森からのたより
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雪の上に記された手紙
20021/1/19
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そのとき私たちは急な雪の斜面を登っていた。
前を行く勇治のカンジキが私の頭の上に見える。
その踏跡をたどり、滑らないよう足を踏みしめながら登っていった。
雪は滑りやすかった。
これまでに積もって硬くなった雪の上に新しい雪が積り、
足を踏み出すごとにその新しい雪が崩れてくる。
足も共に滑り、油断をすると滑り落ちそうだ。
ここを登りきり、緩くなった斜面を行けばブナ林に出る。
新雪は歩きにくいが、
やわらかく積もった雪の表面はなめらかだ。
その新しい雪の上に一筋の細い跡がついていた。
私たちが懸命に登っている斜面をものともせず
登ったり下りたり、
右へ行き左へ行き、自由自在に歩いている。
この跡をつけたのはどんな生き物だろう。
雪の上に5センチほどの幅で細く筋がつけられていた。
その中を見ると、ところどころ足跡のようなくぼみがある。
胴長短足の小さな生き物が、
胴体で雪をこすりながらその中に足跡をつけていったようだ。
新雪の上に細い筋が曲線を描いている。
それを見ていて
あることに気がついた。
その線は
ほとんどの木の根元から根元へと寄り道をしながら続いていたのだ。
木の根元は雪が少なく、穴のようになっている。
その雪穴の一つ一つを調べて回ったようだ。
何者が、何の目的で歩き回ったのだろう。
歩いた跡は延々と続き、どこから来てどこへ行ったのか全くわからなかった。

しかしここを登りきり、
上のブナ林へ行った時にもやはりその跡がついていた。
ブナ林を歩いていると、
そこここでその跡に出会った。
休む場所を探すだけならこんなに広範に動かないはずだ。
獲物を探したのではないか。
雪穴に入って、そこにいるネズミのような小動物を探したのだろう。
そうとすると、
この足跡の主は肉食の動物ということになるが・・・。
足跡はネズミのものを少し大きくしたくらいだった。
肉食で胴長短足、更にこの大きさから考えると思い当たるのは
イタチかオコジョだ。
足跡の大きさから考えるとオコジョのほうが近いようだ。
イタチは人家近くに住むというが、
ここは標高800メートルくらいの場所で人里からも遠い。
わざわざイタチが獲物を探しに登ってくるとは考えにくい。
オコジョかもしれないとも思うが、
以前それを見たのは
ここからは遠い白山の、それも亜高山地帯でだった。
オコジョは普通、夏は標高1500メートル以上の場所で暮らすということだ。
標高1000メートルくらいしかないこの山にいるのだろうか。
それに、
地中の細い穴を棲処や子育ての場所とするらしいが、
そういった場所がこの山にあるのかもわからない。
オコジョがいるかどうかは全く不明だが、心の中では
もしそうだったら・・・
という思いが膨らんできた。
私たちはその足跡に近づいたり離れたりしながら斜面を登っていった。
少し行くと、また別の足跡があった。
それは木の根元の雪穴から出て斜面の下へと下っていた。
形や大きさからみて、それはネズミのようだった。
その雪穴にもあの足跡がついていた。
想像を逞しくするとこのようなことも考えられる。

――雪穴の中にいたネズミはオコジョがあちこち歩き回っていることに気づき、
雪穴を逃げ出していった。
オコジョはその後にやってきたが穴はもぬけのからだった。――
実際はどうだったのかは不明だが、何らかのドラマを
想像してみた。
登ってくる途中にも
足跡はいろいろとあった。
ウサギ、リス、テン、タヌキ、キツネ・・・。
ウサギの足跡は山で一番よく見るものだろう。
今日もたくさんの足跡がついている。
特に目立ったのは一本の道のようについている跡だった。
まるでそこに道があるかのように何匹かが同じ場所を歩き、
雪が踏み固められている。
その様子はウサギ道とでも言いたくなるものだ。
ウサギがきまって通る道があるのかもしれない。

ウサギ道は山のいたるところについていた。
そこではウサギはジャンプせず短い歩幅で歩いている。
どの道もあちこちに寄ることもなく、
ほとんどまっすぐについていた。
あたかも、どこかにある目的地をめざして歩いたかのようだ。
いったい何匹のウサギがここを歩いたのだろう。
足跡は入り乱れ、
はっきりとはわからなかった。
自由奔放に駆け巡るのがウサギだと思っていたが、
時にはこんな歩き方もしている。
こういうことがわかるのも雪の季節なればこそのことだ。
また、リスもよく動き回ったようだった。
リスも必ず木から木へと動いてゆく。
雪の上を跳躍し、足跡は跳び跳びについている。その幅を計ってみると、
最大110センチだった。
リスの大ジャンプと私たちは呼ぶが、
そのくらいの距離を跳ぶのは珍しいことでもないようだ。
今日のリスはあちこちで大ジャンプをしていた。
足跡はいつも木から始まり、途中にある木に必ず立ち寄り、
そして最後はやはり木で終わっている。
移動する途中に木があるとちょっと跳び乗ったり登ったりするようだ。
いかにも樹上で暮らす生き物の動きだ。
これらの様々な足跡の中には見慣れないものもあった。
それは二つそろって並んだ跡が
80センチおきくらいについているものだ。
足跡の幅は、二つ合わせても6センチあるかなし、
長さもそのくらいのものだろう。
着地のときも飛び上がるときも雪をこすっている。
足の跡はネズミに似ているようにも見える。
しかしそれにしては足跡は大きく、その間隔も離れすぎだ。

――ふと、跳び回るネズミ
「トビネズミ」という生き物を空想してしまった。
これを残していったのは誰なのだろう。
ひょっとするとこれもまたオコジョかもしれない。
上では新雪が深く潜りながら歩いていたが、
ここは雪が硬くそれほど潜らずに歩ける。
オコジョ本来の、
二つずつ並ぶ足跡がついたとは考えられないだろうか。
あるいはそれは、
オコジョにこだわるあまりの想像のしすぎかもしれないが・・・。
いつも目にする生き物たちも、
そのときによって別の動きを見せてくれる。
そのうえ、
今日は見慣れない足跡がいくつかあった。
彼らが残した足跡は私には多くの謎を含んでいる。
雪の上に描かれた足跡を見て、
これは誰が残したもので何をしたのか推測するのは
冬の楽しみの一つだ。
雪の上に残された足跡は、彼らが書いてくれた
私への手紙なのだ。
Sumiko