようだ。
それでもなかなか帰る気になれず、なおもゆっくりと
登りつづける。
上段の床と呼ばれているところまでやってきた。
ここまでのブナ、トチ、サワグルミなどの混交林と、
この先のブナの純林とを分ける場所だ。
道は山腹を巻いて登り、やがてブナの純林に出る。
そこまでは40分くらいはかかるだろう。
今のこの天候ではそこまで行くのは無理なことだ。
時計を見ると2時近かった。天気の悪いせいか、
もう夕方のような気配だ。今日はここで戻ることにした。

今回は天候にも恵まれず、
高度1300メートルほどのこの地点までしか来られなかった。
しかしこの天気でもこうして森を歩けたことに感謝すべきだろう。
そう思いながら空を見上げると、
ブナの梢が遥かな高みで揺れていた。
その高さ、空に描く幹や枝の形、堂々とした姿が改めて胸に迫ってきた。
この天候では、今日が今年最後のチブリへの山行になるだろう。
そう感じながら帰途についた。
登山口近くの道沿いには大きなトチノキがある。
この森の行き帰りにはいつも挨拶をして通る木だ。
今日もそのごつごつとしているが暖かみのある木肌に手を触れ、
今年の感謝と別れとを胸の内で告げ、私たちは
チブリの森を後にした。
Sumiko